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2006/01/28

ベタな生き方とメタな生き方

05-12-10_08-54 ベタな生き方とは、仕事が認められ、糧に困らず、家族仲良く暮らせれば、幸せになれること。社会内のポジショニングいかんで自足できることである。(宮台真司の言う「内在系」である。)
 メタな生き方とは、仕事が認められ、糧に困らず、家族仲良く暮らせても、そうした自分にどんな意味があるのかに煩悶すること。社会内のポジショニングには自足できないことである。(宮台真司の言う「超越系」である。)
 ここでの誤解がいくつかある。
 まず、メタな生き方の方が偉く、優れているように見える傾向がある。しかし、メタとかベタというのは優劣の話ではない。メタな生き方とは積極的に選んだ生き方というより、そうせざるを得ない人たちの生き方である。哲学、宗教、心理学、社会学等にはまらざるを得ない人たちである。
 だからベタな生き方の人たちは劣っているわけではない。むしろ、生活力があり、幸せな人が多い。しかし、メタな人たちへのコンプレックスもあって、自分の生活力の大きさ(たくましさとずうずうしさ)を背景にして、煩悶しているメタな人たちを攻撃してしまいがちだという問題点がある。
 因みに私はメタな生き方が主流だったが、年を取るにつれてベタな傾向もかなり出てきている。
 東浩紀はベタとメタとの往復運動が大切であると言っているが、これは学問・研究姿勢のことであり、私も同意見だが、こと自分の生き方に関してはなかなか思うようにはいかないものである。

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コメント

こんにちわ(^^
宮台さん好きなんですか?
僕も宮台真司、東浩紀、北田暁大周辺の社会学が大好きです。

投稿: yining | 2006/03/01 午後 03時08分

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