カテゴリー「書籍・雑誌」の86件の記事

2017/09/20

サピエンス全史 ⑤

818 いよいよこの本の最終段階である、人類の「文明」と「幸福」の問題に入っていく。
【第4部】科学革命(さらに続き)
*幸福はむしろ、客観的な条件と主観的な期待との相関関係によって決まる。
*預言者や詩人や哲学者は何千年も前に、持てるものに満足するほうが、欲しいものをより多く手に入れるよりもはるかに重要なことを見抜いていた。
*人間の幸福度調節システムの設定も一人ひとり異なる。
*幸せであるかどうかはむしろ、ある人の人生全体が有意義で価値があるものと見なせるかどうかにかかっている。

*ブッダが教え諭したのは、外部の成果の追求のみならず、内なる感情の追求もやめることだった。
*主観的厚生を計測する質問表では、私たちの幸福は主観的感情と同一視され、幸せの追求は特定の感情状態の追求と見なされる。対照的に、仏教をはじめとする多くの伝統的な哲学や宗教では、幸せへのカギは真の自分を知る、すなわち自分が本当は何者なのか、あるいは何であるのかを理解することだとされている。
*ひょっとすると、期待が満たされるかどうかや、快い感情を味わえるかどうかは、たいして重要ではないのかもしれない。最大の問題は、自分の真の姿を見抜けるかどうかだ。

*知的設計は以下の3つのどの形でも自然選択に取って代わりうる。①生物工学 ②サイボーグ工学 ③非有機的生命工学(ロボットなど)
*歴史の次の段階には、テクノロジーや組織の変化だけではなく、人間の意識とアイデンティティの根本的な変化も含まれる可能性がある。

*私たちは仲間の動物たちや周囲の生態系を悲惨な目に遭わせ、自分自身の快適さや楽しみ以外はほとんど追い求めないが、それでもけっして満足できずにいる。自分が何を望んでいるかもわからない、不満で無責任な神々ほど危険なものがあるだろうか?

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2017/09/19

サピエンス全史 ④

817 【第4部】科学革命(続き)
*資本主義と消費主義の価値体系は表裏一体であり、二つの戒律が合わさったものだ。富める者の至高の戒律は「投資せよ!」であり、それ以外の人々の至高の戒律は「買え!」だ。……これは信奉者が求められたことを実際にやっている、史上最強の宗教だ。

*生態系の悪化は、資源不足とは違う。……逆に、生態系悪化の懸念については、十分すぎるほどの確かな根拠がある。
*家族は(かつて)、福祉制度であり、医療制度であり、教育制度であり、建設業界であり、労働組合であり、年金基金であり、保険会社であり、ラジオ・テレビ・新聞であり、銀行であり、警察でさえあった。
*国家と市場は人々に「個人になるのだ」と提唱した。
*国家と市場は、経済的役割と政治的役割の大半を家族から取り上げたものの、感情面での重要な役割の一部には手をつけなかった。近代に入っても、家族には相変わらず、きわめて私的な欲求を満たすことが期待されていた。
*最も保守的な政党でさえも、たんに現状維持を誓うことはない。誰も彼もが社会改革や教育改革、経済改革を約束する。
*平和が広まった理由 ①戦争の代償が大きくなった。②戦争で得られる利益は減少した。 ③平和からはこれまでにないほどの利益が挙がるようになった。④現代は史上初めて、平和を愛するエリート層が世界を治める時代となった。
*大半の国々が全面戦争を起こさないのはひとえに、もはや単独では国として成り立ちえないという単純な理由による。

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2017/09/18

サピエンス全史 ③

815 7万年前に「認知革命」、1万2千年前に「農業革命」を経て、500年前に「科学革命」がホモサピエンスに起きた。科学革命からいよいよ近現代に繋がっていく。

【第4部】科学革命
*近代の文化は以前のどの文化よりも、無知を進んで受け入れる程度がはるかに大きい。近代の社会秩序がまとまりを保てるのは、一つには、テクノロジーと科学研究の方法とに対する、ほとんど宗教的なまでの信奉が普及しているからである。
*私たちの文化の他のあらゆる部分と同様、科学も経済的、政治的、宗教的関心によって形作られている。
*科学には未来に何が起こるべきかを知る資格はない。宗教とイデオロギーだけが、そのような疑問に答えようとする。
*科学研究は宗教やイデオロギーと提携した場合にのみ栄えることができる。

*ヨーロッパ人は、テクノロジー上の著しい優位性を享受する以前でさえ、科学的な方法や資本主義的な方法で考えたり行動したりしていた。
*ヨーロッパの帝国主義者は、新たな領土とともに新たな知識を獲得することを望み、遠く離れた土地を目指して海へ乗り出していった。
*近代のヨーロッパ人にとって、帝国建設は科学的な事業であり、科学の学問領域の確立は帝国の事業だった。
*諸帝国が積み上げた新しい知識によって、少なくとも理論上は、征服された諸民族への援助が可能になり、「進歩」の恩恵を与えられるようになった。

*強欲は善であり、個人がより裕福になることは当の本人だけでなく、他の全員のためになる。利己主義はすなわち利他主義である。
*近代の経済:将来を信頼する⇒信用が盛んに発生する⇒経済成長が速い⇒将来を信頼する⇒………
*生産利益は生産増加のために再投資されなくてはならない。

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2017/09/17

サピエンス全史 ②

816 著者ユヴァル・ノア・ハラリさん(写真)の博学ぶりには当然驚嘆するが、何よりも魅力的なのはサピエンス史全体に対する大胆で鳥瞰的な視点である。

【第3部】人類の統一
*宗教は特定のものを信じるように求めるが、貨幣は他の人々が特定のものを信じていることを信じるように求める。
*貨幣は人類の寛容性の極みである。貨幣は言語や国家の法律、文化の規準、宗教的信仰、社会習慣よりも心が広い。貨幣は人間が生み出した信頼制度のうち、ほぼどんな文化の間の溝をも埋め、宗教や性別、人種、年齢、性的志向に基づいて差別することのない唯一のものだ。貨幣のおかげで、見ず知らずで信頼し合っていない人どうしでも、効果的に協力できる。
*人々は貨幣に頼って、見知らぬ人との協力を促進するが、同時に、貨幣が人間の価値や親密な関係を損なうことを恐れている。

*帝国のイデオロギーは、包括的・網羅的傾向を持っていた。このイデオロギーは、支配者と被支配者の人種的違いや文化的違いを強調することも多かったが、それでも全世界の基本的な統一性や、あらゆる場所と時代を支配する一揃いの原理の存在、互いに対する万人の責任を認めていた。人類は一つの大家族と見なされる。親の特権は子供の福祉に対する責任と切っても切り離せない。

*農業革命の最初の宗教的結果として、動植物は霊的な円卓を囲む対等のメンバーから資産に格下げされた。
*一神教は秩序を説明できるが、悪に当惑してしまう。二元論は悪を説明できるが、秩序に悩んでしまう。
*平均的なキリスト教徒は一神教の絶対神を信じているが、二元論的な悪魔や、多神論的な聖人たち、アニミズム的な死者の霊も信じている。
*ゴータマ:心が何か快いもの、あるいは不快なものを経験したときに、物事をただあるがままに理解すれば、もはや苦しみはなくなる。
*人間至上主義の宗教(人間性を崇拝する宗教):サピエンスは他のあらゆる生き物や現象の性質とは根本的に異なる、独特で神聖な性質を持っている。至高の善は人間性の善だ。「自由主義的な人間至上主義」「社会主義的な人間至上主義」「進化論的な人間至上主義」がある。

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2017/09/14

サピエンス全史 ①

814 世界的にベストセラーになった本である。『サピエンス全史』(文明の構造と人類の幸福)ユヴァル・ノア・ハラリ著・柴田裕之訳
 各部ごとに印象に残ったところを書き抜いておく。

【第1部】認知革命
*虚構、すなわち架空の事物について語るこの能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。
*サピエンスは、無数の赤の他人と著しく柔軟な形で協力できる。
*サピエンスは、狩猟採集時代(農業革命以前)に、地球の大型動物のおよそ半数を絶滅に追い込んだ。

【第2部】農業革命
*農業革命は、人口爆発と飽食のエリート層の誕生につながった。平均的な農耕民は、平均的な狩猟採集民よりも苦労して働いたのに、見返りに得られる食べ物は劣っていた。農業革命は史上最大の詐欺だった。
*人類は、大規模な協力ネットワークを維持するのに必要な生物学的本能を欠いているのに、自らをどう組織してそのようなネットワークを形成したのか。手短に答えれば、人類は想像上の秩序を生み出し、書記体系を考案することによってである。
*実際には、「自然な」と「不自然な」という私たちの概念は、生物学からではなくキリスト教神学に由来する。

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2017/04/21

言ってはいけない

782 副題は「残酷すぎる真実」、橘玲著、新潮新書である。ベストセラーにはなった。
 遺伝のことを中心にした本である。遺伝でほぼ人間は決まってくるといった話である。
 この種の話は、私にとってはつまらないので、途中で投げ出してしまった。

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2016/11/16

生命現象というシステム

729 このタイトルの文章の著者・福岡伸一さん(写真)には、いろいろ教えられることが多い。生物ということに関してである。
*生命は、自分の個体を生存させることに関してはエゴイスティックに見えるけれど、すべての生物は必ず死ぬというのは実に利他的なシステムなのである。これによって致命的な秩序の崩壊が起こる前に、動的平衡は別の個体に移行し、リセットされる。

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2016/11/15

ボランティアの「報酬」

02 金子郁容さん(写真)の表題の文章が、私には強く響いた。
 ボランティアの意味、私にとっては具体的には哲学カフェ・哲学対話の活動の意味が少し明らかになったようで、とてもうれしかった。
*その人がそれを自分にとって「価値がある」と思い、しかも、それを自分一人で得たのではなく、だれか他の人の力によって与えられたものだと感じるとき、その「与えられた価値あるもの」がボランティアの「報酬」である。
*「内なる権威」に基づいていること、自発的に行動すること、何かをしたいからすること、きれいだと思うこと、楽しいからすること、などが「強い」のは、それらの力の源が「閉じて」いて、外からの支配を受けないからだ。しかし、ボランティアが、相手から助けてもらったと感じたり、相手から何かを学んだと思ったり、だれかの役に立っていると感じてうれしく思ったりするとき、ボランティアはかならずや相手との相互関係の中で価値を見つけている。つまり、「開いて」いなければ「報酬」は入ってこない。このように、ボランティアの「報酬」は、それを価値ありと判断するのは自分だという意味で「閉じて」いるが、それが相手から与えられたものだという意味で「開いて」いる。

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2016/03/21

数学する身体 ②

605 著者の森田真生さん、独立して研究していくということはたいへんだと思う。数学者岡潔に倣うところがあるのだろう。若いのだから、がんばれ!
 昨日に引き続き、印象に残った個所を掲げてみる。
*アンドレ・ヴェイユが岡潔に「数学は零から」と言うのに対して、岡が「零までが大切」と切り返す場面があった。
*岡潔は零からの構築よりも、零に至るまでの根本的な不思議への究明へと、いつも向かっている。
*「有心」のままではわからないが、「無心」のままでもわからない。「無心」から「有心」に還る。その刹那に「わかる」。これが岡が道元や芭蕉から継承し、数学において実践した方法である。
*岡潔が使う「情」と「情緒」~自他の間を行き交う「情」の世界は広いが、「情緒」の宿る個々の肉体は狭い。人はその狭い肉体を背負って、大きな宇宙の小さな場所を引き受ける。引き受ける場所は、どこまでも具体的である。
*チューリングは「間違う可能性」が、既存の機械と人の心を分かつ重大な能力であることに気づき、やがて機械に「学習」をさせることこそ、機械を心に近づける道であると、確信するに至る。そして、学習を可能にする機械的メカニズムと、そうした過程を背景で支えるニューロンの成長プロセスへと関心が向かった。
*チューリングが、心を作ることによって心を理解しようとしたとすれば、岡の方は心になることによって心をわかろうとした。

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2016/03/20

数学する身体 ①

604 若い(30歳)、独立の数学の研究者、森田真生さんの著書である。(新潮社)  森田さんは全国で数学に関するライブ活動も行っている。
 思考の道具として身体から生まれた数学。身体を離れ、高度な抽象化の果てにあるものは何か。必ずしも身体からの完全な遊離ではないと述べているように思われる。
 印象に残ったところを抜粋しておく。
*「認知は身体と世界に漏れ出す」(アンディ・クラーク)
*脳だけを環境世界や身体的な行為の文脈から切り離し、そこにだけ特権的な地位を与えるのが賢明とは思えない。
*ヒルベルト(数学者 1862-1943)は記号の力への深い信頼がある。彼は数学を支える方法としての証明を、そのままそっくり数学研究の対象にしてしまおうと考えた。ヒルベルトが生み出した数学はそのため「証明論」ないしは「超(メタ)数学」と呼ばれている。
*チューリングは「機械」の方から「心」に迫ろうという壮大な企図を持っていた。
*「形式系」や「コンピュータ」は、いずれも人間的直観に依存しない、高度な自律性を目指して設計されている。
*人間の脳の中で「空間」と「時間」と「数」にかかわる情報処理が、すでに分かちがたく融合している。

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