カテゴリー「哲学・思想」の557件の記事

2020/06/28

新対話篇

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東浩紀さんの対談集である。(genron)

対談相手は錚々たる人たちであり、それぞれ面白かった。

私が特に印象に残ったのは、中沢新一、加藤典洋、國分功一郎、高橋源一郎との対談である。

*いや、〈哲学への権利〉より〈哲学への欲望〉だ。〈哲学への欲望〉が〈哲学への権利〉に先行しているのだ。(國分)

*いまの情報環境を前提にして、そうした人間関係の空間をいかに再構築するか、それが文学や哲学、芸術を守ることにつながる。現代思想の言葉で言えば、「交換の空間」とは異なる「贈与の空間」をどう再構築するかです。リスク回避という数値化の原理に対して、家族の空間、愛の空間をどうつくるのかと言ってもいい。(東)

*ゲームをプレイするというのは、ゲームがほんとうの世界だと思うということではなく、ゲームのシステムを「信じる」ということです。そのように人生を信じている。(東)

*実際、傷が癒えるとは、そもそも当事者ではなくなるという意味でもあるはずです。つまり、当事者は当事者ではなくなることを目指して努力しているとも言える。……批評家や哲学者は第一印象になんども戻らねばならない。(東)

*ifがないと、ほんとうは「過去に人々が見ていた未来の可能性」は掴めないんですよ。大事なのは、過去の時点では、そこには複数のifの未来があったということです。1960年代には複数の70年代の可能性があり、70年代には複数の80年代の可能性があった。(東)

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2020/05/26

世界史の針が巻き戻るとき

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『世界史の針が巻き戻るとき』~「新しい実在論」は世界をどう見ているか~

マルクス・ガブリエル著 大野和基訳 PHP新書

【1】世界史の針が巻き戻るとき

【2】5つの危機

  • 価値の危機         (非人間化)
  • 民主主義の危機
  • 資本主義の危機
  • テクノロジーの危機
  • 表象の危機         (ファクトとフェイク)

【3】「新しい実在論」

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2019/01/18

棋士と哲学者

960 糸谷哲郎(棋士)と戸谷洋志(哲学者)による「僕らの哲学的対話」の本である。(イースト・プレス)  二人とも1988年生まれの30歳である。
*「俺は哲学者だ」って自称したら、大学の研究者だけに限定されない何かを背負っている感じがする。
*哲学の研究方法とは「概念の吟味」である。…哲学者の役割は、概念のネットワークを有機的なものにしていくこと。首尾一貫した概念を使って、現実が理解できるようになるのを支援すること。
*「ゆとり世代」は、資本主義とは異なる世界の秩序、もう少し抽象的に言えば、自分に見えている世界とは違う世界のあり方を想像できない世代でもあり、この社会が進歩していくことも期待できない世代でもある。いま見えている世界がずっとダラダラ続いていって、どこまで行っても同じ風景が広がっているような。
*「ゆとり世代」は、「みんなと仲良くしないといけない、でも個性的でいなければいけない」みたいなジレンマに陥るようになった。
*平成の時代は、あくまでも社会設計を重視していこうとする思想になっている。このことが、他者と議論する能力をどんどん摩滅させていった。

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2019/01/17

マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する ③

959 ロボット工学の石黒浩教授との対談は面白かった。
*歴史を振り返るとき、ドイツ社会では全体として、失敗は「非人間化」のせいだったという見方が定着している。収容所は非人間化の結果だという。
*論理的な語彙と経験的な語彙をはっきりと区別するべきである。
*ドイツは概念レベルのみで統一されている。
*私たちは、動物自体であることは変わらないけれども、技術の進歩に適応する形で、セルフイメージが変わっていく。
*ある程度の複雑さに達したら、意識が存在するようになるはずである。

*「相対主義」もまた相対化し続ける、そうした引き裂かれる緊張感に笑顔で耐える勇気と精神の柔軟性を保つこと。
*あくまでも、「動物である人間」だが、「作られたもの」から、「作るもの」へと変わったことは確かである。
*今や、「現実」と「虚構」、どちらかの世界を選び、すっきりしたいと望もうとすること自体で、足元を掬われるワナが控えているのかもしれない。

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2019/01/16

マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する ②

958 マルクス・ガブリエル(写真)の「新実在論」へ向かっての話が展開される。
*真実がなければ純粋な闘いが生じる。それがドナルド・トランプの世界観だ。結局のところ、正義などなく、あるのは征服だけだ。それが彼のビジネスモデルだ。
*知識と科学は道徳観を形成する上で絶対的に重要だ。
*自らの「知る能力」を疑ってはならない。
*民主主義は、「明白な事実の政治」と呼ぶものに基づくべきものだ。それこそが守るべき価値だ。
*僕らがどうすべきかということに関する道徳的事実を含めて、事実は存在する。そしてこれらの事実は普遍的だ。それらはすべての人間に開かれている。まさに僕らは同じ種の動物だからだ。僕らの間に深い違いなどない。地域的な文化の違いはあっても、深い違いはない。

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2019/01/15

マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する ①

957 NHK放送の内容を基にしているので、分かりやすい。(NHK出版新書)
*「世界」という包括的な概念は誰も捉え得ない、捉えたと思ってもそれは錯覚であり、唯一の「世界」像は存在しないという認識の「新実在論」を世に広めたい。
*人間の現実は、とても多くの層を、常に変化し続ける層を形作らなければならない。接触しているすべての層は、各々の現実の階層があり、それをフィールド・オブ・センス、「意味の領域」と呼んでいる。
*コンピュータとは論理的なシステムにほかならない。
*人生は思考する生き物として、生から死へ流れるのではなく、死から生へ向かう。未来が現在に、そして現在が過去に構造を与える。
*「事実」は時間を持たない。その事実自体は崩壊しない。つまり、今生きている現実は単に崩壊する物体だけによって構成されているわけではない。

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2019/01/13

エチカ スピノザ ②

955 「自由」「意志」「責任」の問題は、現代的な問題でもある。
*スピノザの考える自由の状態とは、与えられている条件のもとで、その条件にしたがって、自分の力をうまく発揮できることである。
*私は自らの行為において、自分の力を表現している時に「能動」である。それとは逆に、私の行為が私ではなく、他人の力をより多く表現している時、私は「受動」である。
*自由であるとは能動的になることである。
*意識は結果だけを受け取るようにできている。
*意志は自由な原因ではない。それは、何ものからも影響を受けない自発的な原因などではない。
*行為は多元的に決定されているのであって、意志が一元的に決定しているわけではない。
*そもそも一つ一つのケースを具体的に検証しない限り何も言えないというのはスピノザ『エチカ』のエソロジー的な教えである。
*「真理」の獲得のためには主体の変容が必要である。

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2019/01/10

エチカ スピノザ ①

954 100分de名著で國分功一郎さんが丁寧に解説してくれている。とてもありがたいことである。
*スピノザは、「組み合わせとしての善悪」という考え方を提案している。
*私にとって善いものとは、私とうまく組み合わさって私の「活動能力を増大」させるものである。
*スピノザの倫理学は「実験すること」を求めている。
*コナトゥスとは、自分の存在を維持しようとする力のことである。

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2018/06/03

はじめての哲学的思考 ②

887 苫野一徳さん(写真)には、今後も期待したい若手研究者である。
 この本で、「本質観取」について、具体的に説明してもらっている。

*本質観取で取り上げる概念の種類
①感情~恋、嫉妬、不安、なつかしさ…
②ことがら~芸術、教育、政治…
③価値~道徳、正義、美、自由…
*その概念についての経験がほとんどなければ、僕たちはその本質観取をすることも当然難しい。
*本質観取の手順
①体験(わたしの「確信」)に即して考える
②問題意識を出し合う
③事例を出し合う
④事例を分類し名前をつける(キーワードを見つける)
⑤すべての事例の共通性を考える
⑥最初の問題意識や疑問点に答える
*4つの観点
①本質定義
②類似概念とのちがい
③本質特徴
④発生的本質

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2018/06/02

はじめての哲学的思考 ①

886 苫野一徳著、ちくまプリマー新書である。
 竹田青嗣、西研さんらの流れをくむ苫野一徳さんによる哲学的思考の奥義にはかなり共感する。私が実践する哲学対話に通ずるもの大である。

*帰謬法の主な技~「人それぞれ考えはちがう」「時と場合によってちがう」「人間以外にはそうは見えない」
*超ディベート(共通了解志向型対話)の方法
①対立する意見の底にある、それぞれの「欲望・関心」を自覚的にさかのぼり明らかにする。
②お互いに納得できる「共通関心」を見出す。
③この「共通関心」を満たしうる、建設的な第三のアイデアを考え合う。
*絶対的な「当為」なんてない。だからこそ僕たちは、対話を通して、「共通了解」可能な当為を見出し続ける必要がある。

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