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2017/03/31

吾輩ハ猫デアル

773 俳句誌「ホトトギス」に掲載された夏目漱石のデビュー作である。
 この時からすでに漱石の才覚が炸裂している。
 『こころ』から始まった、漱石の朝日への再連載も終わってしまった。あまりにも残念だ。

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2017/03/30

あきらめる

Imagesaehv3iah 対話をしていくなかで、私は、あきらめるということは、「欲望を下げて、受け入れる」と一応定義したくなった。
 欲望を下げるにはいくつかの方法がある。
 理性的に何かしら合理的な理由を見つけて下げる場合もあるだろう。時間が経過して、感情的に下がっていくこともあるだろう。あるいは、「えいやっ!」という強い意志の力でねじ伏せる場合もあるだろう。
 いずれにせよ、欲望を下げるということと、受け入れることという事実は残る。だから、あきらめるには消極的でマイナスのイメージが付きまとってしまう。

 「欲望」の問題に突き当たる。現代は欲望を少なくして、潔く生きるというのとは違うように思っている。欲望を知性的に優先順位を付けて調整するとともに、感性でもって深く味わい、意志の力でよい方向に推進していくような生き方が求められている。

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2017/03/29

人生上の悩みをテーマとする哲学カフェ

Png6 第48回人生カフェは平成29年3月25日(土)、9名(男性5名、女性4名)の参加によって実施された。
 今回は「人生上の悩みをテーマとする哲学カフェ」というものである。
 まずは一人の人にに自らの人生上の悩みの一つを10分くらいで語ってもらう。それから、その話から、一つだけ対話のテーマを抽出する。一つのテーマに1時間くらい対話をする。悩みの内容は、重いものでも軽いものでも、心の問題でもそうでなくても、いいとしている。
 今回は3人の人に自らの悩みを話してもらった。(内容の詳細は個人情報の関係で記載できないので、対話を行ったメインテーマやサブテーマを掲げる。)
①中高年が働くとは?
 やる気(モティベーション)、職場の人間関係、職場での伝え方……
②人間の意識とは?
 霊とか、魂とか……
③仕事による自己疎外(自己否定)とは?

 悩みを語ってくれた人には、自分を出してくれたことに感謝したい。また、聞く側も聞く姿勢を持っていたので、話す方もそれなりに話しやすかったと思う。
 このような話やその後の対話といった展開は、普段の日常のなかではなかなかできないことである。家族や友だち同士なら、ある程度できると思われるが、お互いによくは知らなく、意見や考えがそれなりに異なる人たちの間でするというのはなかなかない。
 この場は意見や考えは異なるかもしれないが、ただ人の話をよく聞く、という姿勢は持ち続けている。この安全、安心の場を作っていることの意義は大きい。この共通認識があるから、人は自らの悩みもある程度話をすることができる。

 短い時間ではあったが、上記のテーマについて対話ができたことはとてもよかった。それは悩みを話した人も、聞き役だった人もそうであったと思う。

 最後に、参加者一人一人にフリップに書いてもらった。
「考えるということはどういうことか。知、情、意の集合体が意識であるとすれば、意識のありようが大切」
「社会とどう関わるか(ボランティアや社員として)、見えない領域とどう関わるか(心霊や探求)、という共通の悩みがあるように思えました。対立をどう克服するか、もしくは克服しない方がよいのか、対立したままにすべきなのか、と思いました」
「働くこと、意識、魂、霊……。疎外から学べ!疎外を感じ続けろ!」
「心は死んでいるが、実存は失っていない!」
「決心した時から、新しいスタートができる(切れる)」
「対話をするにはボキャブラリーが多い方が伝わるなぁ……と思いました」
「こういうところでお話をすると、自分のしゃべり方、考え方のクセが自分でよく分かります。それが自己分析や今後の大きなヒントになります」
「«仮面の告白»に耳を傾けてもらえるのは有難いものである」
「かたりあい、ききあい、つたえあい が自由にできた場!」
「悩むより思い、思うより考える。素直に人の話が聞けるのがよいかなぁ?」

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2017/03/27

まんがでわかる伝え方が9割

772 「強いコトバ」をつくる5つの技術は使えそうである。
①サプライズ法~サプライズワードを入れる。「そうだ 京都、行こう」の「そうだ」
②ギャップ法~正反対のコトバを前半に入れる。「嫌いになりたいのに、あなたが好き」
③赤裸々法~自分のカラダの反応をコトバにする。「くちびるが震えてる。あなたが好き」
④リピート法~くり返す。「今日は暑い、暑い」
⑤クライマックスワードから始める。~「これだけは覚えてほしいのですが、」

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2017/03/26

対話する社会へ ②

770 著者の暉峻淑子さん(写真)は1928年生まれ(現在88歳)の経済学者である。この年齢で、このような本を出版するなど、精力的に活動していることに感心する。

*コミュニケーションこそ、人間が発達していく場であり、個性と社会性をつなぐ環であり、創造性の培養地である。
*定型化、汎用化とは質的に違う対話的伝達の方法が、小規模な組織や、人間関係を仕事の基本にしている世界(医療や福祉、教育など)では、いまもなお不可欠なものとして尊重されている。
*対話は正誤とか勝ち負けという固定的な評価から解放されている。

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2017/03/25

対話する社会へ ①

771 私の関心事である「対話」について考える上ではいい本であった。暉峻淑子著、岩波新書である。帯には、「戦争・暴力の反対語は平和ではなく対話です」という言葉がある。
*対話に特徴的なのは、個人の感情や主観を排除せず、むしろその人の個性とか人格を背景に、自己を開放した話し方が行われている点である。
*ロゴツキー:先ず対話があって、そこから自己の言葉[内言]や思想がつくられる。
*バフチン:対話についての思想の中心的位置を占めるのは「応答性」である。…対話を「身体性」を持つものだと考える。
*意味というものは、応答、応答に対する応答、そして更なる応答が続くという、本来予測不可能なプロセスのうちに生み出され変わっていく。それは中断されることはあっても、決して終結することのないプロセスである。

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2017/03/24

幸福の哲学 ③

Imagesek97wpvm アドラー(写真)と古代ギリシア哲学を基盤にした幸福論は、それなりに学ぶところがあった。
 最終章の第6章「人生をどう生きるか」から一文。
*年齢を重ねることに意識を向けず、余命にとらわれず、今しなければならないこと、できることだけを考えて生きれば、人生のあり方を大きく変えることができる。

 幸せは、「今」の時点だけをとらえても、「充足」と「向上」の2つの要素が存在していると思う。過去から今までに対して、満足と感謝の気持ちを持つとともに、今から未来へ向けて、何かしらの点でよくなるといった感覚である。この両者が両立していることは何ら矛盾していない。

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2017/03/23

幸福の哲学 ②

768 岸見一郎さん(写真)のこの本の肝は、第5章の「幸福への道」であろう。
*フロムの言葉:愛の本質は、「何かのために働く」こと、「何かを育てる」ことにある。愛と労働とは分かちがたいものである。人は、何かのために働いたらその何かを愛し、また、愛するもののために働くのである。
*誰も嫌われたくはないが、もしもまわりに自分を嫌う人がいるとすれば、嫌われることは自分が自由に生きていることの証であり、自由に生きるために支払わなければならない代償であると考えなければならない。
*誰もが優れようとするという意味での優越性の追求も、他者と競争しないのであれば、問題なく健全なものとなる。
*それまでの人生で長く何かをやり続けてきた人であれば、ある領域では自分が優れていると思っていたのに、新しいことに着手すれば、たちまち何もできない自分と向き合わなければならなくなる。
*何かを習得することに限らず、自分が不完全であることを受け入れることができる人は、自分の価値を理想からの減点法ではなく、現実からの加点法で見ることができる。
*他者が生きていることが喜びと感じられるのであれば、自分についても生きていることがそのままで他の人にとって喜びであり、貢献していると思っていい。
*信頼するとは、目下起こっていることや、これから起きることについて未知なことがある時、その知られていないことを主観で補うことである。
*信頼することには二つの面がある。①他者の言動にはよい意図があると信じること。②相手が自らの課題を自分の力で解決できると信じること。
*他者が自分をありのまま受け入れてくれる仲間だと思えば、そんな仲間に役に立とうと思え、貢献感を持つことができる。そして、貢献感が持て、自分に価値があると思えたら、対人関係に入っていく勇気を持て、対人関係の中に入ることができれば、幸福を感じることができる。

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2017/03/22

幸福の哲学 ①

767 『嫌われる勇気』の著者、岸見一郎さんの本である。副題は「アドラー×古代ギリシアの智恵」、帯には「「本当の幸福」とは何か」と書いてある。(講談社現代新書)
 『嫌われる勇気』のようなインパクトはないにしても、静かに考察してくれているので、学ぶところは多い。印象に残ったところを抜き書きしておく。
*たとえ幸福を定義することができ、その定義の意味を理解することができたとしても、そのことでただちに幸福になれるわけではない。地図で目指す場所を把握することができたとしても、実際には足はまだ一歩も前に進んではいないのだ。
*三木清は、成功は「過程」に関わるが、それに対して、幸福には、本来、進歩というものはなく、幸福は「存在」に関わるといっている。何も達成していなくても、何も所有していなくても、成功していなくても、人は幸福になることができるのだ。
*幸福は偶然にも左右されない。外的なことや偶然的なことに依存するのは幸運である。
*特別でなくても幸福であればいいではないか。
*私は自分に価値があると思う時にだけ、勇気を持てる。
*理解できない他者、コントロールできない他者がいることを知ることが、自己中心性から脱却するためには必要である。

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2017/03/21

ラビング 愛という名前のふたり

769 いい映画だなぁ。夫役(ジョエル・エドガートン)、妻役(ルース・ネッガ)、両方ともよかった。ゆったりとした描き方もいい。
 白人男性リチャード・ラビングと黒人女性ミルドレッドは、1950年代のアメリカのある州では結婚は許されていなかった。(今から考えると、とてもおかしなことである。)
 その法律、社会の壁をこの夫婦が変えていく。変えることができるのだ。これは素晴らしいことである。
 妻の方の強い意志、これは称賛に値する。それとともに、夫の方の愛も私には印象に残った。素朴に、妻を守る、子どもを守る、家を守る……家族の幸せを強く願っている。
 変革には批判、中傷は付き物である。それを乗り越え、裁判を続けられていたのは夫婦の愛・絆である。それはとても静かであり、力強い。

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2017/03/20

体の見方(14歳からの哲学)

Images147 著者の池田晶子さん(写真)が亡くなって10年が経つ。
 『14歳からの哲学』の中の「体の見方」のところを読む。
 体はこの世において、自然(神)から自分(私)に与えられた車のようなもの? 私の所有物ではない? 運転手は私なのか、私の心なのか?
 私の中に小人がいて、私を動かしている? 小人とは私の心のことか? 小人を動かしているのは何だ? それとも私を包む、さらに大きな自分がいるのか? 大きな自然(神)が私を動かしている? すると全てが決められてしまっているのか?

 不死なるものはあるのか? それは心なのか? 魂とか霊とか言われるものか? 精神と言われるものか? 「それ」としか言いようのないものか?
 大体が不死なるものを想定する必要はあるのか? 未来や永遠を想定したがっているだけではないか? 今を生きる、幸福になる、幸福であればいいのではないか? 幸福になるために未来を想定する? ……人間らしいところだ。

 形而上学の話だ。この話をしたがる。しかし、解けない。人間の限界だ。「語りえぬものは沈黙しなければならない」……しかし、話はしたがるし、話は続く。

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2017/03/19

働く意味って何だろう?

8_2 第47回人生カフェは、夜の2時間、事前申し込みなしで実施した。この形での実施は2回目である。
 平成29年3月17日(金)午後7時からスタートしたが、男性5名、女性4名、合計9名の人が集まってくれた。
 最初に何人かの人から「問い」を出してもらった。各人の興味・関心のありどころも分かって、面白い時間帯である。
①なぜテレビドラマは刑事もの、弁護士もの、病院ものが多いのか?
②なぜテレビドラマは勧善懲悪を好むのか?
③なぜテレビドラマはサクセスストーリーを好むのか?
④自己顕示欲は悪いことか?
⑤日本は宗教的寛容があるのに、同調圧力が強いのはなぜか?
⑥働く意味って何だろう?
⑦人生の生きがいとは?
⑧いいコミュニケーションって何だろう?
⑨言いっぱなし、聞きっぱなしのコミュニケーションって何だろう?
⑩なぜ人はウソをつくのか?

 今回は以上の中から、「働く意味って何だろう?」を後半の対話のテーマに選んだ。
 働くことの基底には、働くことから得る収入ということがある。経済的な自立をするためのお金のことである。このことを改めて認識しておくことから対話は展開していった。
 働くことによって、収入以外に本人にとってよいこととしては、例えば、能力が高まる、人間的な成長を得られる、新しい経験をできる、やりがいや生きがいを持てるなどがある。また、社会の一員として、社会への貢献をしているという面もある。
 一方で、やりがいを持てないといったことも起きる。仕事が忙しすぎたり、ルーティンワークばかりの仕事だったり、自分の能力よりはるかに低い仕事しか与えられなかったりとか、現実には生きがいに繋がらない仕事をせざるを得ない状況に追い込まれている場合も多い。厳しい現実がある。
 仕事にやりがいを持つことは理想である。しかし、仕事にやりがいを持てないからといって、その人の全人格が否定されるわけではない。仕事以外に生きがいを持っても、それはそれでOKである。周囲もそれを認める必要もある。

 最後に、一人一人、気づいたことや新たな問いや感想などを述べてもらった。
 その中で、「人や会社は変わらない。自分が変わることが出発点」という発言もあった。

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2017/03/16

幸せになる勇気(再読)

9 再読して、印象に残ったところがいくつかあるので、抜き書きしておく。
*これはあなたに向けられた行動なのですから、まずはあなたが受け止めなければなりません。
*まずは目の前の人に、信頼を寄せる。目の前の人と、仲間になる。
*われわれは他者を愛することによってのみ、自己中心性から解放されます。他者を愛することによってのみ、自立を成しえます。そして他者を愛することによってのみ、共同体感覚にたどりつくのです。
*すべての出会いとすべての対人関係において、ただひたすら「最良の別れ」に向けた不断の努力を傾ける。……いま、ここを真剣に生きる。

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2017/03/15

64 前編 後編

766 佐藤浩市、渾身の演技! 彼の代表作になるだろう。ノッテいる感じである。前編において、日本アカデミー賞最優秀男優賞を受賞した。脇役陣もいい。
 組織のしがらみ、警察組織のいやらしさを存分に描いている。家族の葛藤も描いている。一方で、人間の暖かさも描いているのだから、全体として人間を描いていることになる。
 小説を以前に読んでいたが、忘れていることも多かった。それだけに映画の前編の迫力は身に染みた。
 後編は原作から離れていくほどに、少々白けた。

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2017/03/14

春琴抄

765 名作であることを大いに認める。谷崎潤一郎はすごい!
 現代からの私の少々特異な評価を書く。
 現代では、自立していること、そして自立したもの同士が関係を持つことをよしとする傾向がある。しかし、お互いに依存し合っていて、二人が揃ってこそ自立しているという関係があってもいいではないか。それをこの小説は示している。
 また、現代は見た目を重視し過ぎている。視覚が9割以上の社会である。これへのアンチにこの小説はなっている。目には見えないもの、あるいは「音」というものにこれだけの美しさを見出している。

 とにかく、愛の追求の形にしろ、美の追求の形にしろ、『春琴抄』の世界は現代の我々に、忘れているものを鋭く蘇らせる力を持っている。

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2017/03/13

伝えるとは何か

Png5 第46回人生カフェは平成29年3月11日(土)、11名(男性5名、女性6名)の参加によって実施された。
 今回は岩崎博明さんが進行役(ファシリテーター)だった。机を使わず、全員が椅子に輪になって座り、コミュニティボールを使いながら対話をした。今回は途中2回の休憩を挟みながら、最初から最後まで、このスタイルで実施した。
 テーマは「伝えるとは何か」であった。
 伝えるということは、「伝承」や「教える」といった意味合いなども含むものであるが、今回は主に日常的な人間関係の中で生じる会話とか対話とかいったレベルの話がなされた。
 伝えるというのは相手がいることである。相手が聞き、受け入れなければ、伝わったことにならない。
 相手が望まないことを一方的に伝えようとしていないか?伝えようとしていることが相手に対して暴力的になっていないか?このような疑問から対話はスタートした。
 伝えるということも、聞くや質問するといったこととともに、コミュニケーションを形成している。そのコミュニケーションがよくなされている場合には、そこに「共感」というものがありそうである。この共感というキーワードをめぐっても対話は展開した。
 伝えるということは、単に話し方のスキル(技術)を上げればうまくできるというものではない。伝えあうためには、お互いに聞きたいこと、話したいことの内容や気持ちをすり合わせていく努力も必要である。

 このようなことを自分の体験を交えて対話していくと、あっという間に3時間半が過ぎた。フリップに書くというような作業も行わずに、シンプルにただじっくりと対話をしたという感じであった。各人が新たに生じてきた問いを抱えつつ、会を終えた。

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2017/03/09

ソラノイロ 一幻 一瑞亭

C5ab78a0b6e6403f92c19f65e38c9920Img_0252Img_0253 人に勧められたりと、思いつくまま食べ歩いた感じである。
左写真:麹町「ソラノイロ」特製ベジソバ 2月15日 ベジタブルソバとして、さきがけであり、これはおいしい。野菜たっぷりで、健康にも良さそう。柚子胡椒を少しずつ入れて味に締りを与えていくこともできる。
中写真:新宿・小滝橋通り「えびそば 一幻 新宿店」そのまま 塩 細麺 3月2日 スープが実においしい。エビアレルギーでなければ、スープを全部飲み干したいところだった。
右写真:新宿御苑「博多 一瑞亭」味玉ラーメン 3月4日 とんこつスープはおいしかった。

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2017/03/08

哲学性とか、哲学対話ってなに?

Images030ayno5 3月5日(日)に第8回東京メタ哲学カフェが開催された。8名の参加を得て、上記のタイトルのようなテーマで対話が行われた。

 問い(テーマ)が出発点である。その問いの答えを見つけようとする。そのために理性を使って論理的に探究する。答えは本質的なもの(本当のもの、そもそもなもの、究極的なもの)と言われているようなものを目指す。このあたりが哲学的である。

 この際に、感情はどういう関係にあるか?上記のことに、知りたいという感情が駆動力になっているということは言えそうである。

 このような哲学的なことを対話で行うのが哲学対話である。哲学的だから理性(論理)が主導するのだが、対話だからお互いの感情も交錯する。理性も感性も応答し合う。そこが哲学対話の面白いところである。

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2017/03/06

欲望

Desire 「欲求」とは、欠けたものを埋める、動物的、本能的なことを指すイメージである。
 それに対して「欲望」は、欠けたものを埋めるだけでなく、さらなる向上も含むものであり、言語や他人が強く影響する人間的なもののイメージである。
 欲望に対して、「理性」とは何か。理性は、数ある欲望の調整や調節といった役割を持っている。それは欲望を減らすとか、無くすとかといったものではない。
 「感情」は感情で、自らの欲望にそれなりに反応しているように思われる。

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2017/03/03

ラ・ラ・ランド

764 恋する女性はかわいい、美しい!
 ラストはちょっとかわいそう。男の方が…。いや女の方もである。
 これを運命と言えるのか? 


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2017/03/02

人工知能を愛せるか?

763 西千葉哲学カフェに初参加である。戸谷さんの進行のもとに15名くらい集まっていた。
 今回のテーマ(問い)に対しては、人工知能を愛する人もいれば、そうでない人もいる、というくらいが概ねの答えのような雰囲気であった。人形を愛する人もいれば、そうでない人もいるのと同様な感じである。大体が人は他人を愛する場合もあれば、そうでない場合もあることは自然なことである。

 愛するということから若干離れてしまうのだが、人工知能をめぐっての話が多く出た。
 私が思うに、人間が思考できる範囲での人工知能ならほとんど問題はないだろう。しかし、人間の思考を超えてしまう、いわゆる形而上学的なことについてはどうだろう。
 人間は、死、魂、神、無限などの形而上学的なことが否が応でも問題になってしまうが、その問題はこの世の原理上解けない。それに対して、人工知能は形而上学的な問題を解けるか解けないかは別にして、問題にしない可能性がある。
 形而上学的な問題を問題としないで、それ以外のところでは人間よりはるかに勝る知能を持つ、そのような人工知能が生まれるということがたいへんなことである。

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2017/03/01

幸せになる勇気

9 第45回人生カフェは平成29年2月25日(土)、11名(男性2名、女性9名)の参加によって実施された。
 今回は、『幸せになる勇気』~自己啓発の源流「アドラー」の教えⅡ~(岸見一郎・古賀史健著 ダイヤモンド社)の読書会のような形式で実施した。
 最初に、参加者各人がこの本の中で気に入った個所(共感した個所)を挙げてもらった。キーワードを紙に書いてもらった。( )内は書いてあるところの本のページ数である。
「人間知」(37)
「尊敬とはありのままにその人を見ること」(40)
「どのような意味を与えるか」(61)
「悪いあの人、かわいそうなわたし」(69)
「共同体感覚は「身につける」ものではなく、己の内から「掘り起こす」もの」(148)
「「わたし」の価値を自らが決定すること。これを「自立」と呼びます」(152)
「わかり合えない存在だからこそ信じるしかない」(211)
「何もないところから築き上げるからこそ、愛のタスクは困難」(227)
「運命の人を求めるのではなく、運命といえるだけの関係を築き上げる」(267)
「幸せになりたかったのです」(269)
「最良の別れ」(277)
「いま、ここを真剣に生きる」(278)
……(他にもいくつかありました。)

 以上について、いくつか対話を展開した後、次に、この本について気になったこと(疑問に思ったこと)を挙げてもらった。
「どうしてほめてはいけないのか?」
「叱責はダメ」
「普通であることの勇気」
「「勇気」ということば」
「利己心を追求した先に「他者貢献」があるのです」
「最良の別れ」
……その他、「青年の立場」になって疑問を発し続けることや、この本を読んでいない人に接する場合の困難さなどが出ました。

 以上を踏まえて、フリーに対話をしたのだが、そのうちいくつかを紹介する。
 「ほめる」ことが禁止されているのが引っかかる。アドラーが言わんとしているのは、上下関係の上から目線で、競争意識をあおるようなほめ方はよくないということらしい。対等の仲間意識を大切にするという姿勢である。だから、例えば仲間同士で、励まし合うような「ほめる」はよさそうな気がする。
 幸せになることと「楽になること」との関係について。単に、楽に、楽にということでは幸せとは言えないかもしれない。それなりの苦労(苦味)が幸せを豊かにする。でも、楽にではなく、楽しいということなら、これはそれほど悪くないかもしれない。
 やはり多くが語られたのは、この本が説くところのアドラーの考え方の実行性である。この理論に一定程度共感していても、実際に行動することは難しいことが多い。この本でも、シンプルに継続して実行することはたいへんであると述べている。

 最後に、一人ずつ、フリップに書いて発表してもらった。
「愛⇒自分を好きになれば人も好きになれる。今日参加してくれた方々に感謝し、尊敬します。いま、ここ、幸せかなあ?」
「人は誰でもいまこの瞬間から幸せになることができる」
「本を読んで、いろいろなことが分かったような気がしたが、やはり分からなくなった。(愛するとは、どういうことか?)」
「わかったような、わからないような、モヤモヤ…感。実践は困難…」
「アドラー心理学ほど…(8P) とあるように難しく自分自身には理想かな?と思った。また、最良の別れ、死については、もっと話したいと思った」
「理論⇔実践 往復運動・らせん運動 それが自己啓発」
「アドラーに感銘を受けた理由が、私が「自己啓発」好きだからだと、今日分かった!」
「アドラーは私に勇気を与えてくれた」
「『嫌われる勇気』『幸せになる勇気』大好き」
「しっかり本を読んできた人どうしのこの会を通じて、それぞれのとらえ方は本当に違うなーと再認識しました」
「不思議な集まりだった。 (頭の中の対話)→人との交流へ。 楽しかったです」

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