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2013/06/22

倖せのとらえ方①

102_2 70歳の著者、若嶋眞吾さんの、哲学に関する覚書のような本である。(東京図書出版)
 私にとっては等身大の人生論・幸福論のようなものである。
*運命の悪いところがあるならば、それはあなたの責任ではない。その遺伝、宿命がこの世では合わないので、悪く出ているのである。……しかし、現代に生きるあなたはその結果から逃れられない。
*遺伝というものは不公平なもので、世俗的評価は無責任なものである。しかし、遺伝は本人の責任ではないが、その遺伝を背負って人生を歩むしかない。
*死については責任を取らねばならないようである。覚悟した生き方を実践することが、責任の取り方の一つであろう。
*老境に入ると、人生観のようなものが生まれてきているのに気づくものであるが、それは、人生の最中にあって、真摯に日々営みながら折に触れて思索する、それが熟成されて生成してきたものといえる。
*自分にできることは「当たり前」であり、できないことは「当たり前」ではない、というのは手前勝手な自己中心的な価値判断である。

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