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2010/04/18

偶有性・偶然性・具体性

100315_161207 まさに、この時代、この日本に、この両親のもとに生まれたことが、私に具体的に与えられた生である。
 生まれた後の生活や進路についても、偶然性や運命といったものがある。たとえ人間の自由意志や自己決定を信じるにしてもである。
 ここに私は生きる上での曖昧さや空しさや不安を感じた。だから私は若い頃、抽象性や永遠性を強く求めた。しかし、この追求も限界を感じ、さらに空しさを感じた。
 しかし、今はたくさんの生活や進路選択という経験を経て、その偶然性や具体性を楽しみつつある。抽象性や法則性だけでは説明しきれない、まさに向こうからやってくる偶然性や具体性が生きる上での楽しみである。
 このあたりがウィトゲンシュタインの生きる上での不安でもあったし、彼の哲学の結果としての生きる力にもなったところだと思っている。
 現在、私は具体性と抽象性のどちらかに片寄るのでなく、この両者の往復運動こそが楽しいという気持ちになってきている。(今日の文章は抽象的になり過ぎているが…。)

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