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2010/08/20

キャタピラー

20100223005fl00005viewrsz150x 演出は荒く、繰り返しが多く、実写を多用しすぎているところがある。
 それが、逆に、若松孝二監督の反戦への思いが生々しく伝わってくるとも言える。
 寺島しのぶも大西信満も評判どおりの迫真の動きであり、ものすごくストレートに感じられる。
 確かに、この映画は反戦映画になっており、私は優れた作品だと思う。
 戦争は当然、夫婦間の関係だけでは解消できない。2人の間の愛憎関係だけでは乗り切ることができない。それだけ酷いものだ。戦争が終われば軍神は生きていけない。
 それにしても、夫婦2人の密室の中での愛憎関係にはすさまじいものがある。さすが、若松監督の性描写は執拗だ。食べる、寝る、そしてこのセックスだけを繰り返し追っていく。
 戦争の状況に流され、順応している村の人々たち。これらの人々の行動を今から見ると、不思議でもあり、滑稽でもある。まさに戦争に流されざるをえなかったということである。
 現在から見ると、戦争に対する態度は、変人のクマさんが最も正しく見える。このことが逆に恐ろしいことである。

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