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2018/03/18

観光客の哲学④

866 第2部は「家族の哲学」(序論)ということで、家族のことをテーマとして取り上げる。
 第5章「家族」
*家族とはそもそもが偶然の存在である。だから、それは偶然により拡張できるのだ。
*家族の輪郭は、生と生殖だけでなく、集住と財産だけでもなく、私的な情愛によっても決まる。
*新生児に人格はない。でもぼくたちはそれを愛する。だから子どもにも人格が生まれる。最初に人間=人格への愛があり、それがときに例外的に種の壁を越えるわけではない。最初から憐れみ=誤配が種の壁を越えてしまっているからこそ、ぼくたちは家族をつくることができるのである。

 第6章「不気味なもの」
 (ラカン(写真)らの論を援用しながら、展開している。)
*サイバースペースという言葉には独特のメッセージが含まれている。情報技術の誕生によって、ぼくたちは新しい世界=空間に生きるようになるというメッセージである。その認識論的な表現が「仮想現実への没入」で、経済的な表現が「情報産業という新しいフロンティア」だと考えられている。
*ひとはそんなに器用に「分人」にはなれない。分身が裏アカで吐いた毒は、まさに不気味なものとして本体に貼りつき、少しずつ本アカのコミュニケーションにもゆがみを与えていく。
*「宇宙」と「未来」の失墜、それは大きな物語の喪失にほかならない。……サイバースペースという概念が、大きな物語が消えた世界において、その欠落を埋め合わせる「新しい大きな物語」の役割を果たしたことがわかってくる。
*観光客の視線とは、世界を写真あるいは映画のようにではなく、コンピュータのインターフェイスのように捉える視線なのではないだろうか?
*いまやかつてのイデオロギーがあった場所はコンピュータに占められ、そしてコンピュータの秩序はかつてのイデオロギー以上にぼくたちを支配している。
*イメージとシンボルを等価に並べるコンピュータの平面、それはまた、帝国の秩序と国民国家の秩序を往還する郵便的マルチチュードの平面でもあるはずだ。サイバースペースの比喩はその可能性を覆い隠してしまうのである。

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