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2017/04/29

人が変わるとは何か?

11_2 第52回人生カフェは、夜の2時間、事前申し込みなしで実施した。この形での実施は4回目である。
 平成29年4月28日(金)午後7時からスタートしたが、男性8名、女性1名、合計9名の人が集まってくれた。
 最初に各人から「問い」を出してもらった。各人の興味・関心のありどころも分かって、面白い時間帯である。
①嫌な仕事環境でも楽しく働けるか?
②あなたは何を優先しますか?(健康、お金、家族、仕事、人間関係)
③怒りとは何か?
④許すとは何か・
⑤人はなぜ物語を作るのか?
⑥人は変わるのか?

 テーマを一つに絞っていくに当たって、⑥の「人は変わるのか?」をめぐっての話が多く出た。「何をもって人は変わるといえるのか?」といったテーマなども出される中、最終的には今回は「人が変わるとは何か?」というテーマに決定した。

 「変わる」といっても、自分が変わることと他人が変わることとでは意味合いはかなり異なる。
 また、自分が変わったと主観的に捉えていても、外から見た客観的には変わっていないようなこともある。
 意図的に自らを変えようとして、大いに学ぼうとすることもあるが、環境の影響で非意図的に変わってしまうこともある。
 どの部分が変わるのか?「考え」のところか、「行動」のところか、「人格」のところか。レベルが違うような気がする。
 人が変わることの根源を探っていくと、人の意志や動機といったところが見えてくる。深いところのその人の欲求・欲望といえるものかもしれない。
 それらが連続して、習慣のようになっていたものが、ある時断裂的に変化する。その時はさすがに自分が変化した感覚を持つ。心の中に吹いていた風の風向きが変わってしまった感じである……。

 テーマを決めるのに1時間、そのテーマについて対話を展開したのが1時間、凝縮した2時間であった。

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2017/04/28

顔の現象学

785 副題「見られることの権利」、鷲田清一著(講談社学術文庫)、この本の初めのあたりの印象に残ったところを抜き書きしておく。

*眼が「かち合う」こと、まなざしが交差することは、対象を見ることとは決定的に異なる。
*相手の目が興味深いから見るのではなく、まさに相手のまなざしをそこに感じるから、私たちはそこに目を向け、相手に目を合わせる。

*顔の「遠さ」~他者がわたしを〈わたし〉として認知してくれるその媒体としての顔が自分にだけは見えないという、あの〈わたし〉の可視性のアンバランスな構造
*〈わたし〉と他者はそれぞれ自己へといたるためにたがいにその存在を交叉させねばならないのであり、他者の〈顔〉を読むことを覚えなければならない。
*〈顔〉という現象は、それが「わたしの顔」となるまえに、まずは共同性の様態なのである。

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2017/04/27

ムーンライト

784 愛を乞うている人を見事に描いた。
 今更だが、子どもにとって家庭の環境は大きいことがいえる。子どもは逃げられない。危険や不安がいっぱいな家庭環境は恐ろしい。
 アカデミー賞作品賞らしい、しっかりとした演出の作品だ。
 ある意味、平凡な一般人だが、そこには内面のドラマがある。愛と憎がある。それを丁寧に描いた。

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2017/04/25

「考える」「言葉」

10  第51回人生カフェは平成29年4月22日(土)、10名(男性6名、女性4名)の参加によって実施された。
 今回は『14歳からの哲学』(池田晶子著 トランスビュー発行)を読むという読書会の形式をとった。
 まずは、1~3の「考える」というテーマのところから、各自印象に残ったところをフリップに書いてもらった。
「「自分が思う」ということはいったいどういうことなんだろう」(5P)
「悩むな、考えろ」(9P)
「わかって悩んでいるのか?」(9P)
「意見自体正しいだろうか、間違っているだろうか?」(12P)
「「考える」ことによって正しい定規を手に入れる」(16P)
「自分ひとりだけの正しい定規ではなくて誰にとっても正しい定規、たったひとつの正しい定規だ」(16P)
「君は本当のことだけを知りたくないか」(18P)
「本当のことを本当のことだけを知りたいとは思わないか」(18P)
「「不思議」の感じこそが本当のことを知るための最初の最初の鍵穴だ。不思議の扉は宇宙の果てまで開いてゆくことができるんだ」(23P)
「「誰にとっても正しいこと」というのは、「みんなが正しいと思っていること」ではない」(23P)
 以上を踏まえて、対話をした。「考える」と「感じる」、「思う」との違いは何か。特に「考える」と「悩む」をめぐっての対話が活発に行われた。

 次に、4~5の「言葉」というテーマのところから、各自印象に残ったところをフリップに書いてもらった。
「物が先か、言葉が先か」(26P)
「過去、現在、未来から別の星や宇宙のことまで言葉というものに不思議な力」(28P)
「人の数だけ人がいるのに、言葉の意味はすべての人に共通してたたひとつなのはなぜなんだろう」(35P)
「言葉というものは、自分の中にあると同時に、また自分の外にある」(36P)
「言葉こそが現実を作っている」(2人)(36P)
「言葉を大事にするということが、自分を大事にするということなんだ」(36P)
「目に見える物だけが現実だと思い込んで一生を終えるなんて、あんまり空しい人生だと思わないか」(36P)
 以上を踏まえて「言葉」について対話した。言葉がないと考えることができないのではないか、世界を認識できないのではないか、といったことをめぐって展開した。

 最後に、今日の対話について、各人にフリップに書いてもらった。
「感じる→思う→考える 言葉を大事にする事、自分を大事にするという事かなあ?」
「悩みとは何だと改めて考える。だって、不安だし、イライラするし、苦しかったりするものだから」
「「考える」ことをするには言葉が不可欠。言葉は言霊と言われるように、言葉を単なる言葉ではなく、発する者の心をこめたら、言葉が生かされ、受け取る側に伝わるのかな?」
「言葉を大切にするとは、言葉―世界―私というものが生じているという事実=世界の分節の機能としての言葉が機能している。という事実に対しての「落としまえ」は言葉によって言葉の限界に向かうことでしかなしえないだろうと思います。その意味でのみ、言葉は大切にしなければならないと思うし、哲学は必要かな。身体知の問題はこのことと矛盾するのかな?」
「言い切れないこととわかっているのに、池田さんはなぜ言い切るのだろうか。言葉として正確ではないのでは」
「こうして考える事こそ、池田晶子さんの望み(?)なのかな」
「頭の中がより整理できた。とても面白かった!言葉を正確に使うことで解決できる問題もたくさんある」
「各人の着眼の共通する所とばらつく所、多々あっておもしろかった。考え抜くこと、ある意味自縄自縛になるまで突き進めることを大事にしたい」
「こういう機会がなければ絶対読まないであろう本と、めぐりあった気がしています」

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2017/04/22

モアナと伝説の海

783 ディズニーのアニメはさすがに素晴らしいし、何といっても面白い。
 それに私の場合、一人娘の冒険譚、成長話は大好きである。
 海や島や、大自然が鮮やかに描かれている。もちろん、現在の現実の世界では、このような海や島や島の生活はないのだが。

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2017/04/21

言ってはいけない

782 副題は「残酷すぎる真実」、橘玲著、新潮新書である。ベストセラーにはなった。
 遺伝のことを中心にした本である。遺伝でほぼ人間は決まってくるといった話である。
 この種の話は、私にとってはつまらないので、途中で投げ出してしまった。

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2017/04/18

いい人ってどんな人だろう?

Imagesuvbw3cjv ちょうど第50回目に当たる人生カフェは、夜の2時間、事前申し込みなしで実施した。この形での実施は3回目である。
 平成29年4月14日(金)午後7時からスタートしたが、男性4名、女性4名、合計8名の人が集まってくれた。
 最初に各人から「問い」を出してもらった。各人の興味・関心のありどころも分かって、面白い時間帯である。
①めんどうくさいって何だろう?
②友だちとは何か?
③国って何だろう?
④天職って何だろう?
⑤いい人ってどんな人だろう?
⑥人間関係とはどうあるべきか?
⑦キムタクは悪者か?
⑧かわいいって、なーに?

 この中から今回は「いい人ってどんな人だろう?」がメインテーマとして選ばれた。

 「いい人」とは多義的な言葉である。ポジティブに使われる場合もあれば、若干揶揄的にネガティブに使われる場合もある。単にお人よしで、他人にいいように使われている人を指す場合もありそうである。
 この曖昧さから、適当に使われる言葉であり、多用もされている。
 もちろん素直にポジティブに使われ、自分に対して言ってくれると、うれしくなったりする。だから、できるなら明るくいい方に使いたいものである。

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2017/04/17

マインド 心の哲学 ③

Img_15186cfa4e4819e25802c953731566f 訳者の山本貴光さんと吉川浩満さん(写真)には翻訳してくれたことに感謝したい。この二人は現在、新しいタイプの哲学者として活躍している。

 さて、この本で「意識」のことを取り扱っている中で、面白いところを抜き書きしておく。
*意識のゲシュタルト構造には少なくとも二つの側面がある。第一に、知覚を一貫性のある全体に組織する脳の能力。第二は、背景から図を弁別する脳の能力。
*知覚が意識を作り出していると考えるべきではなく、先立って存在する意識野を知覚が変化させていると考えるべきである。
*意識は脳内ミクロな過程によって引き起こされ、脳において高レヴェルの性質もしくはシステムの性質として実現されている。……生物学的に言えば、意識は生の一側面にすぎない。しかし、こと私たちの現実的な生の経験が関わる限りで言えば、意識とは私たちが意義ある存在であるということのまさにその本質にほかならない。
*意識があるからこそ、いろいろなものごとが重要性を持つようになる。

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2017/04/16

マインド 心の哲学 ②

781 ジョン・サール(写真)は、「心的なもの」と「物理的なもの」と言われているものを簡単にまとめて、論を進めてくれている。
*「心的なもの」~主観的、質的、志向性がある、空間的な位置と広がりをもたない、物理的な過程により説明不可能、物理的なものに対して因果的に作用しない
*「物理的なもの」~客観的、量的、志向性がない、空間的な位置と広がりをもつ、ミクロな物理学によって因果的に説明可能、因果的に作用かつシステムは因果的に閉じている

*意識は一人称的な存在論を備え、神経的な過程は三人称的な存在論を備えている。このために、前者を後者へと存在論的に還元することはできない。

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2017/04/15

マインド 心の哲学 ①

780 ジョン・R・サールの心の哲学の入門書である。(朝日出版社)
 サールの「生物学的自然主義」の立場については別のところで簡単に述べてあるので、ここではそれ以外のきになるところを抜き書きしておく。
 まずは、哲学が注目するところが言語から心へ移ったとされる理由のくだりである。
①言語にかかわる問題の多くは心に関する問題の特殊例だとみなせる。
②知識の発展に伴い、従来の認識論などから離れ、新しい哲学の理想的な出発点は人間の心の本性についての検討である。
③21世紀初頭の哲学の中心問題は、人間が明らかに意識を持ち、心があり、自由で、合理的で、言葉をあやつり、社会的かつ政治的な行為者であることをどのように説明するかということである。
④「認知科学」の登場である。
⑤現在の言語哲学は、いわゆる外在主義に共通の誤りに陥っている。

 次に、心の哲学の問題は一般人と専門家では信じるもののあいだに大きな違いがある。
*一般人は二元論を受け入れている。人々は自分が心や魂と身体の両方を持っていると信じている。それどころか、身体、心、魂という3つの要素を持っているという人すらいる。
*哲学、心理学、認知科学、神経生物学、人工知能などの専門家たちはほぼ例外なく、なんらかのかたちで唯物論を受け入れている。

 いまや心の哲学が中心のトピックであり、他の問題~言葉や意味の本性、社会の本性、知識の本性~はすべて、人間の性質という、より一般的な問題の特殊例にすぎない。

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2017/04/13

想像ラジオ

779 いとうせいこうのベストセラー小説である。(河出文庫)
 東日本大震災後の比較的早い時期に、震災に関わる死者と生者の物語を紡いだ意義は大きい。
 死者の声を想像することによってラジオから聴くという設定もいい。生者の側の話も織り交ぜての章立てもよくできている。
 まさに喪失による悲しみを描いた小説である。
 仏教的世界観が色濃く反映されている。

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2017/04/11

なぜ人は学ぶのか?

5 第49回人生カフェは平成29年4月8日(土)、14名(男性7名、女性7名)の参加によって実施された。
 今回のテーマは「なぜ人は学ぶのか?」であった。
 最初に、参加者からテーマに関する自らの問いを出してもらった。
 「学びって何?なぜ必要とおもうのかな?」
 「学ぶとどうなる?」「勉強に何を期待しているのか?」「「学ぶ」ことで得られるもの、失くすもの……はあるのか?」
 「学びと勉強は違う意味?」「勉強と習慣の違いは?」
 「学ぶことは苦しいか?楽しいか?」「学ぶことの辛さは楽しさを導くか?」
 「人から押しつけられると学ぶのがつまらなくなるのはなぜか?」「「自分の頭で考える」とはどういうことか?」
 「どういう時に学びたくなるのか?」「学ぶことが大事だと思ったことはあるか?どんな時か?」
 「学びたいと思うジャンルはどう変わるのか?」「目的は学び自体か?(プロセス?) 学ぶ内容が大事か?」
 「人により学ぶ量や深さに違いが出るのはなぜか?(違いがないかもしれませんが)」「博識の人ほどより学びたがるのはなぜだろう?」「学ばない人はいるのか?」
 「役に立たないことを学ぶ意味は?」「答えのない問題をどう学ぶか?」「高度産業社会の中で、人文学(文学、哲学、歴史学、宗教学)を学ぶことの意義・意味は何か?」
 「なぜ『もっと違う考え方がある』と思ってしまうのか?」「できないこと、できなかったことになぜ挑むのか?」
 「学びのない読書は無駄か?」
 「学校での勉強は嫌い、でも人生上の勉強、学びは好きかも?習うは一生!」

 以上の中で、まずは「役に立たないことを学ぶ意味は?」という問いに注目が集まった。大学の人文系の学部が社会にあまり役に立っていないのではないかということで、廃止や縮小の対象とされてきている。果たしてこれでいいのだろうか?あまりに短期的な視点に立っての役に立つか立たないかの判断になっていないか?現在の社会の知の枠組みそのものを問う人文系の学問は長期的に見れば、大いに人間や社会の役に立つものである。

 後半は、メインテーマ「なぜ人は学ぶのか?」を再び意識して、このテーマを軸に対話を展開した。今回はホワイトボードに発言された考えを書くなど、思考の流れをグラフィカルに見える工夫もしてみた。

 なぜ学ぶのかという理由に関しては、ひとつは生物として環境に適応していくため、あるいは人間として社会に適応していくためということがあります。一方で、個人として、自由を求め、個性を発揮していくために学ぶということもある。両者は時に対立し、葛藤する。これをさらなる学びによって克服していくことはできるだろうか?

 最後に一人一人にフリップに書いてもらった。
 「気づいたこと:学びのイメージ=勉強」
 「学びのイメージは勉強のイメージが強い。好奇心で学びをするというイメージはあまりない」
 「真理は汝を自由にする」
 「遊び心(心の余裕)をずっと持ち続けていたい。「自由」のために学び(学習)をしている/きた人のことを覚えていたい」
 「「生きづらさ」と「学び」も結びつくのかぁ……! という気づきのような、再確認のような」
 「生きづらさからの解放の手立ては「学び」だけ?」
 「学びとは、何かしらの変化を企図すること」
 「全知全能ではない私たちは、学び続ける宿命なのか?」
 「思考を深めるのは楽しい」
 「自分がイメージしていた「学ぶ」とはの対話とは違っていましたが、それだけに新鮮でした。若いと思っていても、ますます高齢者の学習に近い……?!笑」
 「学びながら遊び、遊びながら学ぶ。中高年の人生カフェは私にとっての習慣なり!」
 「過学習、偏学習は専門バカにする?」
 「エントロピーを増大させない→「あこがれ」  ファシリテーション・グラフィックを勉強しよう」
 「生物学的に環境に適応するとはどんなことか」
 「「よい教育とは何か」 なぜ自己否定(苦しさ、知的好奇心の枯渇)を深めてしまう「教育」になってしまうのか。またどのような教育であれば、それを出さずにすむか。Personalisedされた教育はそれを克服することはできるが、逆に失われるものは何か?」

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2017/04/10

わたしは、ダニエル・ブレイク

778 自分だってダニエル・ブレイクのような立場になることはありえる。
 仲間が必要である。
 ヘルプを言い続けることが必要である。

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2017/04/09

超図解「21世紀の哲学」がわかる本 ③

777 現代の問題を考えていく上でのいくつかのヒントを得られた。
*可謬主義~人間の知識には誤りがある。これをベースに行動を改善する。
*エポケー(判断停止)による現象学的還元では、自明と考えていた世界の存在に疑問符をつける。その上で合意を形成するわけだから、現象学的還元は相互理解を得るための手法である。…「信憑性」があればよいし、高まればなおよい。
*カール・ポパー(写真):反証可能な理論こそが科学的である。…検証可能性ではなく、反証可能性の立場をとると、反証が出ないことにより、命題の強度、いいかえると「確からしさ」が強まる。
*言語は「恣意的かつ差異的な体系」である。

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2017/04/08

超図解「21世紀の哲学」がわかる本 ②

776 現代の哲学・思想のあらましを紹介している。
*生命圏を有機的な統一体と考え、生命全体の平等主義から自然をとらえる。(ディープ・エコロジー)
*「本質」とは、あるモノを他のモノと区別する何かである。
*統合情報理論とは、ある身体システムに情報を統合する能力があれば意識がある、とする立場である。
*ジョン・サール(写真)の「生物学的自然主義」~心や意識を自然主義的な立場から生物学的に探究する。……意識はそのあり方(いわゆる存在論)のうえでは、人に固有のものであり一人称的なものである。これは三人称的な因果関係では説明できない。つまり、意識は因果的に還元可能ながら、存在論的には還元できない。
*仮説設定の活動を「アブダクション」と言う。アブダクションは論理化が困難で、機械化が難しい活動であり、人間の創造性が発揮される活動である。

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2017/04/07

超図解「21世紀の哲学」がわかる本 ①

775 先端的な哲学のさわりを知るにはそれなりにいい本である。(中野明著 学研プラス)
 印象に残ったところをいくつか挙げておく。
*哲学とは「知への尽きぬ情熱」である。「真理を探究したい」との情熱が哲学の本質である。
*存在論→(認識論的転回)→認識論→(言語論的転回)→分析哲学→(解釈学的転回)→解釈学
*選好功利主義では、人々の幸福はその選好(自分の好み)の満足や充足にあると考える。
*ディヴィッド・チャーマーズ(写真):テクノロジーの進展により脳の働きは解明されつつあるが、物理的な実体と意識の間には、いまだに途方もないギャップが存在する。(「ハード・プロブレム」) 一方、学習や知識・記憶といった現象は「イージー・プロブレム」である。
*AIを人間の知能を増幅する装置、すなわちIA(Intelligence Amplifier)として活用する。
*人類の歴史とは、非生物的なもの、すなわち「道具」を作り出し、自らの能力を拡張する歴史だった。
*メルロ=ポンティは身体を自分と世界、自分と他者をつなぐ媒体だと考えた。媒体としての身体のサイボーグ化は、世界や他者とのつながりを拡大することを意味する。

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2017/04/06

ねむ瑠 滝野川大勝軒 たかはし

2e2304c180ed427f86589c8508dacd762c247611c9d24d9081870257f28c778705ebdfd955f74c9da8ae876abbd8795e 年度末、年度初めもラーメンだ!
左写真:本郷三丁目「ねむ瑠」濃厚烏賊煮干中華そば 3月27日 烏賊のスープは濃厚にできていて、おいしかった。完食!玉ねぎ、カイワレはとてもよかった。お肉はチャーシューではなく、これもよかった。
中写真:池袋「滝野川大勝軒」ラーメン 4月1日 スープは魚介系で、濃く、おいしかった。麺がおいしいのには感激。中太の丸麺が喉越しよく、つるつるとお腹に入っていく。つけ麺でなく、ラーメンがおいしい大勝軒だ!
右写真:新宿・歌舞伎町「焼きあご塩らー麺 たかはし」焼きあご塩らー麺 4月6日 何度来ても高レベル!焼きあごスープはコクがあるのに嫌味がなく最高!完成度の高いラーメンだ。白めしを入れて、お茶漬け風に食べるのもいい。完食して満足!

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2017/04/05

第9回東京メタ哲学カフェ

10373981_1590768911247703_768612244 この回の話題として、ひとつ「常連」の参加者のことがあった。
 常連特有の臭みといったことである。どちらかというと常連のマイナス面を捉えた言い方だが、もちろん常連にはいい面がたくさんある。哲学カフェにおいて、常連はファシリテーターと共同的・協力的な関係にある。
 私は常連が「スタッフ」化して、いくつかの役割を担うことを積極的に評価するものである。
 
 もう一つの話題として「自己顕示欲」ということがあった。自己顕示欲が強くて、哲学カフェの進行上、困った存在になる参加者の話が多く出た。
 しかし、自己顕示欲は多かれ少なかれ誰もが持っている。ファシリテーターもしかりである。それゆえ、自己顕示欲の存在は素直に認めざるを得ない。
 その上で、参加者は対等であり、お互いに協力して対話を進行しているという精神と、それを具現化したルールを尊重していかなければならない。

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2017/04/04

八代目けいすけ 蔭山樓 庄の

89d7daf4a47f4b768ffd875f73639be513585fa011fa4bfd943845548eaea1d52c4772afd4514597b8176495c2c93ef7 引き続き、「第17回 TRYラーメン大賞 2016-2017」に掲載されているお店を歩いている。
左写真:銀座「ふぐだし潮 八代目けいすけ」ふぐだし潮塩らーめん 3月20日 スープがすっきりしていて、おいしくて完食。きれいに仕上がっているラーメンである。
中写真:恵比寿「蔭山樓 恵比寿店」こだわり麺の名物 鶏白湯塩そば 3月25日 さすが定番のおいしさである。当然完食!
右写真:市ヶ谷「麺や 庄の」つけめん 3月26日 さすがのつけ麺である。少しピリ辛のところがあるつけ汁はうまい。チャーシュー、メンマの作りもいい。スープ割り後もおいしい。人気店ならではの活気もある。

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2017/04/03

Holu-lu BASSO GOTTSU

825012d6e12e416b830ea2aad29993fdF76f073920c248369521d991de264a7bAd4e2c92b50e4263a1d834863884e2d2 たまたまだけど、ローマ字綴りのお店が3件続いた。「第17回 TRYラーメン大賞 2016-2017」に掲載されているお店を歩いている。
左写真:池袋「Hulu-lu」醤油SOBA 3月8日 再訪。きれいでおいしい醤油拉麺である。スープよし、細麺よし、スープと麺との絡みもよし。カイワレはとても気に入っている。当然完食!
中写真:早稲田・江戸川橋「BASSO」味玉中華そば 3月11日 醤油味では状の部類。スープは最後まで熱くて、おいしい。地元の人気店になっている。
右写真:練馬「RAMEN GOTTSU」味玉らーめん 3月18日 「渡なべ」系列だが、渡なべよりマイルドで、これはいい。スープがおいしい。見た目もきれいなラーメンである。

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2017/04/02

コミック版 人生が変わる哲学の教室

774 小川仁志さん原作のコミック形式のものである。哲学カフェのことを紹介してくれているところが最も印象に残った。
 その他に印象に残ったところを抜き書きしておく。
*幸福な人生は、不思議なまでに、よい人生と同じである。(ラッセル『幸福論』)
*私たちが社会に生きる成員である以上、社会とうまくいっていない限り幸福にはなれない。
*気楽な感覚で哲学のアイテムを増やしていく。

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