2009/11/08

生活を哲学する

7andy_32135589508e65b1f747b0d4 「哲学塾」シリーズの内、「生活を哲学する」の著者は長谷川宏さんである。長谷川さんの本を続けて読んでいる。
 長谷川さんは1940年生まれだから、来年は70歳である。東大の大学紛争の際に大学を去り、所沢で小中学生相手の塾を経営している。一方、在野の哲学者として、ヘーゲルの膨大な翻訳は高い評価を得ている。
 大学を去るときは納得のいかないところも多々あったと思うが、その後の人生を見てみると、なかなかいい人生だなぁと思う。文章からにじみ出てくる人柄にも好感を持つ。
 「生活を哲学する」というテーマでは、最も発言するにふさわしい人である。この近現代社会をきちんと見据え、個人から家庭、地域までも見通して、的確に述べることができるのは素晴らしい。

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2009/11/07

いまこそ読みたい哲学の名著

7andy_31856148 副題が「自分を変える思索のたのしみ」となっているこの本は長谷川宏さんの著書である。
 ヘーゲルの名翻訳者である長谷川さんによる、哲学の古典の名解説である。文章がうまい。
 長谷川さんの生き様と重なる解説である。大学の学者ではない市井の人としての視点もこの本を豊かにしている。
 改めて、哲学の古典の意義を感じる。
 長谷川さんは自らを信仰の薄い人間だと表明しているが、逆に宗教や信仰には拘り続けていることもよく分かる。
 この本で紹介されている名著15冊を下に掲げておく。○印は私が何かしら読んだ本である。

○「幸福論」アラン
○「リア王」W.シェイクスピア
○「方法序説」デカルト
○「饗宴」プラトン
○「論語」孔子
 「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」マックス・ヴェーバー
 「社会契約論」ルソー
 「自由論」J.S.ミル
○「死の家の記録」ドストエフスキー
 「告白」アウグスティヌス
 「パンセ」パスカル
 「キリスト教の本質」フォイエルバッハ
 「悪の華」ボードレール
 「色彩について」ウィトゲンシュタイン
 「眼と精神」M.メルロ=ポンティ

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2009/11/06

手紙~親愛なる子供たちへ~

150x150_tecg17 原作詩は不詳、作曲・演奏は樋口了一さんである。
 年老いた「私」が子供たちにあてた手紙という形を取った詩である。
 子供たちに負担をかけるつもりはない。子供たちとの関係を持っていたいというだけである。親の方が少し甘えてみたい気持ちがある。それでいいではないか。
 「手紙」というタイトルというと、最近ではアンジェラ・アキの「手紙~拝啓十五の君へ~」があるし、古くは由紀さおりの「手紙」があり、どちらも好きである。

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2009/11/05

人間の運命

7andy_32300775 著者の五木寛之は1932年(昭和7年)生まれ、今年77歳喜寿である。現在の天皇や石原慎太郎と同じ年である。
 1945年敗戦の年、13歳であるが、朝鮮の平壌で母を亡くす。日本に引き揚げてこられたのは1947年である。
 このような体験から、人間は状況次第でどうにでもなる、人の心が善いから人を殺さないのではない、といったことを思うようになる。
 その他、この本の中で、印象に残った言葉。
*不運だからといって不幸とは言えない。見方、捉え方によって幸福にも不幸にもなる。
*境遇というものをうまく捉え、うまく使い、うまく解釈する。
*過去を受け入れる、受け入れないも、現在の心次第だ。
*「諦める」とは「明らかに究める」ということ。
*善人、悪人の区別はない。

 今年86歳になった母は五木寛之のファンであり、この本を読みたいと言うので、今度持っていくことにする。

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2009/11/04

私の中のあなた

20090724004fl00004viewrsz150x 評判どおりの号泣映画である。
 小児ガンで若くして亡くなる人というのは本当に可哀想である。涙なくしては見られない。
 母親(キャメロン・ディアス)の子どもを延命させようとする頑張りはすごい。それとともに、亡くなっていく側の思いやりや愛、母親をも包み込んでしまった娘はもっとすごい。
 死にいく者、死んだ者と生きている者との繋がりを深く考えさせられる、いい映画である。
 「きみに読む物語」にも感動したが、ニック・カサヴェラス監督の正統な語り口には共感する。
 改めて自分を振り返れば、これまで生きてこられたことに感謝、家族・親族に感謝、今まで接してきた人たちに感謝したくなる。今までの幸せに感謝したい。

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2009/11/03

冬の動物園・センセイの鞄

7andy_071993237andy_07228424 谷口ジローにハマッている。
 その端正な絵が好きである。優しさと懐かしさに溢れたストーリーが好きである。
 「冬の動物園」はマンガを描く主人公の青春時代の物語である。病身の少女への一途な恋がそこにある。この少女には生き続けてほしい。
 「センセイの鞄」は川上弘美原作である。37歳独身女性のツキコさんと彼女の高校時代の国語教師、現在70代のセンセイとの物語である。
 2人の間に酒と肴がある。この食べ物に対する愛着と表現は、「孤独のグルメ」で発揮されたように谷口ジローの得意とするところであり、秀逸である。
 この2人の関係は距離を置いた静かな関係である。しかし、恋物語である。
 いろいろな恋があっていい。ないよりはあった方がいい。人と人との優しい関係は見ていて心温まる。

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2009/11/02

お世話になった人のお通夜

091024_100739 69歳で亡くなった男性のお通夜に行った。
 私が仕事を始めた頃から何度もお世話になった人である。社会教育・生涯学習の時も、地域・コミュニティの時も、福祉の時も、助けてくれた。感謝したい人である。
 最近は大きな町会の町会長さんだった。
 基底は活動家であったが、長野県人らしく勉強家でもあり、地道な努力家でもあった。
 しばらくお会いしていなかったが、また一緒に活動したいと思っていた。
 お葬式は苦手だし、一人静かに悼み、偲びたかったので、通夜は早々に引き揚げてきた。

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2009/11/01

カツマー対カヤマー

20091012_s_1 AERA10月12日号に「対談:勝間和代×香山リカ」が載っていた。
 このように対比される女性が登場してきて、生き方について対談するのを読むと、生き方について男女の差は少なくなってきた感がある。(男性の方が上司や制度を恨むことが多いという傾向からして、むしろ男性の方が生き方に関しては責任転嫁的であるかもしれない。)
 一見すると、勝間タイプは肯定的、楽観的、ポジティブ、香山タイプは懐疑的、悲観的、ネガティブに見える。(私の大雑把なまとめは、勝間タイプは孔子型、香山タイプは老子型である。)だからと言って、勝間タイプばかりを推奨できるというものではない。
 実際にも、集団の2-6-2理論からして、勝間タイプで頑張れる人は2割くらいであり、多数は香山タイプの「しがみつかない生き方」の方に近いだろう。
 勝間さんはスポーツのスター選手のような存在である。世の中に貢献し、頑張っているから、声援を送りたい気持ちにはなるが、なかなか同じようにできる人は少ない。
 若いうちは勝間タイプを目指す、年齢を重ねてくると香山タイプを目指すのがいいのかもしれない。(これは若者は孔子型、高齢者は老子型がいいという私の意見と重なる。)
 いずれにせよ、人間はそう簡単に割り切って生きていくことはできない。この近現代社会においては、それぞれ自分なりの生き方を見つけるしかない、という結論は見えている。

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2009/10/31

沈まぬ太陽

20090729004fl00004viewrsz150x 山崎豊子原作の感動的な大作映画である。
 JALやJR西日本の大企業の体質が問われている今日、時期に適った映画と言える。大組織の問題、経営陣の責任など、考えさせられることは多い。
 主人公、恩地は家族がいるが、大航空会社の中で、信念の人である。だから、組織の波には乗れない。アフリカなどの弱小の外国に10年間も左遷させられる。(しかし、組織の波に乗っている人間の方がかわいそうだということも描かれている。)
 飛行機墜落事故で家族を亡くしたという大きな悲しみの前では、単にコップの中、組織の中の争いでしかない。虚しいものである。
 恩地は信念があって、家族がいて、アフリカがある。これは何と幸せなことか。
 会社などよりも大事なものに繋がっている。家族であり、大地・自然であり、天・世界である。

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2009/10/30

西洋哲学史 近代から現代へ

7andy_31772423 この西洋哲学史はレヴィナスで終わっている。「他者」の問題で終わっている。
 この意味は私には大きい。私の現在の思索と同じ段階だからである。私は今やっと「他者」問題に行き着いた感があるからである。
 その先の現代思想はよく分からないといったところである。現代思想はどっしりした感じがない、ふわふわした感じである。

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2009/10/29

赤と黒・悪霊

7andy_32040191 続けて、マンガで、スタンダールの「赤と黒」、ドストエフスキーの「悪霊」を読んでしまった。どちらも19世紀の文学である。
 「赤と黒」はこれほど劇的な物語とは思っていなかった。生まれ、身分、階級を乗り越えてしまう激しい恋愛である。
 妻が中学生の頃に読んだことがあると聞いて、ちょっとびっくりした。(本当に分かって読んでいたのかな?)
 「悪霊」も激しい生き方である。革命をテーマにしている。内ゲバもある。
 19世紀の文学ってロマンとドラマがたっぷりある。

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2009/10/28

失われた時を求めて・ユリシーズ

7andy_322324297andy_32216424 20世紀を代表する文学のプルースト「失われた時を求めて」とジョイス「ユリシーズ」をマンガで読んでしまう。
 20世紀文学は情景や心理の描写が細密であるが、それを文章では味わわず、マンガでストーリーを追ってしまうといったところである。
 「失われた時を求めて」はフランス・パリの社交界などが舞台である。貴族、ブルジョア、庶民といった階層はある。貴族は窮屈、ブルジョアはスノッブだ。これらも第一次世界大戦で変化していく。
 恋愛もあり、上昇志向の物語もある。謎めいた人物が登場すると、それは同性愛者である。聖書になぞらえて、男同士だとソドム、女性同士だとゴモラなどと称される。
 過去に体験した記憶を綴っていく作品である。人生の思い出を語るということであれば、ある意味では誰でもできることであり、私も幸せな記憶を表現したくなる気持ちはよく分かる。
 「ユリシーズ」はアイルランド・ダブリンの1日の出来事を描いた長編である。
 神話に匹敵する豊穣な1日である。ダブリンの町を全て再現できるくらいの物語である。また、妄想が妄想を呼ぶ話でもある。
 夫婦の関係がうまくいかなくなるきっかけが子どもの死というのも悲しい。
 2つの作品とも20世紀文学らしく、「時間」というものが重要である。過去の記憶にしろ、1日の出来事にしろ、時間、そして人生の不思議さを味わうことになる。

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2009/10/27

哲学する人

Eb0f08e6be730fbe 哲学する人とは、泳ぐことができないで、水の中に沈んでいってしまう人のことである。
 いつの間にか自然と潜っていってしまう。だから、息が詰まり、呼吸が苦しくなる。水の性質や水の底を知ろうと必死にもがく。
 哲学をし続けて、潜り続けていると、水のことが少し分かってきて、水面に浮かび上がってくることもある。それで、泳げるようになることもある。
 それで、やっと世間の一般の人並みに泳げるようになっただけのことである。特に偉くなったわけではない。
 潜った分だけ、他の人たちより少しだけ、水の性質や水の底のことを知っているだけである。これらを知らなくても泳ぐことはできる。

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2009/10/26

遥かな町へ

7andy_07139612 谷口ジローの作品を続けて読む。これも素晴らしい作品で感動する。
 「父の暦」と同じに鳥取という故郷を舞台にしている。今回の作品は48歳の主人公が14歳、中学生の時にタイムスリップした話である。
 家族の話が私には興味深い。特に父親との関係は緊張をはらんでいる。
 この作品では父親が家族から離れてしまう。「父の暦」では母親が家族から離れてしまう。この種のテーマを谷口ジローは好んでいるのか。
 私には家族から離れていく気持ちがいま一つ分からない。

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2009/10/25

父の暦

7andy_07211174 谷口ジロー作のこの物語の舞台は鳥取である。語り手の「私」の故郷である。昭和27年の鳥取大火のことも初めて知った。
 父と「私」を主軸にした家族の物語である。家から出て行った母も当然たいへん大きな存在である。
 家族の歴史、家族の重みを感じる。
 長男である「私」、その長男としての煩わしさの感覚も分かる。
 谷口ジローらしい、動物(犬)への愛情も感じられる。
 ちなみに、私のふるさとは東京の目黒である。

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2009/10/24

小さな旅

Db982faabc5e57b0 出不精というのはいるが、大体は人間は旅をしたくなる生きものだと思う。
 日常から脱却したい、日常の外の世界を見たくなる、日常を外から見たくなる、といったところが旅に出たくなる理由である。
 我が家は最近はあまり遠くへの旅行をしていない。
 しかし、私は一人でほんの小さな旅はしている。それはラーメン食べ歩きのことである。
 東京を中心にして、せいぜい千葉、埼玉、神奈川といった、いわゆる首都圏どまりである。
 それでも電車に少し乗って、日常とは違った街に足を踏み入れるのは楽しみである。(首都圏内では似た街が多くなっているのは少々残念だが)。

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2009/10/23

高校生のための哲学入門

7andy_31918509 著者の長谷川宏さんはヘーゲルの「精神現象学」を始め、「哲学史講義」「美学講義」「法哲学講義」「論理学」等の翻訳を多数手がけている。その訳はたいへん評価が高く、私もその粘着質の仕事振りには大いに感心している。
 長谷川宏さんは東大の大学院生時代に大学紛争を経験し、大学を去った後、所沢市で小中学生向けの塾を開く。妻は児童文学者・作家の長谷川摂子さん、4人の息子・娘たちを育て上げた市井の人である。
 この本は長谷川さんの生き様や人柄も分かる本である。
 繰り返しの文も多いが、読みやすく分かりやすい、さすが名訳者の文章である。身の詰まった濃密な哲学的エッセイといった感じである。

*幸福も不幸も、成功も失敗も、どちらも人生である。
*人柄、人となりに関心を持ってみる。
*人同士は原理的に対等である。
*個人は共同社会の中で肉体的存在でもあり、精神的存在でもある。それはその個人の死によってよく分かる。
*地位、名誉、金のためだけの学問、研究、大学に嫌気が差す。

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2009/10/22

ラーメン09年10月

091017_1645351091017_1646021091017_1108141 ラーメンの鬼、佐野実推薦のお店を巡っている。
左写真:町田「町田汁場しおらーめん進化」10月11日 お見事である。きれいでおいしい。この塩スープのまろやかさは絶品である。
中写真:神保町「覆麺」10月16日 ガンコ系のラーメン。濃くしょっぱい醤油味はワイルドである。だから、モヤシがよく合う。
右写真:歌舞伎町「麺武 虎龍」10月17日 「純連」系のコクのある味噌ラーメンだから私は好きである。生姜などを使って少し辛めに作ってある。

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2009/10/21

生きるべきか死ぬべきか

4_15166 1942年アメリカの作品である。
 ナチスのポーランド・ワルシャワ侵攻が舞台である。
 ナチス・ヒットラーを完全におちょくっている。笑いを作っている。この第二次世界大戦の深刻な状況の中でよく作れたと思う。アメリカだから作れたのか。
 緻密な脚本にはびっくり!このハイテンポに付いていくのは、現代から見てもたいへんである。どんでん返しも見事である。

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2009/10/20

ゴーダ哲学

7andy_31938949 業田良家さんの「自虐の詩」、「ロボット小雪」には泣いた。映画「空気人形」にも感心した。
 この「ゴーダ哲学堂」には24編の短編が収録されている。
 テーマは多様であるが、一つには家族の話が多い。それからロボットに関する話が多い。このあたりは私が好きな理由である。
 また、「悲劇排除システム」なるものが3編ある。これは森岡正博さんの「無痛文明」に通ずるような気がする。
 各編のキャラクターがそれぞれユニークだから、いわゆるキャラ立ちしていて、面白い。
 やはり業田良家さんは奇才・天才だ。
 俗っぽい、陳腐なテーマも多い。高尚ぶらない、素朴だから、共感しやすい。とにかく多方面に渡る哲学的テーマを具象化できる能力はすごい。そこが奇才だ!

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2009/10/19

孤独のグルメ

7andy_30655151 B級グルメ歩きの話である。
 定食屋、回転寿司、焼肉、甘味屋、野球場のカレー、デパート屋上のうどん、コンビニ・フーズ等々。
 等身大の話だから、自分も一緒に食べている感じ、さらに食べたくなる感じを持つ。
 人情話も時にからむから、話が面白くなる。(喧嘩もある。)
 食べる自由と幸福を一人で味わう。この孤高の行為だからこそ、食べ物ときちんと向き合える。これはまさに私のラーメン食べ歩きに通ずる行為である。
 原作・久住昌之、作画・谷口ジローのよく売れた人気作品である。もっともっと話は続きそうな気がするのだが…。

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2009/10/18

自己を見つめる

7andy_30948495 昨年亡くなられた渡邊二郎先生の放送大学のテキストである。
 名著である。哲学というより人生論的なところが我々に大いなる示唆を与えてくれる。
 自分の人生は自分で決める、この「自己決定論」が強く印象に残る。決定できる存在として、自己は世界において特別な存在であり、特別な関係である。
 それは自分が他人と比べて特別に優れているとか、特別に偉いとかいうのではない。能力とか体力とか性格とかいったレベルの話ではない、これらは単なる与条件である。この与条件の中で自己決定していくのである。
 その自己決定においては、運命の非情な必然といった受動的な面と人間の誇り高い自由といった能動的な面が交差している。
 もう一つ印象に残ったテーマは「老い」である。
 能力、体力は落ちてくる。地位、名誉、金などの増大を将来に期待できない。しかしながら、この精神の高みや豊かさの実感は何なのだ。
 子どもの頃から老いに至るまでの持続的な自己がある。超越論的な眼差しを持った、自己同一性のある自己である。この自己が人生の本質と限界を見ることを可能にする。
 ところで、この本では次のニーチェの言葉が再三引用される。「これが、生きるということだったのか。よし、それならば、もう一度。」 勇気を与えてくれる言葉である。
 70歳だった著者だから書けた文章のような気がする。文章に味があるし、深みがある。しかし、学者らしい、ねちっこさと「努力と精進」といった言い回しの古さも感じる。

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2009/10/17

これまでの仕事

090524_1415 これまでの私の仕事の中で印象に残っているのは、やはり生涯学習(社会教育)である。
 大学で学んだことの繋がりというのもある。さらに何といっても長い年数(18年間くらい)関わったということがある。(だから、今でもこの当時のメンバーとの昼食会は楽しい。)
 この先、生涯学習との関わりがどう持てるかどうかは不明である。関わりたい気持ちはあるのだが。
 これからは生涯学習だけでなく、広く地域社会との関わりということになるのかもしれない。

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2009/10/16

ヴィヨンの妻~桜桃とタンポポ

20090612012fl00012viewrsz150x 太宰治の小説は好きだが、その人生には共感できない。このように感じる人は私だけではないような気がする。
 酒、女、心中……と、破滅型である。
 そのような夫の大谷を支える妻の佐知はたいへんな献身である。現在ではありえないような犠牲的な行為である。
 ラストは名セリフ。「人非人でもいい。私たちは生きていさえすればいい。」

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2009/10/15

ラーメン09年9月~10月

090927_1257091010_1323091003_1148 ラーメンの鬼、佐野実はあのポマード頭とでかい態度なので、あまり好きなタイプではない。しかし、さすがに舌はいいので、彼の推薦するラーメン店にはあまりハズレはない。
左写真:歌舞伎町「凪 ゴールデン街店」9月27日 売りは濃い煮干味のスープである。自家製麺もうまい。
中写真:歌舞伎町「凪 ゴールデン街店」10月10日 2週間後に同じ店に行くのは私には珍しいことである。今回はつけ麺を注文した。小滝橋通りに新店ができるそうである。
右写真:池袋「BASSOドリルマン」10月3日 店の名前が変わった。濃い目で味がしっかり付いたつけ麺。麺はつるつるした太い麺でするりとお腹に入っていく。スープ割りもうまい。

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2009/10/14

12歳からの現代思想

7andy_32305344 著者の岡本裕一朗さんの「ヘーゲルと現代思想の臨界点ーポストモダンのフクロウたち」はポイントをつかんだいい本だった。
 今回の本は、現代思想の、おさえておきたいテーマを選んで、分かりやすく説明してある。8つのテーマは以下のようなものである。
1 コピーやシミュラークルの世界について
2 一人の人の多数の性や人格について
3 監視社会について
4 自然、環境保護について
5 人間の改造について
6 脳と心について
7 コミュニケーションについて
8 自由と平等について

 どれも現代的なテーマで、一定の面白さはあったのだが、特に第7章のダブル・バインドの話は改めて認識した。コミュニケーションとメタ・コミュニケーション、建前と本音の違いによる二重拘束からくる葛藤がテーマである。

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2009/10/13

バージニア・ウルフなんかこわくない

4_75478 マイク・ニコルズ監督が1966年に撮った作品である。同監督は翌年、「卒業」を作っている。
 歴史学の教授ジョージ(リチャード・バートン)と大学総長の娘である妻のマーサ(エリザベス・テイラー)の夫婦が主役である。
 演劇を見るようなセリフの応酬である。
 とにかく2人はなじりあう。言葉で責め合う。放送禁止用語も連発である。口は災いの元を越え出た凄まじさである。
 現実と夢が混同する。ゲームのようでもあり、妄想のようでもある。
 やがて、それらは、ある種の不安からきていることが分かる。

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2009/10/12

読むだけですっきりわかる日本史

7andy_32068588 幕末から近・現代だけを読んだ。
 と言うのは、私は近・現代史が好きだからである。と言うか、それ以前の時代は結局は私には理解しにくい、共感しにくいから、よく分からないのである。
 近・現代は世界史的に見て、国が乱立している時代である。であるから、国同士の戦争の時代でもある。
 日本でも明治から外国との戦争が続いた。昭和の前半もそうであり、父や母の若い時代の出来事である。
 日本は太平洋戦争後、平和な時代が続いている。私が生きている時代である。
 平和ということは素晴らしいことだ。私にとって、いい時代と言える。

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2009/10/11

ガラスの喉

07ca410ffba4c8a4 声帯の肉芽腫の手術をしてから約2年が経過した。
 大声を出せなくなっている。壊れやすいガラスの喉のような感覚である。
 であるから、大勢が集まる、飲み会などは苦手になっている。忘年会、打ち上げの会、同窓会なども控え気味である。
 一方で、少数の人たちとの会話は楽しんでいるし、それでいいと思っている。

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2009/10/10

犬を飼う と12の短編

7andy_07227549 作者の谷口ジローは1947年生まれ。絵が精密で丁寧に描かれているから私は好きである。
 夏目漱石を描いた「坊ちゃんの時代」が私には最も馴染みであった。谷口ジローは多彩な分野を持っているが、その中で動物や自然を描いた一連の作品群がある。どれも人間との関わりのある動物・自然である。
 動物を愛する姿勢がこの短編集にも溢れている。そして、人間と動物の生と死を描いていく。犬、猫、ユキヒョウ、ザトウクジラ、ヘラジカ等々。
 一方、動物の持つ凶暴さも描いている。ツキノワグマ、狼などである。
 この短編集の中でも、日本を舞台にした話の方に私が多く共感するのは、私が長い間日本に暮らしているからか。

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