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2010/01/07

歎異抄の謎

Acc0fb1a4a426d16 五木寛之著「歎異抄の謎」(祥伝社新書)についてである。
 五木寛之さんの「私訳 歎異抄」のお蔭で、私は今回歎異抄を読むことができた。五木さんの自己評価は別にして、私には分かりやすい、いい訳であった。
 改めて、親鸞の教え、浄土真宗は信仰を中心に据えた宗教らしい宗教だと思った。キリスト教に似ている構造もある。神・キリストと阿弥陀仏が同じような位置にあるように思える。神の愛、あるいは仏の慈悲が我々を救うのである。我々の力ではない。そこに絶対他力がある。だから、信心が大きな意味を持つのである。
 親鸞は我々人間の悪をひたすら見つめる。悪とは人間の闇の部分であり、私からすれば、それは人間の宿業(宿命)と言ってもいいものだと思う。また、それは善悪と言うより、人間の弱い部分と言ってもいいと思う。

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