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2014/05/30

わからないことはよくないことか

Img4 一般的にわかることがよいとされていること。学校での教科の学習、会社での職務内容の習得などである。
 ただし、その外側に、わからないという世界が無限に広がっている。
 他人のこと、社会のこと、自然のこと、宇宙のこと……これらは絶えず変化もしているので、わかることは困難である。神、死後、存在そのもの……これらは永遠にわからないのではないかと思う。
 そのわからないところに、わからないからこそ、豊かなものがありそうである。

 用語の問題だが、私は「わかる」という日本語は、「理解する」というぐらいに捉えてきた。さらに言えば、使えるようになる、役に立つようにできる、といった意味合いである。
 しかし、日本語の「わかる」には、「共感する」という意味合いを込める場合も多々あることがわかってきた。人との関係において気持ちがわかるといった場合や、絵画・音楽などの芸術分野に関して、わかるという言葉を使う場合などが挙げられる。

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