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2017/03/01

幸せになる勇気

9 第45回人生カフェは平成29年2月25日(土)、11名(男性2名、女性9名)の参加によって実施された。
 今回は、『幸せになる勇気』~自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ~(岸見一郎・古賀史健著 ダイヤモンド社)の読書会のような形式で実施した。
 最初に、参加者各人がこの本の中で気に入った個所(共感した個所)を挙げてもらった。キーワードを紙に書いてもらった。( )内は書いてあるところの本のページ数である。
「人間知」(37)
「尊敬とはありのままにその人を見ること」(40)
「どのような意味を与えるか」(61)
「悪いあの人、かわいそうなわたし」(69)
「共同体感覚は「身につける」ものではなく、己の内から「掘り起こす」もの」(148)
「「わたし」の価値を自らが決定すること。これを「自立」と呼びます」(152)
「わかり合えない存在だからこそ信じるしかない」(211)
「何もないところから築き上げるからこそ、愛のタスクは困難」(227)
「運命の人を求めるのではなく、運命といえるだけの関係を築き上げる」(267)
「幸せになりたかったのです」(269)
「最良の別れ」(277)
「いま、ここを真剣に生きる」(278)
……(他にもいくつかありました。)

 以上について、いくつか対話を展開した後、次に、この本について気になったこと(疑問に思ったこと)を挙げてもらった。
「どうしてほめてはいけないのか?」
「叱責はダメ」
「普通であることの勇気」
「「勇気」ということば」
「利己心を追求した先に「他者貢献」があるのです」
「最良の別れ」
……その他、「青年の立場」になって疑問を発し続けることや、この本を読んでいない人に接する場合の困難さなどが出ました。

 以上を踏まえて、フリーに対話をしたのだが、そのうちいくつかを紹介する。
 「ほめる」ことが禁止されているのが引っかかる。アドラーが言わんとしているのは、上下関係の上から目線で、競争意識をあおるようなほめ方はよくないということらしい。対等の仲間意識を大切にするという姿勢である。だから、例えば仲間同士で、励まし合うような「ほめる」はよさそうな気がする。
 幸せになることと「楽になること」との関係について。単に、楽に、楽にということでは幸せとは言えないかもしれない。それなりの苦労(苦味)が幸せを豊かにする。でも、楽にではなく、楽しいということなら、これはそれほど悪くないかもしれない。
 やはり多くが語られたのは、この本が説くところのアドラーの考え方の実行性である。この理論に一定程度共感していても、実際に行動することは難しいことが多い。この本でも、シンプルに継続して実行することはたいへんであると述べている。

 最後に、一人ずつ、フリップに書いて発表してもらった。
「愛⇒自分を好きになれば人も好きになれる。今日参加してくれた方々に感謝し、尊敬します。いま、ここ、幸せかなあ?」
「人は誰でもいまこの瞬間から幸せになることができる」
「本を読んで、いろいろなことが分かったような気がしたが、やはり分からなくなった。(愛するとは、どういうことか?)」
「わかったような、わからないような、モヤモヤ…感。実践は困難…」
「アドラー心理学ほど…(8P) とあるように難しく自分自身には理想かな?と思った。また、最良の別れ、死については、もっと話したいと思った」
「理論⇔実践 往復運動・らせん運動 それが自己啓発」
「アドラーに感銘を受けた理由が、私が「自己啓発」好きだからだと、今日分かった!」
「アドラーは私に勇気を与えてくれた」
「『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』大好き」
「しっかり本を読んできた人どうしのこの会を通じて、それぞれのとらえ方は本当に違うなーと再認識しました」
「不思議な集まりだった。 (頭の中の対話)→人との交流へ。 楽しかったです」

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