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2016/03/16

私と他人 ①

Imageseczo6rok_4 第21回人生カフェは3月12日(土)、9名(男性6名、女性3名)の参加によって実施された。今回のテーマは「私と他人とは何か」である。
「起」~簡単な自己紹介に続いて、今回のメインテーマを確認する。
「承」~メインテーマを受けて、各自がサブテーマを述べる。これによって各自の興味・関心のあるところが分かる。
 今回は大きく2つに分かれるテーマが出された。一つは、私と他人がこの世界でどのように成り立っているか。(難しく言えば、この世界の存立構造の探求) そして、このことはどのようにして追究できるか、といったテーマである。もう一つは、私と他人ということを実際の人生上・生活上の人間関係と捉え、そのありかたはどうなのかといった問いである。このように幅広く問いが出てきて、面白かった。
 「私だけが存在しているのではないか?」「独我論 私だけが存在? 相手も同じ? 自分だけ? ロボットは心をもつか?」「私だけがこの『私』として選ばれたように感じるのはなぜか?錯覚か?」「
 「『他人』は私にとって本当に他人なのか?」「『他人』は何のために存在するのか?」「私とあなた?」「自分が生きている証?」
 「世界5分前仮説?私の継続性?」「科学の発展により、どこまで解明されるか?哲学、宗教との関係性はどうなるのか?」
 「他人は私の競争相手か、仲間か?」「私と他人とはときには友人?親友?仲間?」「私にとって他人は、捨てる神?拾う神?」
 「他人の問題をどれだけ自分の事として考えられるか?」「他人の何を知りたいのか?」
 この後、フリーに対話する中で、私と他人との区別を強く意識する人とそうでない人とに分かれた感がある。前者は私を「特別な」存在と意識しがちであり、後者はそれほどではないという違いがある。
「転」~抽象的な話に終始せず、自らの具体的な体験事例を加味していく。これが人生カフェの特徴である。
 事例のタイトルだけを掲げておく。
 「人の不機嫌に巻き込まれること」「私にとって人は感謝できる人」「他人をその時々で使い分ける」「生後6か月の孫に対して、他人とは思えない。感覚として分身だと思える」
 「映画や小説で他人の人生を疑似体験するのが楽しい」「真実は常識ではない。UFO、不思議体験 なぜ→どのように 独今論」「我と汝 我とそれ 根源語」
 私と他人の間に「分身」という感覚が存在するというのも、面白いと思った。これを女性特有の感覚と言ってしまわない方がいいような気がした。

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