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2016/10/10

同情するのは悪いことか?

Images139 第35回人生カフェは平成28年10月8日(土)、12名(男性4名、女性8名)の参加によって実施された。
 今回のテーマは「同情するのは悪いことか?」である。
 自らが関心のあるところの、サブテーマに当たる問いを参加者からいくつか挙げてもらった。(自分が疑問に思っていることを素直に何でも出してもらう。問いの形(最後に「?」が付く文)にする。各人の問いに優劣はない。)
「同情より共感の方がよいのか?違いはある?」「「同情」と「愛情」は違うのか?それとも同じなのか?」「同情は心配と似ていないか?」「「同情」と「憐れみ」は同じか?」
「同情する側の心理はどういうものか?」「同情とは上から目線なのか?」「同情などの感情は自然に出るもので、無理に止めることはできないのでは?」
「「かわいそうに……」と思うことと発言することは違うのか?」「『同情』することにSTOPはかけられないが、その先にある言動に表わすことや、その程度によっては同情は必ずしも良いこととは言えない場合もあるのでは?」「寄付やボランティアは同情なしでできるのか?」
「同情された時に気持ちの違いがあるのはなぜか?」「同情されるのは良いときもあり、悪いときもあるのでは?」
「「情けは人のためならず」は本当か?」
「死刑囚を同情してはいけないのか?」「ベッキーに同情すべきか?」

 同情することは鼻から悪いことだと思っている人たちもいる。果たして本当にそうだろうか?そもそものところを問うていくのが哲学カフェである。
 「同情すること」と「同情されること」は一応区別できるし、上に挙げられた問いも両者の違いを意識している。今回の対話の展開の中でも、両者を区別しながら、そして両者の関係を考えることなども行った。

 最後に、各参加者からコメントをもらった。
「(私の中にある)同情されたい・同情したい この気持ちももう一度見つめたい。」
「同情はやはり深かった。よい感じを知ったのがよかった。」
「同情するのは悪いことか?同情されるのは良いとき⇒おもいやり 悪いとき⇒あわれみ 自分で感じたこと!!」
「自然にわきおこってきた感情としての「同情」は自分の中で見つめて静かに考える、心の余裕をもちたい。(感想)」
「「同情されたい」…人とつながっていたいという気持ちがあるのかもしれない。」
「中身の伴わない(心がない)押しつけの同情を人は嫌う。そして、それを不思議と人は見抜いてしまう。(人は言葉にはだまされない)」
「諄(くど)くない同情を心掛けたい。 「友人がいない」という発言は誰かに同情を求めているのか?」
「大切なことは相手の立場に立った、相手の気持ちに沿った言動だと実感しました。」
「誰でも自分で問題を解決する力を持っている。自分を信じることが相手を信じることにつながる。」
「2つの視点からとらえる。 [自分]同情は自然発生的である。良いも悪いもない。どの様に発信するのが問われる。 [相手]同情を受けた時の感情は、一定の基準に基づいて良い悪いと判断しているものではない。 齟齬が発生するのが前提と考える。」
「同情 ~ ◎自分と相手を比べて優位に立つ⇒同情することで気持ちよくなる⇒メサイア・コンプレックス、感動ポルノ(キケン) ◎相手の立場に立って気持ちに寄りそう⇒(ギモン点)相手のことは本当にはわからないのに、寄りそいすぎるのは自己満足になる場合も⇒まき込まれる(キケン)」
「1「同情」には良いものと悪いものがある。人間関係が重要である。受け取り手の気持ちが大切(世界・日常を知る) 2「同情」する気持ちを人間関係の形成につなげるにはどうすれば良い?  3「同情」するにもさまざまな感情がある。これから「今のは同情?」と考えるようにしたい。相手の反応をみる。」

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