2017/07/18

白痴

805 坂口安吾の1946年(昭和21年)に書かれたということで、とても意義のある作品である。(新潮文庫)
 その少し前に書かれた『堕落論』と併せて読む作品とも言える。
 国家によって作られた理想・理念など、虚しい美しさである。人間の本能・本性にまで堕落せよ、生きよ。そこから自らの理想・理念が生まれてくる。
 これは今にも通ずる。だから私は共感する。

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2017/07/13

22年目の告白~私が殺人犯です~

804 韓国映画「殺人の告白」を下敷きにしているせいか、ストーリー・脚本がしっかりしていて、面白い。
 2つの怖さが背景にある。
 メディアの怖さ、マスコミもSNSも。それと戦争の怖さ。どちらも描かれている。だから話に重みを感じる。

 だけど、サスペンスというのはそれなりの登場人物の中に真犯人がいる。その方が観客・読者は頭をあまり使わなくて楽だし、納得もしやすい。
 現実社会では、登場人物を限定できないからこそ、非常に難しいのだが……。

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2017/07/11

哲学のすすめ②

803 宗教ではない、科学ではない、哲学を素直に大事にしたい、すすめたい。哲学が好きな私もそう思う。 (写真は著者の岩崎武雄さん)

*学問の客観性とは、すべての人が承認すべき根拠をもっているということに外なりません。
*哲学は時代とともに変化しているのです。そしてこの変化は、人間が哲学に対して客観性を与えようとしたその努力の結果なのではないでしょうか。
*人間が自分の認識能力が有限的なものであるということを知ることによって、自然科学が成立したといえるのではないでしょうか。
*基本的人権は、けっして人間が事実としてもっているものではありません。それは、人間の生命の絶対性(かけがえのない人間の生命)を認めるという価値判断の基礎の上に、はじめて成り立つものです。そうすれば、人権の主張は同時に他人の人権を重んずるという義務を伴うはすです。

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2017/07/10

哲学のすすめ①

802 1966年発行だから、もう50年以上読み継がれている。東大名誉教授だった岩崎武雄さんの名著である。(講談社現代新書の66番である。)
 岩崎さんの哲学を信じ、力強く哲学をすすめるこの熱い思い、これが伝わってくる。この素朴さは尊い!?(それでは今はいったい何なんだ!)

*哲学は「驚き」にではなく、もっと深く「生きる」ということに根ざしているのです。「生きる」ための必要上、哲学はどうしてもて生じてこなければならないのです。
*「原理的な価値判断」と、「具体的な事物についての価値判断」の、この2種類の価値判断の区別は、はっきりさせておかなければなりません。
*わたくしはむしろ、「幸福」をなんと考えるかということが、その人の哲学によってきまるのだと思うのです。
*生き方の相違は、その人がなにを幸福と考えるかによって異なってくるといえるのではないでしょうか。人間が常に幸福を求めるものであるとすれば、人間の生き方の相違は、幸福をなんと考えるかによって生じてくると考える外はないからです。

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2017/07/09

対話と人間関係

14 第59回人生カフェは平成29年7月8日(土)、13名(男性4名、女性9名)の参加によって実施された。
 今回は岩崎博明さんが進行役(ファシリテーター)だった。机を使わず、全員が椅子に輪になって座り、コミュニティボールを使いながら対話をした。今回は途中2回の休憩を挟みながら、最初から最後まで、このスタイルで実施した。
 テーマは「対話と人間関係」であった。

 まずは、「対話」と「会話」の違い、また、「おしゃべり」との違い、さらに「議論」との違いなどが話し合われた。
 対話とは、哲学カフェなどでよく使われる言葉ということからして、主に理性を使って、ひとつのテーマについて、考えや価値観が異なる者同士が集まって話をするというイメージがある。これと対比すると、会話は、感情面も多く含まれ、特に明確なテーマもなく(話題は絶えず変化していく)、どちらかというと同じようなタイプの者が集まって話をするというイメージがある。
 対話とは、哲学カフェでの意味合いも超えて捉えると、お互いが言葉を通して理解し合うことであるとも言える。
 それで、そのような対話は人間関係とどのような関係にあるだろうか?一般に対話は人間関係を良くしていくというように考えられていると思われるが、果たしてそうだろうか?
 お互いを理解しようと努力していくのだから、対話というのは人間関係を悪くしていくようには思われないが、必ずしも人間関係を濃く、太く、良くしていくとは限らないのではないか。
 相手を理解していくことによって、相手とのパーソナル・スペースや相手との境界線(バウンダリー)がよく見えてくる。これによって、人間関係が促進されることもあれば、逆に、相手と距離を置いたり、場合によっては相手との関係を断つこともある。

 対話は、1対1のような関係の場合もあれば、1対多のような関係の場合(一般の哲学カフェがそうである)もある。これを同じように対話と捉える意義は何だろうか。
 どうもポイントは自分の方にありそうである。自分の心の開き具合(オープン度)、自分の他者への見方や姿勢、自分に対する捉え方の変化などが対話の質を変えていく。それは大きく捉えれば、自分対他者の関係であり、あとは他者の方の数が1,2,3、…と変化していくだけともいえる。(もちろん、他人も生身の人間であり、それぞれ個性があるのは当然ではあるが)

 最後に、参加者各自から、気づいたことや新たな問い、感想などを発表してもらって、閉会した。

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2017/07/05

あなたの人生が変わる対話術④

801 この本で泉谷さんが最も言いたかったところにあたる最終章は、「第5章 対話するという生き方」である。

*他人は自分の一部分や道具や対象ではない。(これはマルティン・ブーバー(写真)も言っていることである。)
*他者の孤独と独立性を尊重する態度から生まれるのが愛である。愛とは、「相手が相手らしく幸せになることを喜ぶ気持ち」と定義できる。
*愛が「孤独」を前提にしているのに対して、欲望は「依存」をベースにしている。
*人は「愛すること」しかできないのであって、相手から愛されるかどうかは、相手という独立した「他者」が自由に決めることである。
*「他者」は独立している。「他者」は何かを強要されることを嫌う。「他者」は、ひたすらに耳を傾けてもらうこと、つまり「聴いてもらうこと」によって、自発的なものを表出してくる。
*「対話」する生き方とは、すなわち、「他者」との真の「経験」を求めて、愛に生きることを選ぶ生き方にほかならない。

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2017/07/04

あなたの人生が変わる対話術③

Images148 著者の泉谷さんの人間に対する見方は図のようである。これらを踏まえて、第4章「「ムラ的」コミュニケーションから「対話」へ」も書かれている。

*言葉というものは、人によって多種多様な考え方がありうるということを前提にして存在している。つまり、言葉は「対話」のために存在している。
*「ロゴス」としての言葉とは、その人が理性を働かせて、なんらかの意見を「他者」に向かって差し出すものだと言える。そして、その言葉は重みをもっていると同時に、かならずしも「普遍的真理」を述べているわけではないという、ある種の謙虚さをあわせ持ったものである。
*「二人称関係」の世界に棲んでいる人が用いるモノローグという「鳴き声としての言葉」と、「他者」とのコミュニケーションや共同思考を必要と考え「対話」(ダイアローグ)する人の「ロゴスとしての言葉」とは、その重みも用途も異なっているまったくの別物である。

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2017/07/03

あなたの人生が変わる対話術②

800 著者の泉谷閑示さん(写真)は精神科医である。
 職業(プロ)として、お金をもらって、患者さんの治療にあたっている。必要な訓練を受け、経験も豊富である。治療環境も整備されている。その上で、人の話を聴くことに重点を置いている。
 そういうことでいえば、我々のような一般人(素人)とは異なる面も多い。しかし、泉谷さんが第2章「対話の技法」で述べていることは我々にも示唆に富む内容である。

*「理解」と「同意」を切り分ける。
*人は日々刻々と変化する存在である。
*意図が見える質問は伝わりやすい。
*アドバイスが相手を弱くする。

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2017/07/02

あなたの人生が変わる対話術①

799 精神科医である泉谷閑示さんの本で、哲学カフェ・哲学対話における対話を考えていく上で、とても参考になった。(講談社+α文庫)
 第1章は「対話とは何か」である。
*dialog(ue)はギリシア語を語源としたもので、「言葉(理性、論理)を介して(通して)」といった意味である。
*4つの前提
①相手を「他者」として見ることから「対話」は始まる。
②対話は、「他者」を知りたいと思うことから始まる。
③対話は、お互いが変化することを目標とする。
④対話において、話し手と聴き手に上下関係はない。

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2017/06/27

自分とは何か

10 第58回人生カフェは平成29年6月24日(土)、12名(男性7名、女性5名)の参加によって実施された。
 今回は『14歳からの哲学』(池田晶子著 トランスビュー発行)を読むという読書会の形式をとった。「6 自分とは誰か」「7 死をどう考えるか」「8 体の見方」「9 心はどこにある」のところを取り上げた。これらを貫くテーマが「自分とは何か」である。
 まずは、各自が共感したところをフリップに書いてもらった。(頭の数字は本のページ数)
40:世界を作っているのは、じつは自分なんだ。
43:自分を脳とばかり思い込んでいるのは正しくないんだ。
49:けれども、もし自分は死なないとしたら、なぜ君は生まれてきたのだろう。
50:生死の不思議とは、実は、「ある」と「ない」の不思議なんだ。
51:自分で考えてごらん。当たり前のことを考えるよりも面白いことはないのだから。(2人)
55:体はそれ自体が自然なんだ。
57:死ぬ自分と死なない自分と、二つの自分があるのだろうか。
57:自分の所有物は自分でないんだから、それが自分の思うようにならないのは当然じゃないんだろうか。
61:(その意味では)心とはすべてなんだ。体のどこかに心があるのではなくて、心がすべてとしてあるんだ。
62:同じ目に見えないものの中でも、動いて変わる部分と動きも変わりもしない部分とがある。
63:悩まないで、考えてゆけるんだ。

 後半は、逆に、各自が疑問に思ったことをフリップに書いてもらった。(*印は上記の共感したところにも取り上げられたところ)
40:ただ自分だったんだ。
40:世界を作っているのは、じつは自分なんだ。 *
41:自分は自分であって、自分以外の何ものでもありません。
46:死体とは死とは同じものではない。(2人)
50:生死の不思議とは、実は、「ある」と「ない」の不思議なんだ。 *
57:自分が二つあるなら、それは他人じゃないだろうか。
66:ただ自分であるということは、他人がいるから自分であるのではなく……その自分としてあるということだ。
◎:「考える」って何だろう?

 これらを踏まえて、フリーに対話した。
 哲学とは、考えていく上での定規=ものさしを探求することではないか、といった話が出た。その考えることにこだわり、子どもたちが考え続けることを励まし、檄を飛ばしていたのが池田晶子である。
 池田晶子が導き出した結論は荒削りのものがあるが、子どもたちが考える素材にはなっている。反論もしやすい。それがまた魅力にもなっている。
 その結論には、「現象」と「本質」が混同されているところも見られる。我々読者も混乱する。これもまた魅力のひとつになる。

 この読書会は、今後、「他人とは何か」「死とは何か」「人生の意味とは何か」というテーマで深めていく。「自分とは何か」を土台にして、展開していきたい。

 最後に、参加者各自にフリップに書いてもらった。
〇当たり前のことを考えると悩める。
〇抽象的になり過ぎず、具体的事象に裏付けて皆に考えを伝えることの難しさに苦労しています。
〇方法論としてもう一度読みたい。自分と他人の境目、自分とそうじゃないものの境目があるのか、あるとしたらどこなんだろう?体でいいのか?
〇ちょっと誤解を生む表現が多い、毒にも薬にもなり得る本だと感じています。
〇学び方の方法として共感できそうではあります。しかし、その後の施策の方向性はちょっと違和感が出てきそうです。
〇絶対的な自分は死ぬのか?死なないのか?
〇死なない自分に興味あります! 現象と実体の混同に注意
〇「存在と現象」について、もっと考えてみたい。「考えすぎちゃう」
〇自分とは、存在なのか…? 現象なのか…?
〇「自分」とは何かを改めて、じっくり、考えてみたい。面白い。
〇自分とは何か?を大切にしたい。
〇自分では全く思いつかないような解釈や意見がとても興味深く楽しかったです。

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2017/06/23

なな蓮 くぬぎ 北熊

Dd8fd318f19a4cbbac47045fa6a79a45A34c82c6fee94e63ab80608040c73597Aa0579550aa44c039588540a3b8ff42c それぞれ何かしらの用事があって行ったところで、ラーメンを食した。
左写真:日本橋三越前「なな蓮」支那そば 5月8日 洗練された実においしいラーメンだ。スープがうまいし、チャーシューなども柔らかくて絶品。お昼の早いうちから混んでいた。
中写真:国立「麺や くぬぎ」極らーめん 5月19日 細麺なのはよかった。チャーシューは柔らかくておいしい。穂先メンマもよかった。玉子もいい。味噌スープは濃い目で、独特なおいしさがあった。
右写真:西早稲田「支那そば 北熊」北熊そば 5月26日 クリーミーでちょっとしょっぱいとんこつラーメン。

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2017/06/22

俺の空 ムタヒロ 京紫灯花繚乱

04edb64174284f55bbf577c3c72e048b_28a066b23b1f04a7bb1931f88ce41ba95Ac1648768e6743159f468aba2e5e5313 何度も通いたくなるラーメン店はある。
左写真:高田馬場戸山口「俺の空」掛け豚そば 4月20日 私の好きなラーメンだから、時々食べたくなる。
中写真:西国分寺「味噌中華そば ムタヒロ」味噌中華そば 4月30日 私の好きな味噌ラーメンである。濃厚でない。それでいて、旨味が出ており、私は気に入っている。完食である。
右写真:四谷三丁目「京紫灯花繚乱」京山椒薫る濃厚担々麺 5月6日 スープは辛くて、とてもじゃないが飲めないのだが、麺とお肉を食べていると、これがおいしい。若干固めの麺もいいし、お肉もうまくすくえて食べられるので、満足。

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2017/06/21

人はなぜ音楽が好きなのか?

798 「クルミドの朝もや」である。
 参加者から出された問いは、以下のようなものである。
①自尊心とは何か?
②なぜ政治の話をしようとしないのか?
③忖度とは何か?
④なぜ十分に議論しないのか?
⑤人はなぜ音楽が好きなのか?
⑥父とはどんな存在か?
⑦なぜひとりの人間に多数の人間が従うのか?
⑧人生は長いのか?短いのか?
⑨最後がいいって、どれだけ大切なのか?
⑩今は悪いのか?
⑪試練と無理はどう違うのか?
⑫後悔ってしますか?

 今回は、⑤の「人はなぜ音楽が好きなのか?」がテーマとして選ばれた。

 音楽(リズム、メロディー等)は自然とともにあった。言語より先にあった。
 人は言語を発達させて、左脳を進化してきた。しかし、言語に疲れた時など、右脳も大いに使って、脳全体でこの世界を楽しみたい。
 自分の脳の中に、身体の中に、そう自分そのものの中に、リズム、メロディーが存在する。人類一般のものととともに、自分固有のものがそこで音を奏でている。
 自他の音の共鳴は、共感に繋がり、それは音を楽しむことになる。

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2017/06/20

真面目ってどういうことだろう?

797 第57回人生カフェは、夜の2時間、事前申し込みなしで実施した。この形での実施は6回目である。
 平成29年6月16日(金)午後7時からスタートしたが、男性4名、女性6名、合計10名の人が集まってくれた。
 最初に各人から「問い」を出してもらった。各人の興味・関心のありどころも分かる。
①「ヤバイ」という言葉はなぜ流行っているのか?
②したい仕事ってどこにあるのですか?
③空気って何だろう?
④友だちって何だろう・
⑤人生って何だろう?
⑥真面目ってどういうことだろう?
⑦どうして熟議はできないのだろうか?

 この中から、今回は「真面目ってどういうことだろう?」というテーマが選ばれた。

 「真面目」とは、物事に真剣に取り組む姿勢を言ったり、こつこつと努力していく様を表現したりと、プラスの意味に使われる。古くはこちらの方の意味が強かったようにも思われる。
 一方、真面目は、融通が利かない、視野が狭い、面白くないなどのマイナスのイメージもある。最近はこちらの方の意味で使われることも多い気がする。疑いを持たないで行動するという点では、能天気で幼稚な面も指摘できるかもしれない。
 だから、「不真面目」は敬遠されるかもしれないが、「非真面目」は推奨できる面がある。すなわち、物事を多角的かつ柔軟に見て、対応していくことが求められている。……

 このように、真面目ということについて、自分の体験した事例なども踏まえながら対話をしていくと、2時間はあっという間に過ぎた。10人全員が何かしらの発言ができ、聞き合うことができたのはよかった。

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2017/06/13

幸福は人生の目的か?

Imagesn6hmswh4 第56回人生カフェは平成29年6月10日(土)、12名(男性5名、女性7名)の参加によって実施された。
 人生カフェが始まってから満3年が経過した。6月は人生カフェ誕生を記念して、毎年「幸福」をテーマに実施することにしている。今年は、「幸福は人生の目的か?」というテーマにした。
 最初に、「幸福は人生の目的か?」という問いに対して、①YES、②NO、③どちらでもない、の3つの内、自分はどれに当たるかを聞いてみた。①が6人、②が3人、③が3人に分かれた。それぞれの理由を書いてもらった。
①YES
*実感
*いくつかの人生の目的のまとめ的なものだから。
*共通性
*「幸せな人生だった」と思って、終わりたいから。
*幸福は内面のことなので、自分の内面に責任を持つ必要があるから。
*国連が毎年3月20日を「世界幸福デー」としているから。
②NO
*漠然としているから
*人生の目的が幸福だと考えた事がないので、そう思わない。
*色々なケイケンをする為に生きる事が人生の目的。
③どちらでもない
*「幸福」、「人生の目的」、両方よく分からない。
*そもそも「幸福」とは何……?「幸福と不幸」の基準や境界線はどこにあるのか……?
*目的というより、いかに「気づく」ことだと思う。「見い出す」かということだと思う。
*幸福はあくまでも希求するものであり、目的というには少し違和感を感じる。

 これらを出発点として対話が展開する。
 幸福は現在の「快」の感覚を基本とするが、未来へ向けて目的意識を持って追求するという側面もある。一方で、現在から過去へ向けて感謝の気持ちを抱くことによって、幸福感を得ることもある。
 自分を大切にし、自分らしさを追求することもあるが、他人を無視しての幸福はあり得ない。他人との共感性が幸福の要素でもある。
 それでは他人との「比較」は幸福をもたらすだろうか。人格全体を比較するなんてことは不可能だし、部分を比較することによって、優越を競い合うことは幸福に結びつくとは思えない。
 マズローの欲求5段階説も登場した。また、お金、地位、健康などを所有する(having)ことよりも、行為すること(doing)、存在すること(being)への価値を認める人が多かった。
 今回は、どちらかというと心理学的なアプローチで幸福に迫る傾向が強かった。「人生の目的」ということを考えていく場合は、どうしても哲学的なアプローチが求められるだろう。ここまでには至らずに、時間になった。

 最後に、各自にフリップに書いてもらった。
*中高年の幸福論ってあるのか?
*幸福は人生の目的ではないという考えが変わったらおもしろいなぁ……と思う。
*幸福には様々なものがあるが、人は真の幸福を見極め、それを求めるべきであろう。
*人生の目的、幸福は考え続けるもの
*現実としては、お金も仕事も健康も大事。ただし、「こうありたい」という理想の自分(の生き方)は、常に考え続けていたい。
*自分の幸福のために、他者の不幸が必要となるか?
*人生の目的は幸福に生きることである。その幸福は自分の心が決める。幸せは自分の回りにある。
*自分自身にとっての良い(快)感情に素直に居れたら、幸福に近づいていけるのかな…
*私にとって「幸福」とは何か?もやもやしてたものがいくらかみえてきた感じです。
*幸福と思えば幸福。不幸と思えば不幸。幸福は人生の目的というより、今ある幸福に気づくこと。
*①気づいたこと~男性と女性との違い ②新たな問い~自分にとっての幸福の確認  ③すごく面白い議論でした。テーマによっては、また参加したいです。
*①とりあえずの結論~幸せは自分の心が決める ③あっという間に時間が過ぎました。楽しかったです。

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2017/06/10

マンチェスター・バイ・ザ・シー

796 心に沁みるいい映画だ。
 乗り越えられない傷、癒せない痛みというのはある。生きていくのが辛い。それは時に、暴力・怒りになり、自己破壊の方にも向かう。
 大都会のボストンと港町のマンチェスター・バイ・ザ・シーとの違いや距離感も舞台背景になっている。
 ストーリー展開には直接関係しないような、ちょっとしたミスや諍いなども描かれる。これが日常であり、その自然さが感じられる。こういう描き方をするのか!やるなぁ。アカデミー賞脚本賞である。
 主演男優賞のケイシー・アフレックはさすがである。妻役のミシェル・ウィリアムズも感動的な演技である。

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2017/06/02

家族はつらいよ2

320 映画を観て、久しぶりに、こんなに笑った。
 山田洋次ワールドには馴染んでいるので、うまくハマった。あまり頭を使わなくて、すんなりと笑える。寅さん世代のギャグが多いのだが。
 人物の登場の仕方がうまい。ストーリー展開上も、その場にふさわしい人物が現れる。そして、セリフが効いている。笑いのツボを心得ている。
 現代日本のリアルな問題も含んでいる。介護、孤独死、高齢者運転免許返上等々……。
 山田洋次の暖かい視点もある。そして、画面に躍動感もある。85歳である。これには驚きだ。
 俳優陣もいい。キャストがぴったり。それぞれのキャラが生きている。だから、愛すべき家族になっている。
 家族は面白いし、暖かい。家族っていいなぁと思える映画である。

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2017/05/30

あなたの人生の物語

795 映画「メッセージ」の原作である。作者テッド・チャンはすごいSFを書く。
 原作は物理理論が、例えば「変分理論」が巧みに使われる。目的論的な世界観が描かれる。そこには未来が当然のように存在する。
 女性主人公ルイーズと娘の話が前面に出てくる。だから、本の方はここに大きな感動が生まれる。
 映画の方は、エイリアンであるヘプタポッドとルイーズとの関係がかなり描かれる。これはこれで私は面白いと思った。

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2017/05/29

人生上の悩みをテーマとする哲学カフェ

9 第55回人生カフェは平成29年5月27日(土)、9名(男性5名、女性4名)の参加によって実施された。
 今回は「人生上の悩みをテーマとする哲学カフェ」というものである。
 まずは一人の人にに自らの人生上の悩みの一つを10分くらいで語ってもらう。その後、その人に話が分かりにくかったところなどを参加者から質問をし、答えてもらう。それから、その話から、一つだけ対話のテーマを抽出する。そして、一つのテーマに1時間くらい対話をする。悩みの内容は、重いものでも軽いものでも、心の問題でもそうでなくても、いいとしている。
 今回は2人の人に自らの悩みを話してもらった。(内容の詳細は個人情報の関係で記載できないので、対話を行ったメインテーマなどを掲げる。)

①本能とは何か?
 「悩むな、考えろ」という池田晶子さんの言葉が響いている。
 悩むとは、感情、さらに言えば、本能に近いものではないか。それに対して、考えるは、「理性」的なものである。だからこそ、今、本能や自然というものを考えてみたくなったのである。

②愛の力とは何か?
 若い人からの話であった。
 「社会制度と愛」、これは広く一般の人間を愛することと、個別特定の人を愛することとの対比とも言える。
 そういった中で、愛の力とは何か?
 愛は原子力のようなものである。ものすごい力を有するが、危険でもある。どう扱うか?そもそも扱うことなどできるのか?
 恋愛をめぐっては、世代間格差が感じられる。若者の間でも、「恋愛格差」はある。もちろん、いつの時代でも、個人差は当然ある。
 現代の若者は、ラインやツイッターなどが基本装備されている環境である。メディア、ツールが異なれば、愛の形も変わる。

 最後に、参加者にフリップに書いてもらった。
「鎧(よろい)とは何か?大人とは何か?」
「今(現代)の人たちのコミュニケーションはたいへんだなぁと思いました」
「愛とは何だろう?」
「愛は爆発と管理の繰り返しだ!!」
「愚直であることをもっと見直そう。 Fall in love (恋に落ちる)」
「私たちは『愛しづらい時代』 を生きているだろうか?」
「恋愛は理屈じゃない! 実践あるのみ」

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2017/05/28

永い言い訳

794 泣くことができない。辛いことだ。
 感情のもつれがある人が、その屈折した感情がモロに出てしまう。……かわいそうだが、私は相手にできないだろう。

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2017/05/25

メッセージ

793 見ごたえのある映画だった。 
 ユニバーサル・ワードは、時制を超越している。……3千年後の人類のためにメッセージが届く。……武器?……未来が見える?
 原作はあるのだが、映画としても面白い。映像、音響もいい。
 主役のエイミー・アダムスもいい。

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2017/05/24

5人会(平成29年5月)

5at5tuesday46752x501 今回の5人会のテーマは「今、最も関心のあること」だった。
 私の最も関心のあることとして、「哲学カフェ~人生カフェ~東京メタ哲学カフェ」を取り上げた。この中で、印象に残ったことを少し書いておく。

 これらの活動の中で、様々な人間関係が生じる。会の運営としてもいろいろなことが生じる。これらは困難なことも多いが、学ぶことがあるし、楽しいこともある。人生上の経験である。

 哲学カフェ等の新しい可能性として、広い意味での学習・教育との結びつきが考えられる。
 そこでは「変わる」ということが目指されている。これは学習・教育の価値である。
 子どもの分野では、すでにかなり意識されているが、大人でも同様に考えていいはずである。

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2017/05/23

哲学対話と哲学研究

792 第76回日本哲学会大会・哲学教育ワークショップ「哲学対話と哲学研究」に参加した。
 印象に残ったところを断片的に書いておく。

 哲学対話とは、必ずしも一般の対話が重視するようには「共感」を重視しない。「物事を自分から切り離して考えることができるようにする」「日常生活から切り離して考えることができるようにする」 (共感から出発することを大切にしながらも…)
 「井戸端会議」ではない。井戸を掘っていく対話である。深く掘っていく。この場合の「深い」とはいったい何だろう?

 考える型や概念マップなるものを哲学者や哲学研究者は持っている。柔術の型のようなものである。
 それらを哲学研究者は教えてくれない。又は教えられない。自分が身に付けてしまっているから?
 だから哲学対話のファシリテーターにしろ、一参加者にしろ、場数を踏むのがいい。たくさん体験してみるのがいいということである。

 哲学史を知っていること、哲学書を知っていること、哲学者を知っていること、そして哲学を研究していることなどは確かにいいことがある。
 哲学対話のテーマ(問い)に対する選定眼、哲学対話の進め方に対する選定眼、そして、人の話を真摯に聞く姿勢や能力が養われる。
 自分の持っている知識と実際の対話を照合していくという楽しみもある。
 そして、哲学対話の中に、過去の哲学史の中では見出せないような新しい問いや新しいタイプの哲学者(考える人)を発見できる力も持てるのである。

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2017/05/22

沈黙 SILENCE

791 篠田正浩監督の1971年の作品である。
 当時も見たけれど、再度見ると、なかなかの力作である。遠藤周作の原作に力があるからだろう。
 ラストは違和感がある。岩下志麻と三田佳子の2大女優を目立たせたい気持ちが出ている?

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2017/05/18

追憶

790 少々古い感触の映画だった。懐かしさもある。
 自分と縁遠い話には共感しにくくなった。
 即物的、即時的な人間になった?

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2017/05/16

ボラード病

789 吉村萬壱さんの東日本大震災を背景にした作品である。(文春文庫)
 ディストピア小説ということになるのだが、私はこの種の小説は気が滅入るので好きではない。だからどうしても読み飛ばしてしまい、読みが浅くなる。
 「同調圧力」の強い社会が作られている。これは裏や上の方にものすごい悪い奴らがいて、彼らが操作している、そんな単純な構造はもはや想定できない。社会がそうなっているとしかいいようがないところがある。
 そのような社会にどう対したらいいのか?
 「逃げるは恥だが役に立つ」…私はそう提唱したくなった。「逃げる」は時には一つのいい選択だ。
 出たり入ったりは自由がいい。発言する、しないは自由がいい。これは哲学カフェの一般的なルールでもある。

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2017/05/15

気持ちを大事にするとはどういうことだろう…?

Wedding_ill_009 第53回人生カフェは平成29年5月13日(土)、12名(男性5名、女性7名)の参加によって実施された。
 今回は岩崎博明さんが進行役(ファシリテーター)だった。机を使わず、全員が椅子に輪になって座り、コミュニティボールを使いながら対話をした。今回は途中2回の休憩を挟みながら、最初から最後まで、このスタイルで実施した。
 テーマは「気持ちを大事にするとはどういうことだろう…?」であった。

 気持ちといっても、「自分の気持ち」と「他人の気持ち」がある。当然自分の気持ちの方が優先されそうではあるが、自分の気持ちが分からなくなることもある。自分の気持ちにきちんと気づくことは、それなりに大切なことだ。
 そして、他人の気持ちを気遣う。自分の気持ちと他人の気持ちをどう調整していくのか。
 「プラスの気持ち」(喜び、楽しみなど)と「マイナスの気持ち」(怒り、妬み、恨みなど)がある。他人のプラスの気持ちに対しては共感しやすい。しかし、マイナスの気持ちに対しては共感はしにくいし、調整も難しい。
 「アサーション」という方法が示された。アサーションとは、自分と相手を大切にする表現方法だと言われている。その方法の一つとして、「I(アイ)メッセージ」ということも提示された。すなわち、相手を非難するのではなく、I(私)の気持ちの方を素直に相手に伝えるという方法である。

 気持ちの捉え方で、男女差というような話にもなった。個人差は当然あるが、女性は「共感」を求め、男性は「解決」を求めるという傾向である。このように男女の違いはあるかもしれないが、気持ちを大事にしようとしている点では同じとも言える。
 気持ちを「感情」とほぼ同じに考えるのが一般的ではあると思うが、気持ちを理性(論理性)も含めた「心」や「魂」に近い、広義の捉え方も十分にあり得る。
 いずれにせよ、気持ちを大事にするということは、単純に自他の感情に溺れていくこととは異なる。自他の気持ちの違いを感じ取り、そのズレを調整したり、あるいは気持ちを育てたり、新たに生み出していくといった、寄り添い、擦り合わせていく努力は大切なようである。

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2017/05/10

美女と野獣

788 今作もさすがディズニーだということ。
 この「美女と野獣」の実写版もいい。面白い。
 主役のエマ・ワトソンはかわいい。

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2017/05/09

Mu 「無はなくてもいいのではないか?」 この問いに仰天した。
 この世は、なくてもよかったのに、「ある」 ということが充満している、そのことの不思議さに圧倒されているのだから、この問いはありうるか!!


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2017/05/05

ゴースト・イン・ザ・シェル

787 脳だけが人間、あとの体は機械、いわばサイボーグだ。この設定自体が、未来のこととして興味深い。
 哲学的に心と体を考える上でも面白い。ゴースト(魂)とは、いったい何だろう?
 体はますます義体化(機械化)していく。

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2017/05/01

バカなことをする

786 バカなことをしても、ある程度は許されるのは若者の特権か?
 今の私にはバカなことをしたい欲求もないし、バカなことをする必要もない。穏やかな普通の生活がいい。

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2017/04/29

人が変わるとは何か?

11_2 第52回人生カフェは、夜の2時間、事前申し込みなしで実施した。この形での実施は4回目である。
 平成29年4月28日(金)午後7時からスタートしたが、男性8名、女性1名、合計9名の人が集まってくれた。
 最初に各人から「問い」を出してもらった。各人の興味・関心のありどころも分かって、面白い時間帯である。
①嫌な仕事環境でも楽しく働けるか?
②あなたは何を優先しますか?(健康、お金、家族、仕事、人間関係)
③怒りとは何か?
④許すとは何か・
⑤人はなぜ物語を作るのか?
⑥人は変わるのか?

 テーマを一つに絞っていくに当たって、⑥の「人は変わるのか?」をめぐっての話が多く出た。「何をもって人は変わるといえるのか?」といったテーマなども出される中、最終的には今回は「人が変わるとは何か?」というテーマに決定した。

 「変わる」といっても、自分が変わることと他人が変わることとでは意味合いはかなり異なる。
 また、自分が変わったと主観的に捉えていても、外から見た客観的には変わっていないようなこともある。
 意図的に自らを変えようとして、大いに学ぼうとすることもあるが、環境の影響で非意図的に変わってしまうこともある。
 どの部分が変わるのか?「考え」のところか、「行動」のところか、「人格」のところか。レベルが違うような気がする。
 人が変わることの根源を探っていくと、人の意志や動機といったところが見えてくる。深いところのその人の欲求・欲望といえるものかもしれない。
 それらが連続して、習慣のようになっていたものが、ある時断裂的に変化する。その時はさすがに自分が変化した感覚を持つ。心の中に吹いていた風の風向きが変わってしまった感じである……。

 テーマを決めるのに1時間、そのテーマについて対話を展開したのが1時間、凝縮した2時間であった。

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2017/04/28

顔の現象学

785 副題「見られることの権利」、鷲田清一著(講談社学術文庫)、この本の初めのあたりの印象に残ったところを抜き書きしておく。

*眼が「かち合う」こと、まなざしが交差することは、対象を見ることとは決定的に異なる。
*相手の目が興味深いから見るのではなく、まさに相手のまなざしをそこに感じるから、私たちはそこに目を向け、相手に目を合わせる。

*顔の「遠さ」~他者がわたしを〈わたし〉として認知してくれるその媒体としての顔が自分にだけは見えないという、あの〈わたし〉の可視性のアンバランスな構造
*〈わたし〉と他者はそれぞれ自己へといたるためにたがいにその存在を交叉させねばならないのであり、他者の〈顔〉を読むことを覚えなければならない。
*〈顔〉という現象は、それが「わたしの顔」となるまえに、まずは共同性の様態なのである。

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2017/04/27

ムーンライト

784 愛を乞うている人を見事に描いた。
 今更だが、子どもにとって家庭の環境は大きいことがいえる。子どもは逃げられない。危険や不安がいっぱいな家庭環境は恐ろしい。
 アカデミー賞作品賞らしい、しっかりとした演出の作品だ。
 ある意味、平凡な一般人だが、そこには内面のドラマがある。愛と憎がある。それを丁寧に描いた。

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2017/04/25

「考える」「言葉」

10  第51回人生カフェは平成29年4月22日(土)、10名(男性6名、女性4名)の参加によって実施された。
 今回は『14歳からの哲学』(池田晶子著 トランスビュー発行)を読むという読書会の形式をとった。
 まずは、1~3の「考える」というテーマのところから、各自印象に残ったところをフリップに書いてもらった。
「「自分が思う」ということはいったいどういうことなんだろう」(5P)
「悩むな、考えろ」(9P)
「わかって悩んでいるのか?」(9P)
「意見自体正しいだろうか、間違っているだろうか?」(12P)
「「考える」ことによって正しい定規を手に入れる」(16P)
「自分ひとりだけの正しい定規ではなくて誰にとっても正しい定規、たったひとつの正しい定規だ」(16P)
「君は本当のことだけを知りたくないか」(18P)
「本当のことを本当のことだけを知りたいとは思わないか」(18P)
「「不思議」の感じこそが本当のことを知るための最初の最初の鍵穴だ。不思議の扉は宇宙の果てまで開いてゆくことができるんだ」(23P)
「「誰にとっても正しいこと」というのは、「みんなが正しいと思っていること」ではない」(23P)
 以上を踏まえて、対話をした。「考える」と「感じる」、「思う」との違いは何か。特に「考える」と「悩む」をめぐっての対話が活発に行われた。

 次に、4~5の「言葉」というテーマのところから、各自印象に残ったところをフリップに書いてもらった。
「物が先か、言葉が先か」(26P)
「過去、現在、未来から別の星や宇宙のことまで言葉というものに不思議な力」(28P)
「人の数だけ人がいるのに、言葉の意味はすべての人に共通してたたひとつなのはなぜなんだろう」(35P)
「言葉というものは、自分の中にあると同時に、また自分の外にある」(36P)
「言葉こそが現実を作っている」(2人)(36P)
「言葉を大事にするということが、自分を大事にするということなんだ」(36P)
「目に見える物だけが現実だと思い込んで一生を終えるなんて、あんまり空しい人生だと思わないか」(36P)
 以上を踏まえて「言葉」について対話した。言葉がないと考えることができないのではないか、世界を認識できないのではないか、といったことをめぐって展開した。

 最後に、今日の対話について、各人にフリップに書いてもらった。
「感じる→思う→考える 言葉を大事にする事、自分を大事にするという事かなあ?」
「悩みとは何だと改めて考える。だって、不安だし、イライラするし、苦しかったりするものだから」
「「考える」ことをするには言葉が不可欠。言葉は言霊と言われるように、言葉を単なる言葉ではなく、発する者の心をこめたら、言葉が生かされ、受け取る側に伝わるのかな?」
「言葉を大切にするとは、言葉―世界―私というものが生じているという事実=世界の分節の機能としての言葉が機能している。という事実に対しての「落としまえ」は言葉によって言葉の限界に向かうことでしかなしえないだろうと思います。その意味でのみ、言葉は大切にしなければならないと思うし、哲学は必要かな。身体知の問題はこのことと矛盾するのかな?」
「言い切れないこととわかっているのに、池田さんはなぜ言い切るのだろうか。言葉として正確ではないのでは」
「こうして考える事こそ、池田晶子さんの望み(?)なのかな」
「頭の中がより整理できた。とても面白かった!言葉を正確に使うことで解決できる問題もたくさんある」
「各人の着眼の共通する所とばらつく所、多々あっておもしろかった。考え抜くこと、ある意味自縄自縛になるまで突き進めることを大事にしたい」
「こういう機会がなければ絶対読まないであろう本と、めぐりあった気がしています」

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2017/04/22

モアナと伝説の海

783 ディズニーのアニメはさすがに素晴らしいし、何といっても面白い。
 それに私の場合、一人娘の冒険譚、成長話は大好きである。
 海や島や、大自然が鮮やかに描かれている。もちろん、現在の現実の世界では、このような海や島や島の生活はないのだが。

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2017/04/21

言ってはいけない

782 副題は「残酷すぎる真実」、橘玲著、新潮新書である。ベストセラーにはなった。
 遺伝のことを中心にした本である。遺伝でほぼ人間は決まってくるといった話である。
 この種の話は、私にとってはつまらないので、途中で投げ出してしまった。

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2017/04/18

いい人ってどんな人だろう?

Imagesuvbw3cjv ちょうど第50回目に当たる人生カフェは、夜の2時間、事前申し込みなしで実施した。この形での実施は3回目である。
 平成29年4月14日(金)午後7時からスタートしたが、男性4名、女性4名、合計8名の人が集まってくれた。
 最初に各人から「問い」を出してもらった。各人の興味・関心のありどころも分かって、面白い時間帯である。
①めんどうくさいって何だろう?
②友だちとは何か?
③国って何だろう?
④天職って何だろう?
⑤いい人ってどんな人だろう?
⑥人間関係とはどうあるべきか?
⑦キムタクは悪者か?
⑧かわいいって、なーに?

 この中から今回は「いい人ってどんな人だろう?」がメインテーマとして選ばれた。

 「いい人」とは多義的な言葉である。ポジティブに使われる場合もあれば、若干揶揄的にネガティブに使われる場合もある。単にお人よしで、他人にいいように使われている人を指す場合もありそうである。
 この曖昧さから、適当に使われる言葉であり、多用もされている。
 もちろん素直にポジティブに使われ、自分に対して言ってくれると、うれしくなったりする。だから、できるなら明るくいい方に使いたいものである。

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2017/04/17

マインド 心の哲学 ③

Img_15186cfa4e4819e25802c953731566f 訳者の山本貴光さんと吉川浩満さん(写真)には翻訳してくれたことに感謝したい。この二人は現在、新しいタイプの哲学者として活躍している。

 さて、この本で「意識」のことを取り扱っている中で、面白いところを抜き書きしておく。
*意識のゲシュタルト構造には少なくとも二つの側面がある。第一に、知覚を一貫性のある全体に組織する脳の能力。第二は、背景から図を弁別する脳の能力。
*知覚が意識を作り出していると考えるべきではなく、先立って存在する意識野を知覚が変化させていると考えるべきである。
*意識は脳内ミクロな過程によって引き起こされ、脳において高レヴェルの性質もしくはシステムの性質として実現されている。……生物学的に言えば、意識は生の一側面にすぎない。しかし、こと私たちの現実的な生の経験が関わる限りで言えば、意識とは私たちが意義ある存在であるということのまさにその本質にほかならない。
*意識があるからこそ、いろいろなものごとが重要性を持つようになる。

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2017/04/16

マインド 心の哲学 ②

781 ジョン・サール(写真)は、「心的なもの」と「物理的なもの」と言われているものを簡単にまとめて、論を進めてくれている。
*「心的なもの」~主観的、質的、志向性がある、空間的な位置と広がりをもたない、物理的な過程により説明不可能、物理的なものに対して因果的に作用しない
*「物理的なもの」~客観的、量的、志向性がない、空間的な位置と広がりをもつ、ミクロな物理学によって因果的に説明可能、因果的に作用かつシステムは因果的に閉じている

*意識は一人称的な存在論を備え、神経的な過程は三人称的な存在論を備えている。このために、前者を後者へと存在論的に還元することはできない。

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2017/04/15

マインド 心の哲学 ①

780 ジョン・R・サールの心の哲学の入門書である。(朝日出版社)
 サールの「生物学的自然主義」の立場については別のところで簡単に述べてあるので、ここではそれ以外のきになるところを抜き書きしておく。
 まずは、哲学が注目するところが言語から心へ移ったとされる理由のくだりである。
①言語にかかわる問題の多くは心に関する問題の特殊例だとみなせる。
②知識の発展に伴い、従来の認識論などから離れ、新しい哲学の理想的な出発点は人間の心の本性についての検討である。
③21世紀初頭の哲学の中心問題は、人間が明らかに意識を持ち、心があり、自由で、合理的で、言葉をあやつり、社会的かつ政治的な行為者であることをどのように説明するかということである。
④「認知科学」の登場である。
⑤現在の言語哲学は、いわゆる外在主義に共通の誤りに陥っている。

 次に、心の哲学の問題は一般人と専門家では信じるもののあいだに大きな違いがある。
*一般人は二元論を受け入れている。人々は自分が心や魂と身体の両方を持っていると信じている。それどころか、身体、心、魂という3つの要素を持っているという人すらいる。
*哲学、心理学、認知科学、神経生物学、人工知能などの専門家たちはほぼ例外なく、なんらかのかたちで唯物論を受け入れている。

 いまや心の哲学が中心のトピックであり、他の問題~言葉や意味の本性、社会の本性、知識の本性~はすべて、人間の性質という、より一般的な問題の特殊例にすぎない。

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2017/04/13

想像ラジオ

779 いとうせいこうのベストセラー小説である。(河出文庫)
 東日本大震災後の比較的早い時期に、震災に関わる死者と生者の物語を紡いだ意義は大きい。
 死者の声を想像することによってラジオから聴くという設定もいい。生者の側の話も織り交ぜての章立てもよくできている。
 まさに喪失による悲しみを描いた小説である。
 仏教的世界観が色濃く反映されている。

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2017/04/11

なぜ人は学ぶのか?

5 第49回人生カフェは平成29年4月8日(土)、14名(男性7名、女性7名)の参加によって実施された。
 今回のテーマは「なぜ人は学ぶのか?」であった。
 最初に、参加者からテーマに関する自らの問いを出してもらった。
 「学びって何?なぜ必要とおもうのかな?」
 「学ぶとどうなる?」「勉強に何を期待しているのか?」「「学ぶ」ことで得られるもの、失くすもの……はあるのか?」
 「学びと勉強は違う意味?」「勉強と習慣の違いは?」
 「学ぶことは苦しいか?楽しいか?」「学ぶことの辛さは楽しさを導くか?」
 「人から押しつけられると学ぶのがつまらなくなるのはなぜか?」「「自分の頭で考える」とはどういうことか?」
 「どういう時に学びたくなるのか?」「学ぶことが大事だと思ったことはあるか?どんな時か?」
 「学びたいと思うジャンルはどう変わるのか?」「目的は学び自体か?(プロセス?) 学ぶ内容が大事か?」
 「人により学ぶ量や深さに違いが出るのはなぜか?(違いがないかもしれませんが)」「博識の人ほどより学びたがるのはなぜだろう?」「学ばない人はいるのか?」
 「役に立たないことを学ぶ意味は?」「答えのない問題をどう学ぶか?」「高度産業社会の中で、人文学(文学、哲学、歴史学、宗教学)を学ぶことの意義・意味は何か?」
 「なぜ『もっと違う考え方がある』と思ってしまうのか?」「できないこと、できなかったことになぜ挑むのか?」
 「学びのない読書は無駄か?」
 「学校での勉強は嫌い、でも人生上の勉強、学びは好きかも?習うは一生!」

 以上の中で、まずは「役に立たないことを学ぶ意味は?」という問いに注目が集まった。大学の人文系の学部が社会にあまり役に立っていないのではないかということで、廃止や縮小の対象とされてきている。果たしてこれでいいのだろうか?あまりに短期的な視点に立っての役に立つか立たないかの判断になっていないか?現在の社会の知の枠組みそのものを問う人文系の学問は長期的に見れば、大いに人間や社会の役に立つものである。

 後半は、メインテーマ「なぜ人は学ぶのか?」を再び意識して、このテーマを軸に対話を展開した。今回はホワイトボードに発言された考えを書くなど、思考の流れをグラフィカルに見える工夫もしてみた。

 なぜ学ぶのかという理由に関しては、ひとつは生物として環境に適応していくため、あるいは人間として社会に適応していくためということがあります。一方で、個人として、自由を求め、個性を発揮していくために学ぶということもある。両者は時に対立し、葛藤する。これをさらなる学びによって克服していくことはできるだろうか?

 最後に一人一人にフリップに書いてもらった。
 「気づいたこと:学びのイメージ=勉強」
 「学びのイメージは勉強のイメージが強い。好奇心で学びをするというイメージはあまりない」
 「真理は汝を自由にする」
 「遊び心(心の余裕)をずっと持ち続けていたい。「自由」のために学び(学習)をしている/きた人のことを覚えていたい」
 「「生きづらさ」と「学び」も結びつくのかぁ……! という気づきのような、再確認のような」
 「生きづらさからの解放の手立ては「学び」だけ?」
 「学びとは、何かしらの変化を企図すること」
 「全知全能ではない私たちは、学び続ける宿命なのか?」
 「思考を深めるのは楽しい」
 「自分がイメージしていた「学ぶ」とはの対話とは違っていましたが、それだけに新鮮でした。若いと思っていても、ますます高齢者の学習に近い……?!笑」
 「学びながら遊び、遊びながら学ぶ。中高年の人生カフェは私にとっての習慣なり!」
 「過学習、偏学習は専門バカにする?」
 「エントロピーを増大させない→「あこがれ」  ファシリテーション・グラフィックを勉強しよう」
 「生物学的に環境に適応するとはどんなことか」
 「「よい教育とは何か」 なぜ自己否定(苦しさ、知的好奇心の枯渇)を深めてしまう「教育」になってしまうのか。またどのような教育であれば、それを出さずにすむか。Personalisedされた教育はそれを克服することはできるが、逆に失われるものは何か?」

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2017/04/10

わたしは、ダニエル・ブレイク

778 自分だってダニエル・ブレイクのような立場になることはありえる。
 仲間が必要である。
 ヘルプを言い続けることが必要である。

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2017/04/09

超図解「21世紀の哲学」がわかる本 ③

777 現代の問題を考えていく上でのいくつかのヒントを得られた。
*可謬主義~人間の知識には誤りがある。これをベースに行動を改善する。
*エポケー(判断停止)による現象学的還元では、自明と考えていた世界の存在に疑問符をつける。その上で合意を形成するわけだから、現象学的還元は相互理解を得るための手法である。…「信憑性」があればよいし、高まればなおよい。
*カール・ポパー(写真):反証可能な理論こそが科学的である。…検証可能性ではなく、反証可能性の立場をとると、反証が出ないことにより、命題の強度、いいかえると「確からしさ」が強まる。
*言語は「恣意的かつ差異的な体系」である。

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2017/04/08

超図解「21世紀の哲学」がわかる本 ②

776 現代の哲学・思想のあらましを紹介している。
*生命圏を有機的な統一体と考え、生命全体の平等主義から自然をとらえる。(ディープ・エコロジー)
*「本質」とは、あるモノを他のモノと区別する何かである。
*統合情報理論とは、ある身体システムに情報を統合する能力があれば意識がある、とする立場である。
*ジョン・サール(写真)の「生物学的自然主義」~心や意識を自然主義的な立場から生物学的に探究する。……意識はそのあり方(いわゆる存在論)のうえでは、人に固有のものであり一人称的なものである。これは三人称的な因果関係では説明できない。つまり、意識は因果的に還元可能ながら、存在論的には還元できない。
*仮説設定の活動を「アブダクション」と言う。アブダクションは論理化が困難で、機械化が難しい活動であり、人間の創造性が発揮される活動である。

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2017/04/07

超図解「21世紀の哲学」がわかる本 ①

775 先端的な哲学のさわりを知るにはそれなりにいい本である。(中野明著 学研プラス)
 印象に残ったところをいくつか挙げておく。
*哲学とは「知への尽きぬ情熱」である。「真理を探究したい」との情熱が哲学の本質である。
*存在論→(認識論的転回)→認識論→(言語論的転回)→分析哲学→(解釈学的転回)→解釈学
*選好功利主義では、人々の幸福はその選好(自分の好み)の満足や充足にあると考える。
*ディヴィッド・チャーマーズ(写真):テクノロジーの進展により脳の働きは解明されつつあるが、物理的な実体と意識の間には、いまだに途方もないギャップが存在する。(「ハード・プロブレム」) 一方、学習や知識・記憶といった現象は「イージー・プロブレム」である。
*AIを人間の知能を増幅する装置、すなわちIA(Intelligence Amplifier)として活用する。
*人類の歴史とは、非生物的なもの、すなわち「道具」を作り出し、自らの能力を拡張する歴史だった。
*メルロ=ポンティは身体を自分と世界、自分と他者をつなぐ媒体だと考えた。媒体としての身体のサイボーグ化は、世界や他者とのつながりを拡大することを意味する。

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2017/04/06

ねむ瑠 滝野川大勝軒 たかはし

2e2304c180ed427f86589c8508dacd762c247611c9d24d9081870257f28c778705ebdfd955f74c9da8ae876abbd8795e 年度末、年度初めもラーメンだ!
左写真:本郷三丁目「ねむ瑠」濃厚烏賊煮干中華そば 3月27日 烏賊のスープは濃厚にできていて、おいしかった。完食!玉ねぎ、カイワレはとてもよかった。お肉はチャーシューではなく、これもよかった。
中写真:池袋「滝野川大勝軒」ラーメン 4月1日 スープは魚介系で、濃く、おいしかった。麺がおいしいのには感激。中太の丸麺が喉越しよく、つるつるとお腹に入っていく。つけ麺でなく、ラーメンがおいしい大勝軒だ!
右写真:新宿・歌舞伎町「焼きあご塩らー麺 たかはし」焼きあご塩らー麺 4月6日 何度来ても高レベル!焼きあごスープはコクがあるのに嫌味がなく最高!完成度の高いラーメンだ。白めしを入れて、お茶漬け風に食べるのもいい。完食して満足!

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2017/04/05

第9回東京メタ哲学カフェ

10373981_1590768911247703_768612244 この回の話題として、ひとつ「常連」の参加者のことがあった。
 常連特有の臭みといったことである。どちらかというと常連のマイナス面を捉えた言い方だが、もちろん常連にはいい面がたくさんある。哲学カフェにおいて、常連はファシリテーターと共同的・協力的な関係にある。
 私は常連が「スタッフ」化して、いくつかの役割を担うことを積極的に評価するものである。
 
 もう一つの話題として「自己顕示欲」ということがあった。自己顕示欲が強くて、哲学カフェの進行上、困った存在になる参加者の話が多く出た。
 しかし、自己顕示欲は多かれ少なかれ誰もが持っている。ファシリテーターもしかりである。それゆえ、自己顕示欲の存在は素直に認めざるを得ない。
 その上で、参加者は対等であり、お互いに協力して対話を進行しているという精神と、それを具現化したルールを尊重していかなければならない。

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2017/04/04

八代目けいすけ 蔭山樓 庄の

89d7daf4a47f4b768ffd875f73639be513585fa011fa4bfd943845548eaea1d52c4772afd4514597b8176495c2c93ef7 引き続き、「第17回 TRYラーメン大賞 2016-2017」に掲載されているお店を歩いている。
左写真:銀座「ふぐだし潮 八代目けいすけ」ふぐだし潮塩らーめん 3月20日 スープがすっきりしていて、おいしくて完食。きれいに仕上がっているラーメンである。
中写真:恵比寿「蔭山樓 恵比寿店」こだわり麺の名物 鶏白湯塩そば 3月25日 さすが定番のおいしさである。当然完食!
右写真:市ヶ谷「麺や 庄の」つけめん 3月26日 さすがのつけ麺である。少しピリ辛のところがあるつけ汁はうまい。チャーシュー、メンマの作りもいい。スープ割り後もおいしい。人気店ならではの活気もある。

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