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2015/05/27

Imagesjxmk3wgt 「嘘」について話し合う中で、いくつかのことを考えた。
 まずは、自分がつく嘘についての対処法である。(処世術のようなものである。)
 できるだけ嘘をつきたくない、正直でありたい、当たり前の願望である。しかし、相手のことを思っての嘘はあり得ると思う。だからといって、それでいいというものではない。嘘をついた結果には責任を持たなくてはならない。嘘によって悪い方向にいくようであったら、謝ったり、修正しなくてはならない。
 人から嘘をつかれると、辛いものである。相手との関係によって、対処の仕方は異なると思うが、上に述べた自分がつく嘘の逆側から考えていくのが一つの方法だと思う。
 相手が嘘をついているという自覚がない場合もある。
 相手も嘘をつきたくないという基本的な感覚があることを信じる。
 相手の嘘の動機を探る。私のことを思っていてくれたのかもしれない。
 いずれにせよ、相手の嘘によって、結果的に私の方が傷つくようなことがあったのなら、それは相手を責めるというのではなくて、相手に素直に伝えていいことである。

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