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2014/09/14

哲学は誰にでもできるのか

324 この問いは、哲学とは何かを問う問いに繋がるのであり、哲学をある程度定義できなければ答えられない。
 私の取りあえずの定義は、「哲学とは、それそのものについて、言葉による問いと答えの連なりである。」としている。「それそのもの」などといった言い回しにしているのは、本質とか根源とかいうと猛烈に反発してくる人たちがいるのを避けるためであり、ここでは基礎とか枠組みといった意味に近いと思っていただければいい。
 それで、哲学は、できるできないといった能力によるものではなくて、するかしないかの意志によるものだと私は考える。あるいは、上に定義した哲学をせざるを得なくなるような欲望によるものである。

 次に、哲学を一人ではなく、哲学カフェのように、何人かのグループで行う意味は何なのだろうか。それは一人で考えていると、行き詰り、鬱屈するからだと思う。多面的に、開放的に考えるための手立てである。
 哲学カフェのような場では、政治や宗教のグループとは異なって、一つの主張に凝り固まっているのでは成り立たない。異なった意見を自由に言えるのが特徴である。その異質さを感じられるのが楽しい。
 
 哲学カフェには、例えば、人生上の不安や悩みを抱えている人たちが参加する。哲学カフェはグループカウンセリングの場ではないが、彼らは哲学に何かしらの期待をして参加する。そこには哲学をする原初の動機や欲望が存在する。
 それが、哲学カフェが、職業としての哲学の学者・研究者のグループとは異なるところである。学者・研究者グループとは異なる言語空間(言葉によるひとつの世界)を作り上げる可能性があるものである。

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