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2010/05/16

非対称な私と世界

100315_161843 世界がなければ私はない。私がなければ世界はない。世界=私のようにも思える。
 それはその通りなのだが、私が全て世界に拡散してしまうのはいかがなものかとも思う。私にとって、「私」は特別な存在だからである。
 私の意識はこの私の肉体に縛られている。私の顔に付いている目から外の世界を見ている。私が外界を見る時は、この私の手や足も見えている。この覚醒時の縛りや制約が、私の独自性を教えてくれる。
 (この点、夢では意識が私の肉体から離れている。別の人や別の動物、さらに石や金槌などの視点から世界を見ていることがある。)
 特別な存在である私だから、私の主観的世界は特別な意義がある。私の満足や幸福感は特別な意味がある。世界や世間での成功ということとは比べられない価値がある。この主観を評価し、味わうのは世界でただ一人私しかいない。大いに私を味わうことである。
 このことは他者を軽視することではない。他者が存在しなければ私も存在しないことは事実である。独我論に陥ったら苦しくなる。
 ただ、私という存在は客観的に見える世界とは非対称だということである。かけがえのない存在である。

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