カテゴリー「哲学・思想」の530件の記事

2017/07/11

哲学のすすめ②

803 宗教ではない、科学ではない、哲学を素直に大事にしたい、すすめたい。哲学が好きな私もそう思う。 (写真は著者の岩崎武雄さん)

*学問の客観性とは、すべての人が承認すべき根拠をもっているということに外なりません。
*哲学は時代とともに変化しているのです。そしてこの変化は、人間が哲学に対して客観性を与えようとしたその努力の結果なのではないでしょうか。
*人間が自分の認識能力が有限的なものであるということを知ることによって、自然科学が成立したといえるのではないでしょうか。
*基本的人権は、けっして人間が事実としてもっているものではありません。それは、人間の生命の絶対性(かけがえのない人間の生命)を認めるという価値判断の基礎の上に、はじめて成り立つものです。そうすれば、人権の主張は同時に他人の人権を重んずるという義務を伴うはすです。

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2017/07/10

哲学のすすめ①

802 1966年発行だから、もう50年以上読み継がれている。東大名誉教授だった岩崎武雄さんの名著である。(講談社現代新書の66番である。)
 岩崎さんの哲学を信じ、力強く哲学をすすめるこの熱い思い、これが伝わってくる。この素朴さは尊い!?(それでは今はいったい何なんだ!)

*哲学は「驚き」にではなく、もっと深く「生きる」ということに根ざしているのです。「生きる」ための必要上、哲学はどうしてもて生じてこなければならないのです。
*「原理的な価値判断」と、「具体的な事物についての価値判断」の、この2種類の価値判断の区別は、はっきりさせておかなければなりません。
*わたくしはむしろ、「幸福」をなんと考えるかということが、その人の哲学によってきまるのだと思うのです。
*生き方の相違は、その人がなにを幸福と考えるかによって異なってくるといえるのではないでしょうか。人間が常に幸福を求めるものであるとすれば、人間の生き方の相違は、幸福をなんと考えるかによって生じてくると考える外はないからです。

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2017/04/28

顔の現象学

785 副題「見られることの権利」、鷲田清一著(講談社学術文庫)、この本の初めのあたりの印象に残ったところを抜き書きしておく。

*眼が「かち合う」こと、まなざしが交差することは、対象を見ることとは決定的に異なる。
*相手の目が興味深いから見るのではなく、まさに相手のまなざしをそこに感じるから、私たちはそこに目を向け、相手に目を合わせる。

*顔の「遠さ」~他者がわたしを〈わたし〉として認知してくれるその媒体としての顔が自分にだけは見えないという、あの〈わたし〉の可視性のアンバランスな構造
*〈わたし〉と他者はそれぞれ自己へといたるためにたがいにその存在を交叉させねばならないのであり、他者の〈顔〉を読むことを覚えなければならない。
*〈顔〉という現象は、それが「わたしの顔」となるまえに、まずは共同性の様態なのである。

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2017/04/17

マインド 心の哲学 ③

Img_15186cfa4e4819e25802c953731566f 訳者の山本貴光さんと吉川浩満さん(写真)には翻訳してくれたことに感謝したい。この二人は現在、新しいタイプの哲学者として活躍している。

 さて、この本で「意識」のことを取り扱っている中で、面白いところを抜き書きしておく。
*意識のゲシュタルト構造には少なくとも二つの側面がある。第一に、知覚を一貫性のある全体に組織する脳の能力。第二は、背景から図を弁別する脳の能力。
*知覚が意識を作り出していると考えるべきではなく、先立って存在する意識野を知覚が変化させていると考えるべきである。
*意識は脳内ミクロな過程によって引き起こされ、脳において高レヴェルの性質もしくはシステムの性質として実現されている。……生物学的に言えば、意識は生の一側面にすぎない。しかし、こと私たちの現実的な生の経験が関わる限りで言えば、意識とは私たちが意義ある存在であるということのまさにその本質にほかならない。
*意識があるからこそ、いろいろなものごとが重要性を持つようになる。

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2017/04/16

マインド 心の哲学 ②

781 ジョン・サール(写真)は、「心的なもの」と「物理的なもの」と言われているものを簡単にまとめて、論を進めてくれている。
*「心的なもの」~主観的、質的、志向性がある、空間的な位置と広がりをもたない、物理的な過程により説明不可能、物理的なものに対して因果的に作用しない
*「物理的なもの」~客観的、量的、志向性がない、空間的な位置と広がりをもつ、ミクロな物理学によって因果的に説明可能、因果的に作用かつシステムは因果的に閉じている

*意識は一人称的な存在論を備え、神経的な過程は三人称的な存在論を備えている。このために、前者を後者へと存在論的に還元することはできない。

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2017/04/15

マインド 心の哲学 ①

780 ジョン・R・サールの心の哲学の入門書である。(朝日出版社)
 サールの「生物学的自然主義」の立場については別のところで簡単に述べてあるので、ここではそれ以外のきになるところを抜き書きしておく。
 まずは、哲学が注目するところが言語から心へ移ったとされる理由のくだりである。
①言語にかかわる問題の多くは心に関する問題の特殊例だとみなせる。
②知識の発展に伴い、従来の認識論などから離れ、新しい哲学の理想的な出発点は人間の心の本性についての検討である。
③21世紀初頭の哲学の中心問題は、人間が明らかに意識を持ち、心があり、自由で、合理的で、言葉をあやつり、社会的かつ政治的な行為者であることをどのように説明するかということである。
④「認知科学」の登場である。
⑤現在の言語哲学は、いわゆる外在主義に共通の誤りに陥っている。

 次に、心の哲学の問題は一般人と専門家では信じるもののあいだに大きな違いがある。
*一般人は二元論を受け入れている。人々は自分が心や魂と身体の両方を持っていると信じている。それどころか、身体、心、魂という3つの要素を持っているという人すらいる。
*哲学、心理学、認知科学、神経生物学、人工知能などの専門家たちはほぼ例外なく、なんらかのかたちで唯物論を受け入れている。

 いまや心の哲学が中心のトピックであり、他の問題~言葉や意味の本性、社会の本性、知識の本性~はすべて、人間の性質という、より一般的な問題の特殊例にすぎない。

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2017/04/09

超図解「21世紀の哲学」がわかる本 ③

777 現代の問題を考えていく上でのいくつかのヒントを得られた。
*可謬主義~人間の知識には誤りがある。これをベースに行動を改善する。
*エポケー(判断停止)による現象学的還元では、自明と考えていた世界の存在に疑問符をつける。その上で合意を形成するわけだから、現象学的還元は相互理解を得るための手法である。…「信憑性」があればよいし、高まればなおよい。
*カール・ポパー(写真):反証可能な理論こそが科学的である。…検証可能性ではなく、反証可能性の立場をとると、反証が出ないことにより、命題の強度、いいかえると「確からしさ」が強まる。
*言語は「恣意的かつ差異的な体系」である。

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2017/04/08

超図解「21世紀の哲学」がわかる本 ②

776 現代の哲学・思想のあらましを紹介している。
*生命圏を有機的な統一体と考え、生命全体の平等主義から自然をとらえる。(ディープ・エコロジー)
*「本質」とは、あるモノを他のモノと区別する何かである。
*統合情報理論とは、ある身体システムに情報を統合する能力があれば意識がある、とする立場である。
*ジョン・サール(写真)の「生物学的自然主義」~心や意識を自然主義的な立場から生物学的に探究する。……意識はそのあり方(いわゆる存在論)のうえでは、人に固有のものであり一人称的なものである。これは三人称的な因果関係では説明できない。つまり、意識は因果的に還元可能ながら、存在論的には還元できない。
*仮説設定の活動を「アブダクション」と言う。アブダクションは論理化が困難で、機械化が難しい活動であり、人間の創造性が発揮される活動である。

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2017/04/07

超図解「21世紀の哲学」がわかる本 ①

775 先端的な哲学のさわりを知るにはそれなりにいい本である。(中野明著 学研プラス)
 印象に残ったところをいくつか挙げておく。
*哲学とは「知への尽きぬ情熱」である。「真理を探究したい」との情熱が哲学の本質である。
*存在論→(認識論的転回)→認識論→(言語論的転回)→分析哲学→(解釈学的転回)→解釈学
*選好功利主義では、人々の幸福はその選好(自分の好み)の満足や充足にあると考える。
*ディヴィッド・チャーマーズ(写真):テクノロジーの進展により脳の働きは解明されつつあるが、物理的な実体と意識の間には、いまだに途方もないギャップが存在する。(「ハード・プロブレム」) 一方、学習や知識・記憶といった現象は「イージー・プロブレム」である。
*AIを人間の知能を増幅する装置、すなわちIA(Intelligence Amplifier)として活用する。
*人類の歴史とは、非生物的なもの、すなわち「道具」を作り出し、自らの能力を拡張する歴史だった。
*メルロ=ポンティは身体を自分と世界、自分と他者をつなぐ媒体だと考えた。媒体としての身体のサイボーグ化は、世界や他者とのつながりを拡大することを意味する。

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2017/01/29

Jポップで考える哲学 ④

753 第5章(最終章)は、「人生」がテーマであり、パスカル、ヤスパース(写真)、ニーチェが取り上げられている。
*日常の息苦しさには3つのポイントがあります。第一に、「僕ら」には最終的な目標が分からないということ、第二に、そうであるにも拘わらず前進しなければならないということ、……第三に、そんな「僕ら」はどこにも辿り着けないということ、です。
*「僕」はそうした不確かな人生をこそ肯定しているのです。……「僕」は、自分の人生を肯定することを通じて、そうした人生を包み込んできた世界そのものをも肯定しているのです。
*決断をして生きるということは、私が「私」であるからこそ選ばれるような生き方をするということです。
*決断は変わることを求めます。
*「私」は自分の人生を孤独に決断しているのです。……孤独は誰にとっても辛いです。だからこそ、自分の道を進むことを選んだ他者に私たちは敬意を抱くことができます。
*そして、自分も「誇り」に思える、ということです。

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