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2005/05/21

自分を意識する

05-05-21_09-32 私が20世紀・昭和の時代に生まれたこと、この日本に生まれたこと、この両親から生まれたこと、これらは私の不思議さの感覚のベースである。
 
 そして、私は21世紀・平成の時代も生きている。私自身の記憶の中にある、一定の了解をしている、かような人生を送ってきたのが自分であることが不思議である。この人生を選んできた、また選ばざるを得なかったのが不思議である。しかし、その人生の歴史が私自身である。

 私は身体を持っている。身体を思うままにコントロールできないことも多いが、基本的には自分の身体をコントロールして、多くの行動を選択してきた。他人の身体は基本的にはコントロールできないし、責任も持てない。だから、私の身体は私自身なのだが、これまた不思議な存在である。というのは、私が身体を「持つ」という表現より、身体以外に私はない、身体=私という感覚も一方で持っているからである。

 特に自分に才能があるわけではないから、社会的価値があるわけではない。しかし、私が感じたこと、考えたこと、行動したことは現に存在したのであり、それが私である。それをこの「みやさみ」で表現している。自分に証しを立て、自分を味わう。うれしく思う。なぜなら、今まで本来の意味の「自己満足」をあまりしてこなかったからである。

 だからといって、ひとり孤独は嫌である。私と似たような感覚・思想等を持った人は、既に亡くなった人も含めているはずであり、それらの人たちと共感したい。また、私と異質な人たちとも交流は持てると思う。

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