« グループ対話について ⑤ | トップページ | アニー »

2015/08/03

グループ対話について ⑥

Images2gg9dn2l グループ対話の「限界」についての話である。
 いくつかの観点で述べることは可能だが、今回は2点だけ挙げておく。
 グループ対話は外部からある程度距離を置いた、精神的にも安全な場で行うのがいいと思う。参加者が自由に発言できるという感覚を持つことが大切である。
 このことからして、学校の先生が研修などを受けて、担任の先生がクラスで哲学カフェを行うということはいかがなものかと思う。そのような環境では、子どもたちはそれほど自由になれないだろう。
 だから、学校での哲学カフェの場合は、外部からファシリテーターを呼んできて、担任の先生や校長先生などもいない方がいいと私は考える。
 もう一つは、グループ対話は、いま・ここでの話を重視する。だから各参加者のこれまでの体験に左右される。このように囲まれた安全な世界を作ることはとても意義のあることだが、抜けるものが当然ある。人類の歴史、蓄積、成果といったものが反映されないこともある。
 学びという観点からすれば、系統的な学習が抜けることもあるし、時間をかけて丹念に調べるという学習が抜けることもある。これがグループ対話の限界であり、このあたりを自覚して、グループ対話の良さを発揮していけばいいのである。

|

« グループ対話について ⑤ | トップページ | アニー »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: グループ対話について ⑥:

« グループ対話について ⑤ | トップページ | アニー »