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2013/07/24

公正について

122 ある哲学カフェで、「公正」について、話し合った。
 公正とは、私なりの簡単な定義をすると、公共的正義のことである。
 従来、日本では、正義というと、個人的・主観的な面が強く、道徳的な善に近いイメージであった。
 サンデルの「白熱教室」の影響もあると思うが、公共的な正義を語ることができるようになってきたのはいいことである。
 人は基本的に個人であり、自己保存的に、もっと言えば、利己的に行動することが多い。しかし、他の人たちのことも考慮して、公平や平等といったことも考えることができる。この公共性の意識も有している、そのことが今回の哲学カフェに参加している若い人たちから感じられたのには感動した。
 平等や格差の話になると、結果の平等か、機会の平等かの話になり、大体が機会の平等の方を重視することになっていくが、そこにも難しい問題がある。
 機会を獲得できる能力・資質などが平等かという問題である。既定の条件として、例えば、所属している家族の所得格差や教育格差などが歴然と存在しているからである。
 その格差を埋めるために、どの程度社会的に分配をしていくかは、個々の分野において細かい議論が必要であり、合意もかなり難しいところである。

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