2018/07/17

フジコ・ヘミングの時間

903 フジコ・ヘミングは現在85歳。
 世界を駆け巡っている。あの情熱的な演奏。凄すぎる。
 自分の得意な分野で、自分を生かせるから、それができる? 好きだからできる? 聴いてくれるお客がいるから頑張れる?
 彼女は猫ちゃん、ワンちゃんが大好きだ。家にこだわり、いくつかの国に自分の家を持っている。好き嫌いがはっきりしている。

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2018/07/12

ブリグズビー・ベア

902 映画を作ることは楽しいことだね。どんなにチープなものでも。
 子どもの頃に植えつけられたものは、いいにつけ悪いにつけ大きいものである。
 彼を受け入れた両親、家族は素晴らしい。(少々きれいすぎる気もするが…)。
 これは家族の物語である。


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2018/07/10

焼肉ドラゴン

901 家族の物語である。在日への差別の物語である。
 なぜよりによってこの私がこのような苦しみや悩みを持つのだろうか? 他の人には分かりにくい、共感しにくい。
 末の息子の死は納得がいかない。かわいそうすぎる。
 北朝鮮に渡った人たちはその後どうなったのだろうか。

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2018/07/09

夜と霧

900 ヴィクトール・E・フランクル著、新版は池田香代子訳である。(みすず書房)
 フランクルのいう意味=価値の3つは有名である。
①創造価値(仕事等、ボランティア、作品制作、子育てなども含むだろう)
②体験価値(自然、芸術、愛などを体験すること。旅行、食なども含まれるかも)
③態度価値(変えられない厳しい環境の中でも示せる態度、言葉、表情など。他への思いやり、愛情など)
これらはdoingの価値である。
 
 自分では変えられない、運命のようなものがある。そこに苦悩が生まれる。強制収容所というものでなくても、我々は生まれを変えられない。生い立ちも、もう変えられない。総じて言えば、過去は変えられない。
 また、他の者ではなくて、なぜこの私がこの苦しみを持たなければならないのか?よりによって、なぜこの私がこの悩みを持たなければならないのか?この理不尽さに耐えがたくなることがある。この苦悩が自分に与えられている意味を考えざるを得なくなる。
 このような気持ちの時、運命や苦悩に対する自らの態度が問われる。その態度如何によって、そこに価値が生じる。それが態度価値である。

 beingの価値も考えたい。それは、ただ存在しているだけで価値があるとする「存在価値」である。それは説明できない。論証できない。無条件の価値である。(他との関係性の中で、ケアの活動の中で、浮かび上がってくる価値とも言えるが……)。

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2018/07/05

空飛ぶタイヤ

899 中小企業は弱い立場だ。
 大企業(大組織)の中の一人の社員も辛いねぇ!

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2018/07/02

ワンダー 君は太陽

898 とにかくメチャいい家族だ。
 私には泣き所がいくつもあった。
 お父さんの対応が実にいい。おばあちゃんの存在も大きかった。ワンちゃん(デイジー)が亡くなるところも泣いた。こうやって挙げていくと、結局自分の体験に近いシーンに泣いてしまうことが分かる。
 退学になったジュリアン君とその両親はその後どうなったのだろう? 気になる。

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2018/07/01

植物図鑑 運命の恋、ひろいました

897 有川浩原作である。
 突然の王子様出現に、甘えちゃう女の子の話である。
 最初からこれは危ない出会いなんじゃないか?!
 こういうことに期待する女性って、現在存在するのか?
 高畑充希はかわいかったが……。

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2018/06/25

レディ・バード

896 アメリカの地方(カリフォルニア州サクラメント)の女子高生の青春物語。女優で、今作品の監督・脚本でもあるグレタ・ガーウィグの自伝的要素も入っている。
 行動的な女子だ!自由奔放であり、自分勝手なところもある。他人にイライラし、自分にもイラついている。
 アメリカの男女関係は、日本に比べて早熟だなぁ。危険性もありそうだ。
 母と娘の葛藤が今作品全体を貫くテーマになっている。この葛藤は何処の地にもあることだが、簡単にはほぐれない。
 貧困、経済格差の問題もある。地方と都会(ニューヨークなど)との格差もある。ゲイの話もある。妊娠・中絶のこともある。
 キリスト教の学校である。このキリスト教に反発もするが、安らぎや懐かしさも感じるといったところが面白い。
 これら多彩な青春が94分に凝縮されている。新しい切り口で大いに見せる。
 主役のシアーシャ・ローナンは実にうまい。

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2018/06/20

誰も知らない

895 是枝裕和監督の2004年作品ということで、未見だったので、今回見た。
 「万引き家族」に繋がるものを強く感じた。
 子どもたちだけ4人の生活というのはあまりに過酷だ。
 公的機関とどうして結びつかないのか?公的機関はいったいどうしているのだ?
 こんな風に安易に考えるのは、自分の問題として考えたくないことの現われかもしれない。

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2018/06/18

ゲド戦記 影との戦い

894 ゲド戦記の第1巻に当たる。アーシュラ・K. ル=グウィン作、清水真砂子訳、岩波少年文庫である。
 通り名ではなく、真(まこと)の名、これはいったい何なのだ。
 「魔法」は世界・宇宙にとって、どのような意味があるのだろうか?
 第1巻が、影との戦い、それは自分の内面の戦い、とは地味だが、重要なことである。

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2018/06/16

終わった人

893_2 定年後まだ終わっていないからドラマが生まれた。小説になった、映画になった。
 「卒婚」は、いい問題提起である。

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2018/06/11

マルクス・エンゲルス

892 若き日のマルクスとエンゲルスの情熱は凄まじい。
 新しい時代を創っていった人たちというのはスケールがでかい。
 想像していたより、取っつきやすい描き方の映画だった。

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2018/06/10

万引き家族

891 カンヌでパルムドール賞を取った作品である。
 他のところでは家族になれなかった者同士が集まる…これは家族そのものだ。たわいのない日常の暮らしぶり、くだらない会話、それはとても居心地のいい場所だ。それは犯罪で繋がっているとしても…。
 是枝裕和監督は家族を描くのが超うまい!俳優陣の息もピッタリで、それに応えている。
 5歳の女の子、じゅり(りん)ちゃんはこれからどうなるのか?心配と問いは続く。

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2018/06/08

ファントム・スレッド

890 男女の力関係はやがて逆転する。そこに生まれる倒錯的な男女愛、これは私には理解しにくい。
 男性には弱くなりたい、下降したい、崩れたいという欲望はあるかもしれない。そこに、甘えさせてくれる、助けてくれる女性がいたら、そこに溺れてしまうのは自然かもしれない。
 ダニエル・デイ=ルイスはさすがである。いつか引退の撤回もある??

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2018/06/07

かぐら屋 あの小宮 やしげる

Img_0574Img_0579Img_0582 用事のついでに寄るラーメン店は気楽でいい。
左写真:水道橋「征麺家 かぐら屋」濃熟鶏そば 5月27日 鶏スープはおいしくて完食!少し固めの麺は好きである。チャーシュー、メンマ、ネギなどもいいのだが、特にキャベツがおいしかった。
中写真:都立大学「中華そば あの小宮」味玉中華そば 6月2日 おいしい醤油ラーメンだった。オーソドックスなスタイルに安定感がある。細麺なのがいい。メンマ、チャーシュー、ナルト、ネギなどもオーソドックスな感じがいい。
右写真:経堂「らぁめんや やしげる」焦がし煮干しらぁめん 6月7日 濁った焦がし煮干しスープはおいしい。細麺なのもいい。ホウレン草、玉ねぎがスープによく合って、おいしさを増す。

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2018/06/06

びぎ屋 九六 生粋

Img_0560Img_0561Img_0571 何かしら用事があって行った先々でラーメンを食する。
左写真:学芸大学「びぎ屋」醤油らーめん 5月10日 何度が来ているが、飽きない私の好きなラーメンである。きれいなラーメンでスープと麺とどちらもGOOD ! チャーシューもおいしい。完成形である。
中写真:和泉多摩川「自家製麺つけそば 九六」特製つけそば 5月17日 この地域で定着している評判のいいいお店である。つけ汁、麺、ともに高水準でおいしい。メンマ、お肉類もよくできている。全部乗せの特製だと、玉子、ローストビーフ、ノリも味わえてうれしい。7年前に「俺の空」から独立して、夫婦でがんばっている。
右写真:池袋西口「生粋」上正油そば 5月23日 さんまスープは好きである。食後に残るいい味である。完食! 少し固めの麺との相性もいい。チャーシューは固くてたべがいがある。玉子もおいしかった。

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2018/06/05

成功ではなく、幸福について語ろう ②

889 苦労人の岸見一郎さんの言葉には説得力がある。
*生きていてくれてありがとう。
*今はリハーサルではなく本番なのです。
*人々の期待に全く反して行動する勇気を持たねばならない。
*問題の解決ができない間は幸福になれないと思っている人は多いのですが、そんなことはありません。幸福を先延ばしにする必要はありません。
*機嫌がよいこと、丁寧なこと、親切なこと……幸福は外に現れる
*希望が他の人から与えられる。
*成功を幸福と同一視している人は、自分の価値を何ができるかという生産性の観点からしか見ないことが多いように思いますが、人の価値は生産性で測れない。

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2018/06/04

成功ではなく、幸福について語ろう ①

888 岸見一郎著、幻冬舎発行の本である。
 私は「幸福論」の本には飛びつきやすい。共感するところはいくつかあった。

*幸福とは何かということを問いかける中で、答えの道筋、あるいは、方向性が少しでも明らかになればと思っています。
*幸福は各自においてオリジナルなもので、質的なものです。他方、成功は一般的なもの、量的なものです。
*幸福であるために何かを達成しなくてもいいということです。
*幸福になるために、いわゆる挫折体験は絶対に必要です。生きていく上で感じる苦しみや挫折感は、鳥が空を飛ぶために必要な空気抵抗のようなものです。
*自分に価値があると思える時にだけ、勇気を持てる。
*自分が他の人にどう思われるか、どう評価されるかということとは関係なしに、自分で自分に価値があると思えるということ。
*自分が他の人に何かできることがないかと考え、実際に身をもって他の人に何かできることをしていけば、貢献感を持つことができる。

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2018/06/03

はじめての哲学的思考 ②

887 苫野一徳さん(写真)には、今後も期待したい若手研究者である。
 この本で、「本質観取」について、具体的に説明してもらっている。

*本質観取で取り上げる概念の種類
①感情~恋、嫉妬、不安、なつかしさ…
②ことがら~芸術、教育、政治…
③価値~道徳、正義、美、自由…
*その概念についての経験がほとんどなければ、僕たちはその本質観取をすることも当然難しい。
*本質観取の手順
①体験(わたしの「確信」)に即して考える
②問題意識を出し合う
③事例を出し合う
④事例を分類し名前をつける(キーワードを見つける)
⑤すべての事例の共通性を考える
⑥最初の問題意識や疑問点に答える
*4つの観点
①本質定義
②類似概念とのちがい
③本質特徴
④発生的本質

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2018/06/02

はじめての哲学的思考 ①

886 苫野一徳著、ちくまプリマー新書である。
 竹田青嗣、西研さんらの流れをくむ苫野一徳さんによる哲学的思考の奥義にはかなり共感する。私が実践する哲学対話に通ずるもの大である。

*帰謬法の主な技~「人それぞれ考えはちがう」「時と場合によってちがう」「人間以外にはそうは見えない」
*超ディベート(共通了解志向型対話)の方法
①対立する意見の底にある、それぞれの「欲望・関心」を自覚的にさかのぼり明らかにする。
②お互いに納得できる「共通関心」を見出す。
③この「共通関心」を満たしうる、建設的な第三のアイデアを考え合う。
*絶対的な「当為」なんてない。だからこそ僕たちは、対話を通して、「共通了解」可能な当為を見出し続ける必要がある。

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2018/05/31

三度目の殺人

885 映画を観て、この小説を読んで、モヤモヤは増え、深まる。これはいい傾向だ。
 いくつかの問いを整理しておこう。
①「三度目」の殺人とは何のことか?
②この裁判は控訴した方がいいか?(控訴しない場合、咲江は一生後悔するのではないか?)
③三隅とはそもそもどういう人物なのか?(殺人、怒り、落ち着き、優しさ、人の役に立つ、生まれてこない方がよかった……)
④咲江とはそもそもどういう人物なのか?今後どうなっていくのだろうか?(ウソをつく、父、母、友だち、三隅、孤独、北海道の大学……)

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2018/05/28

妻よ薔薇のように 家族はつらいよⅢ

884 円熟した味の楽しめる映画だ。
 山田洋次の演出も、ストーリーも、役者陣も達者で揃っているから、安心して見ていられる。
 山田作品の特徴である、大いに笑いながらも考えさせられる映画になっている。

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2018/05/21

ボブという名の猫 幸せのハイタッチ

883 猫との出会いが運命を変えた。そういうこともあるんだなぁ。(実話である)
 しかし、ジャンキー(薬物依存症者)は難しい。

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2018/05/19

心と体と

882 とにかくラストがハッピーな方なので、ほっとした。
 心と体の乖離、これは容易ならざる病だ。これからも難しいと思う。
 ヒロインは広末涼子風のかわいい子だから、とても魅かれるが…。

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2018/05/17

三度目の殺人

881 観た後に、モヤモヤした感じが強く残る。これがこの映画のよいところだ。考える素材を与えてくれる。私にとっては貴重な映画なので、続けて2回観た。
 女の子を守るためにウソをつく。これがこの映画の骨のところだと思うが、断定しにくいところもある。真相は藪の中の感も残る。
 法廷戦術とか、訴訟経済といったことが空しくなってくる。それはほとんど不可能なことかもしれないが、真実に迫りたい。そのための模索が哲学、文学、そして映画になる。
 是枝裕和監督の演出もいいが、それに応えて、役者たちもがんばった。役所広司と福山雅治との対決は見ものだし、吉田鋼太郎もいい味を出している。

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2018/05/16

存在の耐えられない軽さ

880 小説を読んでから見ると、とてもいい映画に思える。
 主役のトマーシュ役のダニエル・デイ=ルイスは小説を読みこなした上での演技のようで、雰囲気を出している。ジュリエット・ビノシュもいい。
 プラハの春、ソ連軍の侵攻のシーンも真に迫ってくる。
 ラストシーンも余韻を残す描き方で好きである。

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2018/05/15

存在の耐えられない軽さ

879 私の好きな小説に出会えてうれしい。
 官能的なものと実存的なものの間を揺れ動く。背景に、プラハの春、ソ連軍の侵攻により、国と自由が奪われるという社会的に大きな不安がある。
 そのような中で、主人公のトマーシュは自由と幸せを求めていく。それは最後には小さく静かな安定したものであった。
 死んでいくものが多い物語だ。それゆえか、読後に哀切さが強く残る。

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2018/05/10

ゲット・アウト

878 黒人への人種差別意識が背景にある映画だ。怖い!


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2018/05/08

星印 藤しろ 点と線

Img_0552Img_0556Img_0557 用事に出かけた先々でラーメンにありつく。
左写真:横浜・反町「ラーメン星印」味玉入り醤油らぁ麺 4月21日 醤油ラーメンとして完成度は高い。佐野実の弟子と謳っている。何と言ってもスープがおいしい。当然完食!細麺とスープがよく合う。メンマもいい。味付玉子もおいしい。
中写真:目黒「藤しろ」鶏白湯味玉ラーメン 5月1日 何度か訪問している定番の鶏白湯ラーメン。少し固めの細麺とよく合うスープは、最後まで熱くて楽しめる。完食!
右写真:下北沢「スパイスラーメン 点と線」スパイスラーメン(ゴボウ増し) 5月3日 このようなスパイスラーメンを食べるのは珍しいが、おいしかった。辛かったがよかった。ゴボウも大きくて柔らかくおいしかった。

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2018/05/07

たかはし LABOひろ ひむろ

Img_0525Img_0534Img_0550 最初の2軒はリピーターだった。
左写真:新宿・歌舞伎町「焼きあご塩らー麺 たかはし」濃厚味噌らー麺 3月11日 ここの味噌ラーメンを初めて食べた。おいしかった!塩らー麺と同じ縮れ麺が味噌ともよく合う。
中写真:学芸大学「麺LABOひろ」鶏そば(塩) 3月24日 洗練されたきれいな塩ラーメン。スープはもちろんおいしい。少し固めの細麺がいい。チャーシューがトリ、ブタで3種類もある。青のりを入れて味の変化を楽しめる。最後までスープが熱くておいしい。完食!
右写真:日比谷・有楽町「ひむろ 有楽町店」オロチョン味噌ラーメン 4月15日 ちょっとピリ辛の味噌ラーメン、定番と言えるようなおいしさである。店主が辛過ぎないように味を調節してくれた。これがよかった。

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2018/05/06

彼女がその名を知らない鳥たち

877 ひどい男たち3人が登場してくる。
 そのような男たちと関係を作ってしまう十和子という女はどのようにして出来上がってしまったのか?この疑問は残る。
 蒼井優は日本アカデミー・最優秀主演女優賞を取っただけのいい演技である。

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2018/05/04

ダンガル きっと、つよくなる

876 どうも私はスポコンは苦手である。
 国際チームのコーチもひどいが、父親だってどうか?
 父娘の愛情がテーマで、そこに感動して涙するが、クセも強い。
 ストレートな愛情表現は素晴らしいが、複雑な愛情の方が見ていて面白い場合もある。

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2018/04/23

ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書

875 さすがスティーブン・スピルバーグ、堅実な演出だ。それにメリル・ストリープ、トム・ハンクスが十分に応えている。
 特に、メリル・ストリープの社主としての苦悩と変化をうまく演じている。
 報道の自由と国家権力との相克を描いた実話だが、身に迫ってくる。今の日本にこそ必要な映画だ。日本の報道機関に期待したい。

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2018/04/17

ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男

874 チャーチルのような人物が必要とされない時代であってほしい。そう、まさにチャーチルは非常時ゆえに活躍した政治家だ。
 ゲイリー・オールドマンはさすがのアカデミー賞主演男優賞だ。新しいチャーチル像を作ってしまった。

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2018/04/12

福岡伸一、西田哲学を読む

873 副題が「生命をめぐる思索の旅」である。(池田善昭・福岡伸一著、明石書店)
 動的平衡(福岡伸一のキーワード)と絶対矛盾的自己同一(西田幾多郎のキーワード)が似ているということ。
 本書のテーマは、ロゴス〈論理〉対ピュシス〈自然〉である。

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2018/04/10

眠れる美女

81ro0iiakl 単なるスケベ爺のエロ話ではない。
 エロスとともに死のことを取り上げている。生命と死である。
 嗅覚に訴える訴える表現が多用されている。それが生々しさを生んでいる。
 4人だけの読書会だったが、楽しかった。

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2018/03/31

リメンバー・ミー

872 ラストシーンは涙が止まらなかった。
 家族愛を謳い上げた。死後の世界の描き方も面白い。そして、真実を見つける驚きと楽しさもある。
 前に上映された「アナと雪の女王」の作品も家族愛、姉妹愛、伝統や思い出を表現していて、よくできていた。
 


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2018/03/25

哲学の最新キーワードを読む④

871 新しい公共哲学を目指すということがこの本の意図である。

11 ポスト資本主義社会は共有がもたらす~シェアリング・エコノミー
*クラウドベース資本主義である。(一般大衆、クラウドが中心)
*テクノロジーのおかげで、世界規模で新たなコモンズが生じようとしている。…個人を主体としている。
*シェアをインフラのようにとらえ、自分の都合に応じて利用するという気軽さだ。

12 自分と他者を同時に幸福にする~効果的な利他主義
*ピーター・シンガー(写真)の提唱する効果的な利他主義も、功利主義の発想に基づいている。

〔おわりに〕 未来のための新しい公共哲学
*〈多項知〉は「私」とつながっている。かといって、「私」に回収してしまえるほど存在意義の小さいなものではない。だから、「私」が〈多項知〉を駆使して社会を変えるというのが一番正確だといってよい。
*「私」が〈多項知〉という複数の項からなるネットワーク状の知をつなぎ合わせる役割、「ハブ」を担うことが重要である。

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2018/03/24

哲学の最新キーワードを読む③

870 このプラグマティズムのところは面白い。
第Ⅳ部 共同性の知
10 積極的な妥協が対立を越える~ニュー・プラグマティズム
*プラグマティズムとは、行為によって実用的な結果を得る思想である。
*ネオ・プラグマティズムの旗手であったリチャード・ローティは、強制によらない合意を「連帯」と言う。連帯こそが、伝統的な哲学が求めてきた普遍的妥当性に変わるものである。
*ニュー・プラグマティズムのジョン・マクダウェル(写真)は、プラグマティズムの立場から客観性を肯定しようとする。(ローティは「客観性恐怖症」?)
*客観性の問題は、心が何かを知る行為である「経験」なるものが、はたして絶対的といえるのかどうかの問題である。
*マクダウェルは、経験そのもののうちに、すでに「概念」が働いていると考える。(概念主義)
*自然にはすでに意味が含まれており、人間が唱える価値は客観的にも実在する。(アリストテレスの「第二の自然」)

*従来の民主主義はルソーの一般意志というフィクションに基づいて民主主義を構想していた。しかし、人民の意志はあらかじめ確定しているわけではなく、むしろ後から明確になることの方が多い。そもそもプラグマティズムとはそうした人間理解に立って唱えられたものである。…プラグマティズム型民主主義とは、不確定な状況の中でとりあえずの答えを出していくことだといえる。…行き当たりばったりの側面がある?

*主導権を握るのは、あくまで素人知であるべきである。…強硬な専門知に取り込まれることなく、強靭な素人知を育んでいかなければならない。

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2018/03/23

哲学の最新キーワードを読む②

869 小川仁志さん(写真)の本は新しいとか深いというのではないが、整理の方法と提示の仕方がうまいので、分かりやすく、参考になる。
 
第Ⅱ部 モノの知
4 すべては偶然に生じている~思弁的実在論
*偶然性の必然性~偶然の出来事は、必ず起こる。

5 独立するモノたち~OOO(トリプルオー)
*オブジェクト指向存在論(Object-Oriented Ontology)
*モノが徹底的にバラバラである。

6 非 ー 人間中心主義の行方~新しい唯物論
*マルクスはあくまで人間の労働こそが価値を生み出すとしたが、そうではなくて蒸気機関や石炭、産業組織そのものが価値を生み出す。
*社会的実体は存在し、心はそれを把握するという形。社会は人間のあずかり知らないところで勝手に構成されていく。

◎モノは確実に社会のアクターとして躍り出ようとしている。……その中で、人間の役割の問い直しが求められている。

第Ⅲ部 テクノロジーの知
7 AIの暴走を止められるか~ポスト・シンギュラリティ

8 インターネットが世界を牛耳る~フィルターバブル
*私たちインターネットユーザーは、ネットだからといって相手への配慮を手薄にしてはいけない。そして、リアルな世界と同じように、自分の言葉に責任を持たなければならない。

9 プライバシーなき時代を生きる~超監視社会

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2018/03/22

哲学の最新キーワードを読む①

868 小川仁志著、講談社現代新書である。副題が「「私」と社会をつなぐ知」ということで、新しい公共哲学を模索する本でもある。

〔はじめに〕 「私」をアップグレードするために
*絶対知から〈多項知〉へ
*新たに生起する様々な非理性と、従来の理性との関係を定義し直すことで、理性そのものをアップグレードすること~それこそが〈多項知〉の時代に求められる新たな公共哲学なのである。
*「感情」を豊かにし、「モノ」を主体にした新しい思想を理解し、「テクノロジー」のもたらす未来を正確に把握し、「共同性」の広がりを視野に入れる。

第Ⅰ部 感情の知
1 政治は感情に支配されるのか?~ポピュリズム
*ポピュリストは、反エリート主義者であることに加えて、つねに反多元主義者である。
*ポピュリズムに対抗できるのは、いわば「スローイズム」とも呼ぶべき新しい公共哲学にほかならない。

2 地球規模の宗教対立が再燃する~再魔術化

3 アートこそが時代を救う~アート・パワー
*アートそのものが政治のアクターであり、アリーナになりうる。

◎新しい公共哲学は、感情や感性の持つ力を飼いならすという視点で構築される必要がある。

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2018/03/21

しあわせの絵の具

867 涙を流した、感動作である。
 素晴らしい夫婦愛を描いている。そこに特別な出会いがあり、独特な愛を育んだ。見た目は歪(いびつ)で、武骨ではあるが、二人しか分からないような世界を作った。
 妻の好きなことはやらせてあげよう、という気持ちになった。
 サリー・ホーキンスはもちろんいいのだが、夫役のイーサン・ホークもなかなかのものである。

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2018/03/20

観光客の哲学⑥

863 少しだけ私の感想を書いておく。
 とにかくこの本での東浩紀さん(写真)の論や例は刺激的で面白かった。

 この本での観光とは主に海外の旅行をイメージしていて、ダークツアーなどがその意義を強く表している感じがある。私は一般の観光(例えば、国内の物見遊山)についてはそれほど期待できないし、力にもならないと思っている。
 私はほとんど海外旅行をしないこともあって、観光客の論はそれほど魅力を感じなかった。むしろ、私にとって身近な、後半の家族の論の方が興味を引いた。
 実際上、今の日本において、観光に行かない、家族を持たない(親にならない)人が増えている中で、この本の論はどれほど影響力を持つだろうか。
 もちろん、具体的な観光や家族を論じているのではなく、抽象的で哲学的な観光や家族を論じているのは私も承知している。ただ、著者の東さんの実際の観光と家族の体験が反映されているという香りを私は随所に感じるので、言っておきたかったところである。

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2018/03/19

観光客の哲学⑤

864 私の好きなドストエフスキーを扱ったこの章は面白かった。
 第7章「ドストエフスキーの最後の主体」
*なぜルソーには弁証法がなく、ドストエフスキーにはあったのか。フロイトが指摘したように、ドストエフスキーの文学につねに「父殺し」の主題がつきまとっていたからか。
*リベラリズムの偽善を乗り越え、ナショナリズムの快楽の罠を逃れたあと、グローバリズムのニヒリズムから身を引きはがし、ぼくたちは最終的に、子どもたちに囲まれた不能の主体に到達するのだ。
*苦しむ子どもは、イワンとスタヴローギンの最大の弱点である。
*ぼくたちは犬のジューチカが死んだあとも、もういちどジューチカ的なるものを求めて新しい関係をつくることができるし、またそうすべきである。
*ある子どもが偶然で生まれ、偶然で死ぬ。そして、また新しい子どもが偶然で生まれ、いつのまにか必然の存在へと変わっていく。子どものイリューシャの死はそのような運動で乗り越えられる。ぼくたちは、一般にその運動を家族と呼んでいる。
*だから、子どもたちに囲まれた不能の主体は、不能ではあるけれどけっして無力ではない。世界は子どもたちが変えてくれる。人間は、人間を孤独のなかに閉じ込める「この」性の重力から身を引きはがし、運命を子どもたちに委ねることで、はじめてイワン=スタブローギンのニヒリズムを脱することができる。
*コミュニタリアニズム(ナショナリズム)もリバタリアニズム(グローバリズム)もそもそも他者の原理をもたない。いま、他者への寛容を支える哲学の原理は、もはや家族的類似性ぐらいしか残っていない。あるいは「誤配」くらいしか残っていない。
*ぼくたちは、必然にたどりつく実存になるだけでなく、偶然に曝され、つぎの世代を生みだす親にもならなければ、けっして生をまっとうすることができない。……ハイデガーの過ちは、彼が、複数の子を生みだす親の立場ではなく、ひとり死ぬ子の立場から哲学を構想したことにあった。
*子として死ぬだけではなく、親としても生きろ。
*親であるとは誤配を起こすということ。そして偶然の子どもたちに囲まれるということ。

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2018/03/18

観光客の哲学④

866 第2部は「家族の哲学」(序論)ということで、家族のことをテーマとして取り上げる。
 第5章「家族」
*家族とはそもそもが偶然の存在である。だから、それは偶然により拡張できるのだ。
*家族の輪郭は、生と生殖だけでなく、集住と財産だけでもなく、私的な情愛によっても決まる。
*新生児に人格はない。でもぼくたちはそれを愛する。だから子どもにも人格が生まれる。最初に人間=人格への愛があり、それがときに例外的に種の壁を越えるわけではない。最初から憐れみ=誤配が種の壁を越えてしまっているからこそ、ぼくたちは家族をつくることができるのである。

 第6章「不気味なもの」
 (ラカン(写真)らの論を援用しながら、展開している。)
*サイバースペースという言葉には独特のメッセージが含まれている。情報技術の誕生によって、ぼくたちは新しい世界=空間に生きるようになるというメッセージである。その認識論的な表現が「仮想現実への没入」で、経済的な表現が「情報産業という新しいフロンティア」だと考えられている。
*ひとはそんなに器用に「分人」にはなれない。分身が裏アカで吐いた毒は、まさに不気味なものとして本体に貼りつき、少しずつ本アカのコミュニケーションにもゆがみを与えていく。
*「宇宙」と「未来」の失墜、それは大きな物語の喪失にほかならない。……サイバースペースという概念が、大きな物語が消えた世界において、その欠落を埋め合わせる「新しい大きな物語」の役割を果たしたことがわかってくる。
*観光客の視線とは、世界を写真あるいは映画のようにではなく、コンピュータのインターフェイスのように捉える視線なのではないだろうか?
*いまやかつてのイデオロギーがあった場所はコンピュータに占められ、そしてコンピュータの秩序はかつてのイデオロギー以上にぼくたちを支配している。
*イメージとシンボルを等価に並べるコンピュータの平面、それはまた、帝国の秩序と国民国家の秩序を往還する郵便的マルチチュードの平面でもあるはずだ。サイバースペースの比喩はその可能性を覆い隠してしまうのである。

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2018/03/17

観光客の哲学③

865 アントニオ・ネグリ(写真)らが使った「マルチチュード」という概念を活用している。
 第4章「郵便的マルチチュード」
*「郵便」は、存在しえないものは端的に存在しないが、現実世界のさまざまな失敗の効果で存在しているように見えるし、またそのがぎりで存在するかのような効果を及ぼすという、現実的な観察を指す言葉である。その失敗を「誤配」と呼ぶ。
*人間社会にダイナミズムを与えているのは、他者の絶対的排除でもなければ、他者への完全な開放性でもなく、そのあいだの状態だということだ。
*富の偏りは、一部の富めるものがつくるのではなく、ネットワークの参加者ひとりひとりの選択が自然に、しかも偶然に基づいてつくりだしていく。
*「人間の条件」とその外部、政治とその外部、国民国家と帝国、規律訓練と生権力、正規分布とべき乗分布、人間がひとりひとり人間として遇されるコミュニタリアンなコミュニケーションの圏域と人間が動物の群れとしてしか計数されないリバタリアンな統計処理の圏域とが、同じひとつの社会的実体のふたつの権力論的解釈として同時に生成する。
*出会うはずのない人に出会い、行くはずのないところに行き、考えるはずのないことを考え、帝国の体制にふたたび偶然を導き入れ、集中した枝をもういちどつなぎかえ、優先的選択を誤配へと差し戻すことを企てる。……ぼくたいちは、あらゆる抵抗を、誤配の再上演から始めなければならない。これらを「観光客の原理」と名づける。
*コミュニタリアニズムは、あらゆる信念は結局は主体が所属する共同体(国民国家)の偶然性に規定されると主張する政治思想であり、他方でリバタリアニズムは、社会の基盤(メタユートピア)はあらゆる信念に関係なく設計されるべきだと訴える政治思想である。
*もし憐れみがなければ、人類はとうのむかしに滅びていただろうとルソーは記す。憐れみこそが社会をつくり、そして社会は不平等をつくる。
*ルソーもローティもおそらくは誤配の哲学者だったのだ。誤配こそがヘーゲルが見なかったものであり、そしてぼくたちがいま回復しなければならないものなのだ。観光客の哲学とは誤配の哲学なのだ。そして連帯と憐れみの哲学なのだ。ぼくたちは、誤配がなければ、そもそも社会すらつくることができない。

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2018/03/15

観光客の哲学②

862 東浩紀さん(写真)の発想は刺激的だ。
 第2章「政治とその外部」
*『永遠の平和のために』の第三条項の追加でカントが提示しようとしたのは、国家と法が動因となる永遠平和への道とはべつに、個人と「利己心」「商業精神」が動因となる永遠平和へのもうひとつの道があり、この両者が組み合わされなければ永遠平和の実現は不可能だという認識である。
*シュミットにおいては、政治はまず、世界を内部(友)と外部(敵)に分け、共同体(友の空間)を確立する。
*国家を離れ、民族を離れ、他者の承認も歓迎も求めず、個人の関心だけに導かれてふわふわと行動する観光客は、まさに「動物」だと言うことができる。
*観光客は大衆である。労働者であり、消費者である。観光客は私的な存在であり、公共的な役割を担わない。観光客は匿名であり、訪問先の住民と議論しない。訪問先の歴史にも関わらない。政治にも関わらない。観光客はただお金を使う。そして国境を無視して惑星上を飛びまわる。友もつくらなければ、敵もつくらない。そこにはシュミットとコジェーヴとアーレントが「人間ではないもの」として思想の外部に弾き飛ばそうとした、ほぼすべての性格が集まっている。観光客はまさに、20世紀の人文思想全体の敵なのだ。だからそれについて考え抜けば、必然的に、20世紀の思想の限界は乗り越えられる。

 第3章「二層構造」
*リベラリズムは普遍的な正義を信じた。他者への寛容を信じた。けれどもその立場は20世紀の後半に急速に影響力を失い、いまではリバタリアニズムとコミュニタリアニズムだけが残されている。リバタリアンには動物の快楽しかなく、コミュニタリアンには共同体の善しかない。このままではどこにも普遍も他者も現れない。それがぼくたちが直面している思想的な困難である。
*観光客の哲学とは、政治の外部から立ち上がる政治についての哲学、動物と欲望から立ち上がる公共性についての哲学、グローバリズムが可能にする新たな他者についての哲学を意味している。
*国民国家の時代はじきに終わり、帝国の時代が始まると考えるのではなく、両体制の共存について考える。
*『存在論的、郵便的』(東浩紀)では、ある時期のフランスの思想が全体として否定神学的な性格を強く帯びていること、そしてそのなかでひとりの哲学者(ジャック・デリダ)がその傾向に抵抗を試みていたことを論証しようとした。

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2018/03/14

観光客の哲学①

861 東浩紀著で、「ゲンロン0」という位置づけである。(genron 2017年発行 )
 帯に、「『郵便的』から19年 集大成にして新展開」とある。東浩紀の著作を追ってきた者としてはありがたい本ではある。
 第1部は「観光客の哲学」である。第1章「観光」
*観光というと日本では、高度経済成長期からバブル期にかけての古い消費活動といった印象が強い。けれども実際にはそれは、21世紀のもっとも有望な成長産業のひとつなのである。
*政治は「まじめ」と「ふまじめ」の峻別なしには成立しないが、文学はその境界について思考することができる。この意味では本書は、文学的思考の政治思想への再導入の必要性を訴える本でもある。観光客とは、政治と文学のどちらにもおらず、またどちらにもいる存在の名称である。

付論「二次創作」
*現代においては、作品の内部(作品そのもの)と外部(消費環境)を切り離し、前者だけを対象として「純粋な」批評や研究を行うという態度、それそのものが成立しない。(環境分析的読解の必要性)
*21世紀のポストモダンあるいは再帰的近代の世界においては、二次創作の可能性を織り込むことなしにはだれも原作を作れず、観光客の視線を織り込むことなしにはだれもコミュニティがつくれない。
*二次創作者はコンテンツの世界での観光客である。裏返して言えば、観光客とは現実の二次創作者なのだ。

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2018/03/13

北の桜守

320 戦争、引き揚げ、シベリア抑留で亡くした息子(長男)、夫への悲しみ。次男の母への思いは強い。ここに涙する。
 中高年の客が多かった。
 サユリストだから、映画に対する評価は甘くなる。

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2018/03/12

15時17分、パリ行き

860 実話はやはり力がある。そして、その実話の本人が演じている映画というのもすごい!
 アムステルダムから15時17分発のパリ行きの列車に乗った3人、彼らがテロに出会った。
 偶然その場にいた。しかし、その場であの行動ができるのは偶然ではない。それなりの過去と蓄積があったからだ。
 まずは3人が友だちだったこと。それから軍隊経験者が2人いたこと。訓練を経て能力を身に付けていたこと。そして、何よりも勇気を持っていたこと。

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