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2017/03/20

体の見方(14歳からの哲学)

Images147 著者の池田晶子さん(写真)が亡くなって10年が経つ。
 『14歳からの哲学』の中の「体の見方」のところを読む。
 体はこの世において、自然(神)から自分(私)に与えられた車のようなもの? 私の所有物ではない? 運転手は私なのか、私の心なのか?
 私の中に小人がいて、私を動かしている? 小人とは私の心のことか? 小人を動かしているのは何だ? それとも私を包む、さらに大きな自分がいるのか? 大きな自然(神)が私を動かしている? すると全てが決められてしまっているのか?

 不死なるものはあるのか? それは心なのか? 魂とか霊とか言われるものか? 精神と言われるものか? 「それ」としか言いようのないものか?
 大体が不死なるものを想定する必要はあるのか? 未来や永遠を想定したがっているだけではないか? 今を生きる、幸福になる、幸福であればいいのではないか? 幸福になるために未来を想定する? ……人間らしいところだ。

 形而上学の話だ。この話をしたがる。しかし、解けない。人間の限界だ。「語りえぬものは沈黙しなければならない」……しかし、話はしたがるし、話は続く。

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