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2014/04/24

いま、考えたいと思うテーマがない

252 表題のような奇妙なテーマの哲学カフェに参加し、話し合った。
 額面通りに取れば、テーマがない、すなわち問いがない、というのは寂しいことである。
 子どもが持っている「驚き」や、若者が持っている「生きることを善いものにしたい」という欲求が薄れているようにも取れる。変化・成長よりも、安定・完結を求める「老い」の兆候のようにも見える。
 私としては、「問い」はまだまだあるし、自分の興味・関心に沿って考えることは好きであり、これからも考え続けていくであろう。
 まあ、この表題はあえて喚起的な意味合いを込めたものであろう。

 若い人たちは哲学的なテーマを論理的・分析的に追求できるように思う。
 それに対して、私はどうしても経験や情がそこに入っていってしまう。哲学の分野に心理学や欲望論を輸入しがちである。この私の傾向は自覚しておきたい。

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