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2010/08/15

自由と幸福

100807_074539 近代以降、人は身分等の制限から自由になった。
 職業、結婚、居住等の選択の自由を得た。それまでの足枷や制限からすれば、格段の自由の拡大である。自らの人生の選択を自分で決め、自分で責任を負うという社会になったのである。
 しかし、この自由のもとに自らの幸福を追求していくということにはかなりの困難が伴う。
 どう選択をしていけばいいのか、サルトルやフロムが言うように、自由ゆえに自己決定の重荷が常に課せられている。一方で、この資本主義社会の中では、持っているお金の量で選択の幅がかなり異なる、すなわち格差がある。
 それゆえに、現代の我々は幸福追求の方法として、持てるお金の範囲で「消費」に走り、消費で紛らす傾向がある。商品の購入、旅行、趣味など、記号の消費が自由な資本主義社会における幸福追求のように思えてくる。
 私は消費そのものを悪いとか、低くは見ていない。自分の欲望の素直な表現なら、それが人生というものだろう。人生を味わい、楽しむための消費だからである。
 ここまで考えてくると、自由ということだけでなく、欲求・欲望と幸福の関係が気になってくる。アリストテレスの後、ヘレニズム時代において、ストア派と対比されることが多いエピクロスが気になってくる。このあたりを読んでみたくなってきた。

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