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2005/03/01

自我と人の一生

05-02-28_22-25 自我という言葉は一般の心理学でも精神分析その他でも取り上げられ、多様に解釈されている。
 ここでは私は人間の生命としての求心力や統率力(コントロールする力)と考える。
 人間は生まれてから、いわゆる物心がつく頃に自我が芽生える。そして自我が育ち、社会生活ができるようになっていく。自分をコントロールする力がなければ社会生活は円滑には送れない。
 それが老いてきて、衰えボケてくるというのは自我の求心力がなくなってくること、拡散してくること、いわゆるタガがはずれてくるという感じである。高齢者を見ているとそのように思うことがある。
 また、自分自身も年を取るに連れて自我が緩んでいく、遠心力が働いているような感覚を持つ。これがゆるやかに死へ向かっていくということのような気がしている。
 これで死の意味を全て理解したとは思っていないが、ただ生物としての人間の一生とはこんなものだろう。求心力と遠心力、精神分析で言えばリビドーとタナトスのようなもの、二つの力が働いている。そして求心力が強く働く時期から、高齢になると穏やかに遠心力が働く時期に移行していくのである。
 そして、この遠心力は決してネガティヴなものでなく、自然で穏やかなものである。
 写真は「自我の起源~愛とエゴイズムの動物社会学~」真木悠介著(岩波書店)の表紙である。

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