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2017/02/09

哲学カフェにおける対話と哲学性

Imagesri7y2fo8 第7回東京メタ哲学カフェは2月5日に開催され、14名の参加者がいた。進行役は芹澤幸雄さん(さろん哲学)であり、2007年の武田朋士さんの論文「哲学カフェにおける対話と哲学性」を基にして、対話をした。

 哲学カフェの運営者としては、どうしても哲学カフェの集客性や継続性といったことが気になってしまう。しかし、哲学カフェには一回限り、その場だけという刹那性という面があることを見逃してはならない。

 哲学カフェでは、その場所と他者の力を借りることになる。自分一人でよりも、「容易に」「別様に」「明確に」内省を促される。ここに哲学カフェの意義がある。

 最後に出された問いが気になる。
「どういう哲学カフェがダメか? その枠って何だろう?」
「哲学カフェの失敗って何だろう?」
「哲学カフェに哲学性って要るのか?」

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