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2010/04/30

自由と真善美

100315_161718 「自由」とは、西欧においては古代から重要な概念だと思う。
 それが近代になって、飛躍的に多くの人に、実際面においても拡大した。これは人類が獲得してきた大いなる財産である。
 責任を伴う自己選択の自由というものを享受できるのは近代人の特権である。だから私は近代以降の自由は基本的に尊重するし、好きである。
 しかしながら、近代以降の自由は主としてお金、すなわち経済活動の自由に顕著に表現された。(お金が大事なのは言うまでもない。)
 資本主義と結びついたのだ。その結果、経済的格差や自己責任論が蔓延した。決して近代の当初に望んでいた事態ではない。
 だから、古代から尊重されてきたはずの真善美の価値が、近代ではお金に負けて弱くなっているのではないか。真は例えば学問や研究の分野、善は例えば倫理や哲学の分野、美は例えば芸術の分野となるのだが、どの分野も現在はお金の前では弱い力になっている感がある。
 真善美とは経済的自由からではなく、まさに精神的自由からの現われなのだ。近代の偉大な哲学者たち、デカルト、カント、ヘーゲル等も精神的な自由の拡大を望んだはずである。真善美の価値を実現していく、平たく言えば、もっと「いいもの」を目指していく大いなる精神の自由を尊重していた。
 我々も原点に戻って、もっと精神の自由の拡大を!

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