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2017/01/20

置かれた場所で咲きなさい(再読)

Yjimage ノートルダム清心学園理事長だった渡辺和子さん(写真)が昨年の12月30日、89歳で亡くなった。
 渡辺さんが当時9歳だった時、2.26事件でお父様を目の前で亡くされた。その後、素晴らしいお母さまに育てられた。これだけでもものすごいことであり、涙が出る。
 ご冥福をお祈りしたい。
 今回、この本を再読して、病気や老いのところの記述が特に気になった。それだけ私が年取ってきたということだろう。印象に残ったところを抜き出しておきたい。
*かくて病気という人生の穴は、それまで見ることができなかった多くのものを、見せてくれました。それは、その時まで気付かなかった他人の優しさであり、自分の傲慢さでした。私は、この病によって、以前より優しくなりました。
*感謝の念と謙虚さが、もしかすると「輝き」となっているのかもしれません。
*私から歳を奪わないでください。なぜなら、歳は私の財産なのですから。
*一生の終わりに残るものは、我々が集めたものでなく、我々が与えたものだ。
*老いるということにおいて、一番大切な仕事は、ふがいなくなった自分を受け入れて、いつくしむということ。
*持ち時間も体力も、気力さえも確実に減ったとすれば、いきおい何もかもでなく、本当に大切なこと、必要なことを選んでするようになります。かくて、老いは人間をより個性的にするチャンスなのです。
*「小さいな死」とは、自分のわがままを抑えて、他人の喜びとなる生き方をすること、面倒なことを面倒くさがらず笑顔で行うこと、仕返しや口答えを我慢することなど、自己中心的な自分との絶え間ない戦いにおいて実現できるものなのです。

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