カテゴリー「夏目漱石」の39件の記事

2017/03/31

吾輩ハ猫デアル

773 俳句誌「ホトトギス」に掲載された夏目漱石のデビュー作である。
 この時からすでに漱石の才覚が炸裂している。
 『こころ』から始まった、漱石の朝日への再連載も終わってしまった。あまりにも残念だ。

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2016/12/09

夏目漱石没後100年

15390674_368751513474584_6300672350 今日はまさに夏目漱石没後100年に当たる日だ。
 昨日は、夏目漱石国際シンポジウム(フェリス女学院大学)に出席して、小森陽一さんの講演を聴いた。
 漱石没後百年だ!「百年待っていてください…きっと逢いに来ますから」(夢十夜)
 雑司ヶ谷のお墓は賑わっていたそうだ。

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2016/10/20

夏目漱石の妻

712 先週の土曜日まで、NHKで全4回で放送された「夏目漱石の妻」は傑作だった。
 漱石夫妻を戯画的に強調して描いたきらいはあるが、夫妻のことをよく調べたうえで脚本が面白く書かれていて、これはすごいと思った。
 妻鏡子の側の家族、すなわち中根家のことがよく描かれている。そして、全体的に家族のことがテーマになっている。これは漱石を取り上げるうえで面白い切り口だ。
 それで調べてみたら、脚本はベテランの池端俊策だった。さすがである。漱石の妻の悪妻説を覆すようなイメージをしっかりと表現している。
 鏡子夫人役の尾野真知子はうまい。漱石役の長谷川博己もいい。二人ともノッテいる俳優らしく、楽しく見られた。

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2016/07/15

没後百年総特集 夏目漱石

675 今年は夏目漱石没後百年だから、このような本は出るべくして出た。奥泉光さんが責任編集である。
 面白いのは、石原千秋さんと小森陽一さんとの対談である。漱石研究者の中でも私がいいと思っている二人である。
 『文学論』から漱石文学を見渡しているというのも、私が今まであまり踏み込めなかった領域である。
 『文学論』は読者論であると言い切っている。その『文学論』が漱石の前期から後期へかけて、すべての作品に渡って背景にあり、影響を与えている。
 漱石文学を貫くのは、『両性的本能』というものである。すなわち、セックスのことであると言って、対談の最後の方が盛り上がるのも楽しい。

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2016/05/17

朗読と対談 夏目漱石作『夢十夜』より

640641 神奈川近代文学館の特別展「100年目に出会う 夏目漱石」に2度目の足を運んだ。
 そして、真野響子さんの朗読、辻原登さんとの対談を楽しんだ。さすがに参加者には年配者が多く、女性の割合が高かった。
 真野さんの素晴らしい朗読を聞いていて、『夢十夜』の中では、漱石は「けれども」という言葉を多用していることを初めて気が付いた。

 二葉亭四迷(ロシア語)、森鷗外(ドイツ語)、夏目漱石(英語)というつながりを感じた。西欧語と漢語と日本語(古典、江戸文学、落語など)を融合できる優れた文学的才能を持った人たちが日本の近代文学を作り上げていった。
 『夢十夜』には小泉八雲の影響もあるかもしれない。あの『怪談』にも通ずる、漱石の死生観が表れている。

 文章の意味というのは、文脈が分からなければ理解できないものである。声、話し言葉というものは、その文脈というものを書き言葉以上に伝えるものである。

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2016/04/19

漱石と日本と日本語と日本文学

623 神奈川近代文学館で行われた特別展「100年目に出会う 夏目漱石」記念講演会のタイトルである。
 作家の水村美苗さんが講師を務め、4月16日に実施された。面白かった。
 水村さんは漱石と谷崎潤一郎を比較して、漱石が明治の始まる直前に生まれたことが、日本近代文学にとって奇跡(恵み)だと言った。
 漱石は近代化について、特に日本の近代化について、精神面において、実に真摯に、倫理的に格闘してくれた人物である。近代化とは個人主義であり、個人が対等な人格を有しているということである。
 (谷崎は時代がいくら要請したとしても、こうも真面目にこの問題に取り組むことはできなかっただろう。)
 この近代化(個人主義)が小説のテーマとして代表的に表れるのが「恋愛」である。漱石は不倫の問題も含めて、この問題を真面目に取り上げた。

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2016/03/27

漱石のことば ②

608 印象に残ったところを抜き出す。
*姜尚中さんの言葉「人生は謎だ。生きるって、その謎解きのことかもしれない。」
*漱石の句「木瓜咲くや漱石拙を守るべく」 我が家の私の部屋の前に木瓜の木がある。
*漱石は重い持病の持ち主で、常に死と隣り合わせだった。しかし、最後まで生にかじりついた。
*姜尚中さんも私も好きな一節 (『硝子戸の中』より)
 次の曲がり角へ来たとき女は「先生に送って頂くのは光栄で御座います」と又云った。私は「本当に光栄と思ひますか」と真面目に尋ねた。女は簡単に「思ひます」とはっきり答えた。私は「そんなら死なずに生きて居らつしやい」と云った。

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2016/03/26

漱石のことば ①

Dsc_0480 『漱石のことば』(姜尚中著 集英社新書)が出版された。
 それを記念した姜尚中さんのサイン会が新宿紀伊国屋で行われたので、参加した。
 その時に、姜さんと交わした短い会話。私「同世代ですね」 姜さん「何だかんだ言っても我々の世代はいい時代でしたね」 私「子ども世代が気になりますね」
 これからの日本を憂う気持ちで共感した。


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2016/02/10

漱石 建物の記憶

577 当イベントに参加した。
 「体内」と「室内」は同じ感じ? 体内の病気に常に悩まされていた漱石、室内の調度品や骨董に強い関心を持っていた。極東に住んだ天才の漱石、和・洋・漢に渡って多彩な趣味を有していた。
 漱石は聞く方のことより、見る方にこだわっていた。鋭い観察力と探偵趣味もあった。
 「漱石の東京」というシンポジウムも行われた。
 東京は広い平野の中にあり、高い山は遠くにある。だから、東西南北が分かりにくく、自分の位置がつかみにくい。平野だが、その中に高低差がかなりあり、坂や階段が多い。
 このような東京に漱石はどれほど愛着を持っていたかは分からないが、近代の都市・東京を多く描いた作家ではある。

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2015/09/09

それから

Images107 夏目漱石『それから』の朝日新聞再連載110回分が終了した。たいへん楽しむことができた。
 漱石は主人公の「代助」のような人物を当時よく造形できたなぁと私は感心する。代助はとても現代的な人物である。「高等遊民」というのは最近のテレビドラマでも取り上げられていたが、この人物設定は100年近く時代を先取りしている。
 実業家と高等遊民の対比がうまく描かれているし、それぞれの弱点も見えるようになっている。西洋・中国と日本との対比も理解しているのはさすが漱石である。これらが現代の日本人まで繋がっている。
 代助は理屈をこね回す人間である。(それは漱石のねちっこさが反映しているだろう。) その理屈で小説が成り立っている。これには好き嫌いがあるだろうが、私は好きな方である。大げさに言えば、時代や人間そのものと格闘している上での理屈である。
 中心となる三千代との恋愛にも代助の理屈がある。これは代助の感性と融合している。後半になると、代助はそれなりに感情的に激している。自分に喜びを与える「自然」というものに従おうとする。これも現代的な若者像とも言える。
 ラストの「赤」の映像表現はやはりうまいと思った。

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