2016/09/30

あなたは神様を信じますか?

698 「クルミドの朝もや」では、問いを出し合うことから始める。これに1時間くらいかける。
 これは本当にいいことなのか。もやもやや迷いが深まるだけではないか。
 しかし、私にとって、この時間は楽しい。他人の問いを聞くことは世界が広がる感じがある。その人への理解も進む。私自身にとっても、問いを発表することによって自由な開放感を得ることができる。(どのような問いを持ってもOKという感覚である。)
 今回はたくさん出された問いの中から、「あなたは神様を信じますか?」というテーマが選ばれ、後半はこのことについてみんなで考えた。
 神様というか、大自然、大宇宙に対して、私は人間を超えるものとして、尊崇の念を持っている。素朴に驚きと不思議の気持ちを抱く。
 これは自然で、私はいいことだと思っているが、ただ安易に神様を持ち出してきて思考停止になることには気をつけなければならないと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/09/29

5人会(平成28年9月)

697 9月23日(金)、4人の出席で行われた。
 近況報告などの後に、本日のテーマは「親切」ということであった。あまり時間を取れなかったのは少々残念であった。私が考えたことを以下に簡単に述べる。
 親切とは、単に言葉だけでなく行動を伴うものと捉えていいと思う。
 「心に残るのは千の忠告よりひとつの行為だ」(イプセン)というのもうなずける。
 心と行動がちぐはぐ、すなわち偽善ということが時に問題になる。しかし、見た目が親切な行動であれば、内心はどうであれ、それはいいことのような気もする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/09/26

自分の人生上の悩みを話すカフェ

696 第34回人生カフェは9月24日(土)、7名(男性3名、女性4名)の参加によって実施された。今回のテーマは「自分の人生上の悩みを話すカフェ」である。
 参加者一人一人が自分の人生上の悩みを一つだけ話して、それをもとにして哲学カフェを展開した。話す悩みは大きいものでも小さいものでもいい、心の悩みでも、そうでなくてもいいとした。
 主に話をしてくれたのは3名であった。(他の人たちはよい聞き役となった。)
 話のタイトルのようなものを列挙すると以下のようになる。
 「人づきあいのこと」
 「(眠っている時にみる)夢のことについて」
 「尊敬する人のこと」
 それぞれの内容の詳細は省略するが、全体の話し合いの流れは以下のようなものである。
 話をしてくれたことに対して、聞き役の人たちからまずは質問や感想を述べる。話し手がそれらの質問等に答える。さらに深めていくために、話し手が体験したことを解釈したり、分析したりする。体験事例からひとつテーマを抽出して、対話を続けていくこともある。これらはすべて話し手のことを理解・共感するという姿勢で行われる。最後に、話し手の感想を聞く。

 参加者にコメントをフリップに書いてもらった。
 「尊敬でき感謝できる人を大切にしていこうかなぁ?」
 「『ずっと心にとめて、努力を続けていくと、きっといいことがある』と信じていたい。みなさんと楽しい話ができました。ありがとうございます。」
 「人にはそれぞれの経験があり、なかなか共有する事ができないので、人生カフェに参加でき、良い時間を過ごせました。」
 「人づきあいは、相手がどうあれ、まずは自分がどんな自分で在りたいかということが大切だと思った。 限りある人生、ストレスを溜めずに自分の好きなことをしていきたい。(Iさんの夢の話から) 尊敬の念であれ、恋愛であれ、人が人を好きになることはステキなことだと思う。」
 「全体的に心地よい時空間でした。 夢の中でのメッセージをありがたくいただきたいと思います。」
 「身体で感じる?快と不快 これが哲学になる?これがなるんだよね。心理学でなくて。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/09/20

死の棘

695 今まで気になっていた長編を読み通すことができたのはよかった。(島尾敏雄著、新潮文庫)
 トシオとミホの夫婦の話である。二人とも心が病んでいる。
 それは悲劇ではあるが、そこに喜劇性もある。この二人だけの特殊な世界の話を読んで、私、自らの夫婦、家族を顧みる。そして、愛おしい気持ちになる。不思議な気がするが、いい気持ちになっている。
 この夫婦の個別性、まさに対幻想を作っている世界を私小説風に描いた。だから、自己幻想だけの私小説とは異なるすごい作品になっている。
 二人の間に、死の問題が頻繁に入り込む。それは終戦前後に、特攻隊員だったトシオと島の巫女的存在だったミホとが経験していたことへの回帰であるかもしれない。神的な要素も含まれている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/09/19

コンビニ人間

694 村田沙耶香さんの芥川賞受賞作品である。(文藝春秋)
 36歳未婚女性、古倉恵子、コンビニのアルバイト歴18年、が主人公である。コンビニに自分の生きる居場所を見つけている。
 世間とはズレていても、最近はこの種の人たちが増えてきているし、以前よりは周囲から許容されてきているのではないか。
 当人についていえば、世間からどう見られようと、自分は自分と開き直ればいいのではないかとも思う。世の中広いので、同じ種類の人間はいるもので、仲間がほしければネットで探せばいいことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/09/17

メルシー 維新 やまぐち

43c50ec2c6f24effb3b5b4694abb47a54b6761cbc8be420a8563e27011238216194fab98ed334c80a923595b22590c9a 今回はどのラーメン店も2回以上訪問している。
左写真:早稲田「メルシー」やさいそば 9月1日 もう何十回と来ている。やはりおいしい鶏ガラスープだ。好きだねぇ。この安さでこのうまさ。いいね!
中写真:目黒「麺や 維新」特醤油らぁ麺 9月3日 見た目もきれいで、おいしいラーメンだ。醤油スープがいい!チャーシュー、玉子もうまく作ってある。ワンタン3つも食べがいがある。目黒での行列店である。
右写真:西早稲田「らぁ麺 やまぐち」鶏そば 9月11日 さすが、やまぐちである。鶏醤油スープを最後まで熱く、おいしく提供している。時々食べたくなる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/09/16

俺の空 天雷軒 たかはし

2cc913a1488f4f67831b2840e0e995ceImg_0005A3322dd00b7e4a5ea46fa9fb4273f47e 引き続き、用事のある行く先々でラーメン店を訪問している。
左写真:高田馬場戸山口「俺の空」掛け豚そば(味玉子) 8月20日 私の好きなラーメンである。豚がいい。そのスープがいい。細麺なのがいい。味玉子もよくできている。刻んだ玉ねぎがいい。完食である。
中写真:九段下「天雷軒」琥珀醤油拉麺 8月21日 お店一番人気のラーメンだが、これはおいしい。スープが最後まで熱い。琥珀醤油なるもののコクと旨味が味わえる。縮れ麺もいいね。チャーシューは柔らかい。白髪ネギ、そしてその上に乗っている鰹節粉が面白い。完食。
右写真:歌舞伎町「焼きあご塩らー麺 たかはし」焼きあご塩らー麺 8月25日 これは私の好きなラーメンである。麺とスープの絡みもいいし、スープが特においしい。ご飯を最後に入れるとよかったと思った。歌舞伎町で一番だ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/09/15

春日亭 藤しろ 蔭山

C8c4e26706884124b52290ab15aea33383b2e6ced5cf47a29ad0dfb29cde92e91dac2776df2a4b60bfc5651db943fb8f 最近は用事で行った先々で、おいしそうなラーメン店に入ることが多くなった。だからリピートしている店もある。
左写真:小滝橋通り「春日亭」炙り鳥豚油そば 8月7日 油そばの中でも穏やかな味で、胃に負担もなくおいしい。鳥豚の肉もマッチしており、野菜多めにしてもらったのもよかった。麺もソフトな味でいける。割りスープもいい。完食。
中写真:目黒「麺屋 藤しろ」味玉鶏白湯つけ麺 8月13日 再訪。藤しろは鶏白湯ラーメンの方がいいと思った。(ラーメンはおすすめである。) 玉子はおいしかった。
右写真:高田馬場東側「鶏白湯麺 蔭山」鶏白湯麺塩そば 8月14日 何度も訪問。濃厚鶏スープは最高!レモンを入れて、〆のメシを入れて、しっかり完食!野菜もいい。何度も食べたくなるラーメンだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/09/13

論理と感情とは何か

693 第33回人生カフェは平成28年9月10日(土)、12名(男性6名、女性6名)の参加によって実施された。
 今回のテーマは「論理と感情とは何か」である。
 自らが関心のあるところの、サブテーマに当たるものを参加者からいくつか挙げてもらった。
 用語の定義等に関すること:「論理とはそもそも何?」「感情とは喜怒哀楽のことでしょうか?」「論理、論理的、感情、感情的、理性、感性のイメージは人によって違うのでは?」「感情⇔理性 は対語ではなく、補完関係にあるのか? 人は未来、感情・理性がどう変化していくのか」
 論理と感情の性質等に関すること:「論理はある程度の時間を要するもの、感情は瞬間的に理屈抜きで作られるものではないか?」「論理は合理化か?感情は発作か?」「論理と感情の境界(線)はあるのか?」「男女の差はあるのか?」「暴力性は?」
 論理と感情、どちらか?:「「論理的」は「感情的」より知性が上なイメージだが、本当にそうか?」「どちらが説得力があるか?(論理と感情、どちらにうったえるべきか?)」「判断に迷った時、(あなたは)どちらを優先させるか?」「どちらにも決められないとき、どうしたら良いのか?」「両者がけんかした時に、最後にどちらが勝つか?」「トップに立つにはどちらが良いか?」

 参加者から指摘されて思うに、確かに「論理」という用語は捉えにくい。「感情」に対しては、「理性」とか「思考」と言った方がまだ分かりやすいかもしれない。今回の「論理」という用語は、要するに理屈や筋道を立てて考えることを指している。
 対話は、欲求や欲望、さらには価値や目標など抽象度の高い話まで発展した。
 そこで、いったん具体的な体験事例を話してもらう第2部に移っていった。そこで出た事例の見出し:「短気で、感情的で損をしたこと」「妻が感情的な共感を求めていたのに、夫が論理的に説明してしまったこと」

 フリーに対話を展開した後、最後に各自フリップに書いてもらった。
 「論理と感情とはよく分からない!感情をおさえず、素直な自分を表出していこうかなあ?」「心はコントロールできない」「論理(理性)と感情はバランスが大切。どちらかに片寄りすぎるのは問題である」「論理(理性)と感情とはバランスが大切」「相手の感情を受けとめる、おしはかる⇒ことを全くしないで理論で攻めるのは暴力。 相手の感情を受けとめる、おしはかる⇒ やりすぎるのもどうか」「『暴力』と『共感』」「国際平和と○○モンスターの増加について 許容されない社会、格差社会、閉塞感、明日の見えにくい混沌とした未来、様々な要因から他罰的な考え、弱者への攻撃 ~感情と論理のバランスと補完~」「「論理と感情とは何か?」という難しいお題で、特に答えが出るわけではないが、いろいろと話したり聞いたりできて良かったです。答えを出すのではなく、とりあえず話す聞くということの効果を知った気がします」「人生(哲学)カフェでは話を聞いてもらえる。そして、人の話も聞ける。そんな「場」がこれからは必要なのかも……」「今はただ祈るだけ」「人生カフェは感情の面にも注目します。(他の哲学カフェとの違い)」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/09/12

SPY スパイ

692 メリッサ・マッカーシー最高! これは面白い、笑っちゃう。彼女の身のこなしもいい、動きがいい!
 007のパロディなのだが、下ネタを含む下品なギャグが満載。これが時々ツボにはまる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/09/11

君の名は。

691 いい映画(アニメーション)だと思う。特に若い人たちにはインパクトのある、ジーンとくる映画だと思う。
 出会いはある。最愛の人はこの世にいるということを示している。そして、その出会いは、時を超えて、場所を超えて、感応し合うことによって生じる。そこに男女の神秘的な愛がある。
 ストーリーもよくできている。すい星という題材はファンタジー的でもあり、現実的でもあり、面白い。東京の街の描き方にも共感を覚えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/09/05

ひとそれぞれ

690 「それぞれ」の反対語は「そもそも」?
 ひとはそもそもそれぞれだ。ひとりの人間としてみたら、それぞれだ。死ぬときは、その人が死ぬのであって、誰も代わってくれない。
 それぞれでないことを考えるのは、人は一人では生きていけないからだ。共同体を作るからだ。その共同体の中での事柄については、共通の意味合いを持った言語が便利だ。そもそものところが共通していると共同体は安定していて維持しやすい。
 私が運営している哲学カフェ(人生カフェ)では、ひとそれぞれからスタートする。それから、そもそもを探求する。ときに、それぞれとそもそもの間を往復運動する。そして、最後にまた、ひとそれぞれになることで終わる。このパターンが多い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/09/03

後妻業の女

689 観客に中高年、しかも男性が多いというのは珍しい。
 私と異人種過ぎて、あまり面白くない。笑えない。可哀想な気がしてくる。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/08/30

哲学プラクティス連絡会第2回大会

688B0068572_01020626  哲学プラクティス連絡会第2回大会が、8月27日(土)、28日(日)に立教大学で実施された。150名参加で盛況であった。
 私も、その中で、東京メタ哲学カフェのメンバーとして、プレゼンテーションとブース展示発表に参加した。テーマは「市民の市民による市民のための哲学カフェ」である。
 充実した時間を過ごした。とてもいい経験になった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/08/26

ジャングル・ブック

687 ジャングルの動物世界において、ありえないようなストーリーを作っている。これも人間世界の投影であり、思いっきり擬人化されているとも言える。ファンタジーとも言える。
 何よりもディズニーの技術力がすごい! CG、モーション・キャプチャーなどにより、超リアルである。これにひたすら感動する。今の時点で最高の水準であろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/08/24

カント 永遠平和のために

686 100分de名著で、萱野稔人さん(津田塾大学教授)が解説してくれた。
 今回改めて学んだのは、カントいうところの道徳についてである。
 カントは道徳を内容の面からは捉えてはいない。(内容とは「嘘をつくな」とか、「物を盗むな」とか)
 道徳を形式の面から捉える。カントのいう道徳の形式の原理とは、「汝の主観的な原則が普遍的な法則となることを求める意志にしたがって行動せよ」ということである。普遍的とは、誰もが認めることということである。
 これはできるとかできないとかといった話ではなく、原理的に言い当てている。

 また、公平性を作り出すために、知性によってルール(法)を作り出すことを述べている。その公平性を担保するためにも公開性は必ず必要である。そして、法に対する無条件の尊敬を求めている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/08/23

普通とは何か

Imagesafqknz16 「普通」は「普遍」と異なって、時代や地域によって変わっていくところに特徴がある。
 そういった意味では、「常識」と似ている。ただし、語感としては、常識の方が社会性が濃く、普通というのは個人の興味、関心、価値観など、個人の感覚に寄った言い回しになっている。
 現在、若い人たちが、普通とかフツーとか言うことが多くなったのはなぜだろう。
 一つは他人への配慮より、おのれの感覚を重視する傾向があるということである。だから、普通と感じたら、遠慮やお世辞を使わずに、そのまま表現してしまう。自己中心的とも言えるし、自分を大切にしているとも言える。
 一方で、現実的には格差社会の中で、普通に生きていきたい、暮らしたいという気持ちの現れとも取れる。せめて、普通のレベルにいたいというのもあるだろうし、変に目立って社会から振り落とされないようにしたいという気持ちがあるかもしれない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/08/22

いい言葉は、いい人生をつくる ②

685 第32回人生カフェは8月20日(土)、5名(男性2名、女性3名)の参加によって実施された。
 今回は、『いい言葉は、いい人生をつくる』(斎藤茂太著、成美堂出版)の読書会のような形式をとった。この本を取り上げるのは5月に引き続き2回目である。

 参加者が印象に残った個所を列挙する。
 「真の友は最大の財産であり、また、最も得がたい財産である。」「本当に信頼できる友だちや味方は、どんな宝物にも負けない人生の宝なのだ。」 (これらから「友だち」の話がいろいろ展開した。)
 「子どもは大人のやることを見よう見まねで試みては失敗し、「どこがいけなかったのだろう」と失敗をバネに、何回もチャレンジを繰り返していったのだ。」「うつの患者さんには、いわゆるエリートコースをひた走ってきたまじめ人間が多い。こういう人の特徴は、反省好きなことだ。過ぎてしまったことをクヨクヨと悩み、ああすればよかった、こうすればよかったと反省ばかりしている。」 
 「悪いできごとは、最悪を避けさせるシグナルなんだよ。」
 (これらから、「失敗」や「反省」などについての話がいろいろ展開した。)
 「頭で考えるな。肌でつかめ。」「「ありがとう」を多く言うと、ストレスが少なくなる。」 (これらから、「ありがとう」や「感謝」などについての話がいろいろ展開した。)
 「ビジネスライクとは、心の軽視ではない。」

 ひとつの文章から話が様々に広がっていくのが楽しかった。例えば……
 「反省」というより、「ふりかえり」という言葉の方がいい。
 「ありがとう」と「ありがとうございます」との違いと共通点について。
 「悩む」のではなく、「考える」~「疑い」から「問い」、そして「考える」

 また、この本のよいところだけでなく、問題点なども指摘することによって、この本を客観的に捉えようともした。これも何人かの人と本を読むことによって得られる面白さである。

 最後に一人ずつフリップに書いてもらって発表した。
 「もう一ランク上のよいセリフを考えてみる。(前もっていくつか考えてみる。)」
 「(今日一日を)「反省」するのではなく、「ふり返って」みよう!! 悪いことばかりの一日じゃない。いいコトもあったよね。」
 「ありがとう ありがとうございます 感謝の気持ちに変わりなし。ふりかえりながら、考え、疑い、信じようかなぁ?」
 「今後は他人に対して、「ありがとう」を言えるようにしたい!」
 「本の中の短い言葉から、どんどん広がっていき、お互いに考えあう、楽しい時間をすごせました。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/08/19

暗室

684 昭和45年(1970年)、吉行淳之介46歳の時の作品である。
 当時としては、斬新であり、文学史上も意味のある作品かもしれないが、今から読むと、性的描写にしろ、男女の関係にしろ、陳腐で古臭い。
 今から見ると、どうでもいいような男であり、女である。
 吉行淳之介のおかげかもしれないが、それだけ時代がこの面ではいい方向に進んだのである。
 断片的に挿入される不気味なエピソードは面白い。
 また、身体的・精神的病と性的なものとの関連については少しく考えた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/08/16

シン・ゴジラ

683 単なる怪獣映画ではない。人間の方、その群像を描いている。
 日本の国というものを考えさせられる。この時期だから、ゴジラをいろいろなものに想定できる。原発、核、テロ、戦争、巨大地震、津波……。
 政府という大組織といったものについても考えさせられる。実際に硬直化した組織になっているのだろう。
 私の住んでいる東京という街についてもリアルに考えさせられた。巨大地震がきたら、ゴジラと同様な被害が発生するのだろう。
 単なる怪獣映画ではないから、ウルトラマンのようなものが登場して力でねじ伏せるというやり方はできない。ある意味ちまちました解決方法だった。
 その方法を考え出したチームからして、現代の日本のオタク集団のようである。だから、ニッポンらしいし、「ニッポン対ゴジラ」というキャッチは合っているのである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/08/13

しみる 真武咲弥 一誠

Dsc_0695842d7470d7ca44458c135f8fc01138c8__4876bfcda32a849b4b1403f77d51770fa_2

左写真:目黒「麺屋 しみる」煮干しらーめん 7月9日 煮干しにショウガも入れて、インパクトのあるスープだ。きれいに盛り付けしてある。チャーシューは固めだが、食べ甲斐がある。メンマ、ネギはいい。
中写真:渋谷「炙り味噌らーめん 麺匠 真武咲弥」炙り味噌らーめん 7月14日 ここの味噌ラーメンは好きだ。スープの濃さとコクがちょうどいい。ショウガも効いている。メンマ、モヤシ、ネギもよかった。
右写真:高田馬場西側「らーめん 一誠」背脂入りらーめん 8月3日 スープがうまい。とんこつがクリーミーなのがいい。スープが最後まで熱くておいしい。モヤシも効いている.。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/08/09

帰ってきたヒトラー

682 私は笑えない。
 映画はフィクションだから何でもできるが、そこのところがずるい。
 現実の問題が重い。特に、難民問題、ネオナチ、右翼化など。
 鈍感になっていないか? 社会が劣化していないか?
 何人かで話をする、対話をすることの意義を感じる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/08/08

宗教・哲学・科学とは何か

Imagesw4xfp1ie  第31回人生カフェは8月6日(土)、11名(男性6名、女性5名)の参加によって実施された。
 今回のテーマは「宗教・哲学・科学とは何か」である。
 自らが関心のあるところの、サブテーマに当たるものを参加者からいくつか挙げてもらった。
 宗教に関すること。「宗教→教えをこうということでしょうか?」「宗教は精神安定剤?」「やがて宗教はなくなるのだろうか?」「宗教はぶりょくとなるか?」「なぜ宗教であっても、組織となると本来持っていた目的が変わるのか?」
 科学に関すること。「やがて科学で全てがわかるようになるだろうか?」「科学は「世界」の仕組を発見し、「説明」する行為 でも、「世界」≠「説明」?」「科学は人を動かすようになるのであろうか(人工知能)?」「なぜ現代は科学がもてはやされるのか?」
 哲学に関すること。「哲学は、そもそも「世界」は何かを考える。でも、現在の主戦場は「人間世界」?」「哲学もどんどん変わっているのに、哲学を論じるときに、なぜひとくくりにされることが多いのか?」「哲学は科学の暴走を止められるか?」
 三者全体に関すること。「哲学・科学・宗教がバランスよく機能するのに何が必要か?」「哲学、科学~学ぶということでしょうか?」「宗教と科学は対立していると思うが、哲学はどういう立場にあるのか?」「哲学は科学と宗教を含む?」「宗教・哲学・科学は未来に統一(融合)されるか?」「宗教・哲学・科学の関係性はどう変化するか?」「なぜ宗教・哲学・科学に魅かれる人・魅かれない人に分かれるのか?」「宗教・哲学・科学 いずれも生きていく上で大切なもので、結局目指す方向は同じではないか?」

 まずは、宗教と哲学を比較してみる。
 どちらも世界や人生の意味・価値を取り上げるものであるが、宗教は答えを信じることが基本にあるのに対して、哲学は疑い問うことが基本にある。宗教は物語で説明し、哲学は概念(用語)で説明する。
 次に、科学と宗教を比較する。
 どちらも問いと答えの連鎖の中で、万人が認める確実なものを目指すが、科学は実験・観察などを通して五感で把握できる事実を土台とするのに対して、哲学は言語を使って、概念を土台として意味や価値を追究する。
 以上は教科書的な説明であるが、これらを踏まえて、哲学とは何かを対話を通してさらに探っていく。
 哲学とは、あるテーマについて、その「そもそも」を語ることであり、共に納得できる考え方を見つけていく、誰にでも開かれた言葉の空間である。そのような感覚を持ちながら、現代的なテーマと関連して対話はsらに続いた。
 現代は、①人工知能・ロボット ②生命(遺伝子操作、脳のことなど) ③環境 のことなどが将来的な課題としてよく取り上げられる。人類はどのような道を進んでいけばいいのだろうか?それぞれの課題において、倫理的な問題が横たわっている。これらに哲学の力は必要なのではないか、といった話になっていった。

 最後に、参加者にとりあえずの結論、感想、新たな問いなどをフリップに書いてもらった。
 「哲学とは何かがわからなくなりました」「言葉に表せない多くのモヤモヤを手に入れることが出来ました。最近モヤモヤは大切と思っているので、有意義な時間でした。ありがとうございました。」「哲学・宗教・科学について定義がなく議論されるということでどうなのだろうという思いでしたが、逆にさまざまな意見が聞けてエキサイティングでした。」「哲学・科学・宗教 無知な私には難しかったが、生きていく上で大切なことだと思いました。」「今日は哲学の外部にあるもの(お金、権力、欲望など)を新たに意識しました。」「科学もまだ発展途上であり、万能ではないと思うので、人間は思いあがることなく、常に哲学的視点に立ち返ることや、宗教とはまた違うが、人間の理解の限界を超える力(宇宙的な)の存在を認識すべき。」「科学はつきつめると哲学と切っても切れないと思うが、それを使う人が暴走するのは疑問や意味や価値では止められないと思うので、そうすると止めるのは政治か経済か。案外宗教かも。」「宗教・哲学・科学は、(+と-)相互補完され、それぞれの強みを十分生かされなければ、人類に未来はないと思いました。(現代は人類の分水嶺)」「哲学・科学・宗教について、それぞれは「思考」のため、問いに応じて使い分けすればいい!」「進化の過程には「哲学」が存在する」「新たな問い 科学の道具として生まれた数学は「実世界」を越えて発達してきた。「数学」って何?」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/08/04

ブルックリン

681 1950年代、貧しい国アイルランドの若い女性が一人でアメリカに渡る。ニューヨークのブルックリンはアイルランド系の人たちが多い街ではあるが……。
 脚本、演出がよく、なんといっても主演女優のシアーシャ・ローナンがぴったりの役で、いい作品に仕上がっている。
 国、故郷を離れるということ、これは私にはよく分からないことではあるが……。
 アイルランドでの女店主以外は、故郷でも、ブルックリンでもいい人たちが多い。そう、母もいる故郷に長く住んでもよかったのだ。
 しかし、新しい世界で生きることを決意した。今までとは違った新しい人生を歩むことにした。うまくいくとは限らない。だけれど、守りに入らず、飛び出した。これが若さというものか。
 イタリア系の移民の男性と結婚するということも冒険だ。これも新しい世界だ。
 これからどうなったのだろうかと想像をしたくなる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/07/25

自立とは何か?

680 自立とは、教育の目標である。
 子どもが自立できるようにしていくのが教育である。それは子どもの社会化であり、個性化でもある。社会化とは子どもが社会の中で生きていく術を学ぶことであり、個性化はその社会の中で自分自身の個性を実現していくことを学ぶことである。
 そういうことからすると、自立とは大人になることとほぼ同じ意味になる。
 自立とは、完全な孤立を意味するのではなく、大人として生きていく上での適度な依存関係を含むものである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/07/24

感動とは何か?

679 第30回人生カフェは7月23日(土)、12名(男性5名、女性7名)の参加によって実施された。
 今回は当日参加した人で対話のテーマを決めていくというものである。最初に各自が最近感じていること、考えていることから問いを出してもらった。これによって参加者が興味・関心のあるところをお互いに知ることができる。
 具体的でユニークなテーマ:「『実家』とは何か?どこにある?心?場所?」「お墓は必要か?」
 若干抽象的なテーマ:「『死』とは何だろう?」「無常感とは?」「運とは?」「『正しい』とはどういうことか?(倫理?)」「仕事とお金とは何か?」
 人との関係に関連すること:「人づきあいとは?」「強い(上の)立場の人の影響を受けてしまうのはなぜか?」「やさしさとは?」「ひとはなぜうわさをするのか?」「感動することは必要か?」「『ジイさんらしくなる』とはどういう事か? 年齢を重ねるとどうなるか? 外見以外~考え方、趣味、志向~」「人生(哲学)カフェでの対話とは何だろう?」

 これらの中から、今回のテーマは「感動とは何か?」に決定した。
 サブテーマや体験事例を出してもらいながら、メインテーマを考えていった。
 「感動は必要か?」
 「感動を押し付けられるとは?(イヤだ!)」「『感動する』ことを強制(押しつけ?)られることはないか?」
 「『感動』できる自分が嬉しい」「思った事がかなったときの気持ちでは?」
 「『感動』は人(自分)を動かす動機になるか?」「感動を与えるもの(自然の営み、人のやさしさ)のその本質とは?」「感動のコミュニケーションとは何だろう?」
 「感動するポイントの違いは?」「感動の大・小とは何か?」「変わる感動・変わらない感動 そのちがいはナンダ??」
 「不適切なコトバ(表現) (不正確な)(期待に合致しない)」

 最後に、今日のところの自分なりのとりあえずの結論や感想、あるいは新たな問いをフリップに書いてもらった。
 「感動→広い意味で「心が動くこと」なら、この先もずっと感動できる人生を送りたいなぁ……」
 「感動する心を持ち続けたい→これからも変われる(成長できる)?……」
 「感動とは自分で思う事を表現できる気持ち 人との出会いに感謝 心が動く事かなぁ」
 「自分の感動を大切にする。ていねいに生きる。他人の感動に共感する。ただし、巻き込まれないようにする。」
 「感動は意図的なものから生まれるものではなく、予知されない状況から偶発的に生まれる感情で、対象(物)が在ってこそ成立するもの。感動は死ぬまでしていたい。」
 「『感動』があって身体が動くところがある。自分と他人に災いをもたらさないよう、もう一度考え(合って)みよう。(一人で、みんなで)」
 「わたしに適った感動がある!」
 「思考すること(哲学対話・哲学カフェ)は感動の手段かな…?」
 「(感想) 長野からわざわざこちらの会に来ていらっしゃる方がいることに本当に感動しています。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ザ・マジックアワー

678 三谷幸喜が監督・脚本のコメディである。三谷幸喜としては4作目に当たる2008年の作品である。
 佐藤浩市と西田敏行の二人の掛け合いがかなり笑える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/07/19

月・こうこう,風・そうそう

677 別役実の新作である。
 女優陣だけみても、和音美桜、松金よね子、竹下景子等々とかなり揃えている。
 『かぐや姫伝説』より、となっているが、そこは別役実である、換骨堕胎されている。例えば、おじいさん、おばあさんは実は人買いだったというようなこと。
 暗喩らしきものが飛び交い、解釈がいくつもできる、人物やストーリーのつながりがつかみにくい。その当たりを楽しむ演劇であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/07/17

猟銃

676 井上靖の昭和24年の処女作である。
 ひとりの男の13年間にわたる不倫の話である。妻、愛人、愛人の娘からの3通の手紙によって、その心理が描かれる。
 42歳の男性として、それは大した創作力である。物語を作る構成力と表現力はさすがである。
 その後の井上靖の作品とはイメージが異なるが、その創造性は当初から備わっていたことが分かる。
 不倫や女性の描き方に、今から見ると古さを感じるにしてもである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/07/15

没後百年総特集 夏目漱石

675 今年は夏目漱石没後百年だから、このような本は出るべくして出た。奥泉光さんが責任編集である。
 面白いのは、石原千秋さんと小森陽一さんとの対談である。漱石研究者の中でも私がいいと思っている二人である。
 『文学論』から漱石文学を見渡しているというのも、私が今まであまり踏み込めなかった領域である。
 『文学論』は読者論であると言い切っている。その『文学論』が漱石の前期から後期へかけて、すべての作品に渡って背景にあり、影響を与えている。
 漱石文学を貫くのは、『両性的本能』というものである。すなわち、セックスのことであると言って、対談の最後の方が盛り上がるのも楽しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/07/11

心とは何か

663 第29回人生カフェは7月9日(土)、11名(男性4名、女性7名)の参加によって実施された。
 今回のテーマは「心とは何か」である。
 自らが関心のあるところの、サブテーマに当たるものを参加者からいくつか挙げてもらった。
 「動物にも心はあるか?」「(人間以外で)生き物すべてに心はあるのか?」「人間以外にも心はあるか?」
「他人には心があるのか?」「AI(人工知能)は将来心をもつようになるか?」
「人(自分)の心を理解できるのか?」「心を通い合わせることは可能か?」「あたたかい心・つめたい心とは?」
「『こころ』はいつ私に生まれたのか?」「心は年齢(とし)をとらないのか?」「心と魂は同じか?」
「心の場所は身体のどこか?」「心の動き(感情)を見ているのは誰(私?)か?」
次に、心に関しての各自の体験事例をいくつか話してもらった。(タイトルだけを掲げる。)
「以心伝心のこと」「『あなたには心がない』と言われたことがある」「『あなたは心があたたかい』『あなたは心がつめたい』とそれぞれ言われたことがある」「ベテラン相談員から言われた言葉」「カラスの集団行動」……
 フリーに対話する中で、いくつかの話が出てきた。
 心といえば、「感情」のことを思い浮かべるのは自然なことである。ただ、心の働きとしては、「知・情・意」の3つの面があることは押さえておきたい。そして、心は価値として、「真・善・美」の3つを求めている。
それでは、そもそも心は何のためにあるのか? 「自己保存」のために脳が作り出したものかもしれない。種としての「人類保存」のためと言っていいかもしれない。また、他人とのコミュニケーションをするために必要だとも言えるかもしれない。
最後に参加者からひと言をフリップに書いてもらった。
「『心は何のためにあるのか』→『人生』につながる。脳科学、医学、人工知能の発達により答えが導き出されるのか?」「心とは、感情を中心に据えながらも、自分を動かす総合的な力と捉えたい」「心=その人そのものかな?」「今の私にとって、心とは…? 感覚(違和感)と感情(気持ち)と思考(言葉)を大切にすること!」「感情、意志、知識、思いやり→心とは大事なものと思いました」「人間は厄介だ」「(感想) 言葉(思考)で人間同士がわかりあえれば(心が通じ合えれば)いいなあ…」「心は複雑怪奇。無心になりたいが、それはまたさらに難しそう」「いつもは全く存在を意識しない『心』 深く考える事も有意義か?」「心は理解できない (心って何だろう?という疑問がさらに深まりました)」「いろいろ考えさせられることがありましたが、今まで分かっていると思っていたこともよく分からなくなってきました」 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/07/07

第2回東京メタ哲学カフェ

Dsc_0694  第2回東京メタ哲学カフェは平成28年7月3日(日)13:30~17:00に新宿区高田馬場で実施された。
 参加したのは、人生カフェ、ねりまの哲学対話“ねりテツ”、ヨコハマタイワ、対話の実験室@公-差-転、夜の対話カフェ、あたまの中を散歩するてつがくカフェ、対話カフェTokyo~Yokohama 、竹林茶話会、はなこ哲学カフェ、その他の11の会、合計12名(男性8名、女性4名)である。お子さん2名も一緒にいた。
 前半は、自己紹介、会の紹介などを順番に行った。これによって、はじめての人との顔合わせ、お互いの活動の情報交換ができ、自らの会の運営の参考とした。
 後半は、「哲学とは?対話とは?哲学対話とは?」というテーマである。
哲学カフェとは哲学対話を行う場と一応定義できるわけだから、最終の問いは「哲学対話とは?」ということである。だが、まずは「哲学とは?」と「対話とは?」の2つの問いに分け、参加者それぞれが自分にとってのとりあえずの答えをフリップに書いてもらった。(同じ番号は同じ人が書いたものである。)
「哲学とは?」
① 1から問い、考え、普遍性を探求すること
② 本質を追究する学問
③ 対話をとおして、(1)気づきを得ること (2)知を深めること
④ 自身の価値観のこうちゃく化を防ぐためのゆさぶりである
⑤ 反哲学
⑥ ギモンから真理をさぐりだすこと
⑦ 自分 に/を 問うこと
⑧ 問いつづけること 
⑨ なぜ?
⑩ 大発見!  救いになるコトもある……カモ 
⑪ 探求している  み~つけた!! 
「対話とは?」
① 複数の人たちが異なる考えを語り合い、相互理解を深めること
② 意見の相違を根本から追究する行為
③ 多様な意見を大切にするコミュニケーション技法
④ 私にとって対話とはOS(オぺレーティング・システム)である
⑤ 一人称単数の、その先
⑥ 他者と一緒に探求する方法の一つ
⑦ 他者の考えを共有し共感すること
⑧ 話し、聞きつづけること 
⑨ (こう思ってるんだけど)聞いて!
⑩ 「分からない」事を前提として話すこと 相手への思いやり
⑪ 自分の考えがある時間

 世代差、男女差が出ているかもしれない。何よりも個性が出ている。
 ゆるやかにまとめてみると、行為としては、哲学では「問う」ことが、対話では「聞く・話す」が中心のようである。哲学では「原理(本質)」「論理」などが重視され、対話では「理解」「共感」などが重視されているようである。そして、対話においては、自分だけでなく現実に「他者」が存在していることの意味は大きい。
 それで、いよいよ「哲学対話とは?」である。
 哲学対話とは、「哲学+対話」なのか、「対話+哲学」なのか。哲学と対話が重なる部分を単純に指しているのではなさそうである。それではいったい何なのだろう。(実際の現場では、哲学のよさそうなところと対話のよさそうなところを自分なりに適当にミックスして運営している、それでいいのではないか、という意見があるのもうなずける。)
 「哲学→対話」(哲学から対話へ。哲学が対話を求めている)と「対話→哲学」(対話から哲学へ。対話が哲学を求めている)、この2つのベクトルが参加者の出自によって微妙に異なって現れているのを感じた。(これも実際の運営上は、哲学と対話が適宜往復運動をしており、渾然一体となっている、すなわち「哲学⇔対話」といったところであろう。)
 哲学、対話、それぞれのメソッド(方法)、テクニック(技法)の話題は、それほど深められなかった。メソッド、テクニックは、哲学や対話の目指すもの(目的)とどう関わるのか? そもそも哲学対話においてメソッドやテクニックはどれほどの意味合いがあるのか?
 
 哲学カフェらしく(?)、もやもやのまま終了した。これが次回以降につながるエネルギーとなる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/07/05

おめでとう

673 「おめでとう」は、相手との関係性によっては、相手へのプレッシャーになることもある。だから、関係性が先にあって、関係性によって、おめでとうの意味合いは変わってくる。そこは注意したいところである。
 しかしながら、おめでとうが持っている相手へのメッセージ性は捨てがたい魅力である。単なる自分が感じたことというものを超えた強さを持っている。
 おめでとうは、何かをお祝いしている。ともに喜ぼうとしている。このお祝いとは何だ? その共同体での価値観、もっと言えば、宗教性も感じる。
 私としては、それなりに「おめでとう!」と素直な感情を伴って発し、それが慣用句ゆえの思考の停止を体験して(この体験はそれなりに快感だ)、その後また、新たな思考を始めようと思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/07/04

デッドプール

671 マーベル版のアメコミお笑いヒーローの登場だ。
 ボケとツッコミがほどよく入る。観客へ向けての裏の声(心の声)が随時入る。これである種のリアリティが生まれている。
 アクションの切れがよいので面白い。また、愛の物語として一貫しているので、それはいい。
 しかし、私は暴力、人殺しは嫌いである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/07/01

新カラマーゾフの兄弟 下巻 ②

670 亀山郁夫さん(写真)による『カラマーゾフの兄弟』の父親殺しの真相解釈はさすがである。
 長男ミーチャには父親殺しへの生理的(動物的)な動機はあった。次男イワンは使嗾し、三男アリョーシャは黙過した。父フョードル殺害の実行はスメルジャコフである。この解釈は鮮やかであり、私としては納得のいくものである。
 アリョーシャ、この『新カラマーゾフの兄弟』では、黒木リョウであるが、素晴らしい人物に描かれている。私も感動した。『新カラ』でも、ラストはとても印象的でいい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/06/30

新カラマーゾフの兄弟 下巻 ①

669 やっと完読できた。読むのに苦労した。
 まずは、少し批判的なことを書く。
 「Kの手記」なるものは、やはり著者が自分のことを書きたかったのではないか。自己満足的、自己陶酔的なところがある。フェイスブックで自分のことを書いているような描写でもある。
 最後のあたりはいい面もかなり感じたのだが、それまでの途中の章がつまらなく感じることが多かった。一言で言えば、作家として面白く読者を引っ張っていく力量がないのである。ドストエフスキーに比べようもない。
 キャラクターの面白さ、それぞれの人物の心理の面白さ、ネタの面白さ、ストーリーの面白さ、どれもドストエフスキーのあの強烈な筆致には及ばない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/06/29

ルソー 『エミール』 ②

666 ルソーからカントへの影響のところを最初に記録しておく。
*カントはルソーを踏まえて、〈神の存在、自由意志の存在、魂の不滅は、理性によって合理的に証明できるものではないが、人間がよく生きようと欲する限り、それを信じないわけにはいかなくなる。そういう種類の事柄だ〉と考えた。これが「実践理性の要請」と呼ばれる論理である。
 ルソーの考えに戻る。
*自分で自分をコントロールするときにこそ自由がある。〈欲望に支配されず、義務・美徳をめがけて生きることにこそ自由と幸福がある〉とルソーは繰り返し述べている。
*自分を愛することも大切だし、個人的な楽しみも大切である。でも、自分を大切にしながら、他人を幸せにするように生きることの喜びをルソーは語る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/06/28

ルソー 『エミール』 ①

665 NHKの100分de名著で、ルソーの『エミール』を取り上げてくれた。解説が西研さんで、ポイントを押さえて、分かりやすく、とてもよかった。

*〈文明が発達した相互依存的な社会の中では、人は自分を、名誉・権力・富・名声のような社会的評価でもって測るようになり、そしてまわりの評価にひきずりまわされる。それでは自由とはいえない。そうではなくて、自分の必要や幸福をみずから判断して「自分のために」生きられる人間こそが真に自由な人間だ。〉 こうルソーは考えた。
*ルソーが『エミール』で課題としたのは、「自分のため」と「みんなのため」という、折り合いにくい二つを両立させた真に自由な人間をどうやって育てるか、ということだった。

*自分の利益を捨てて善行をなせ、と命ずるのではなく、自分の余った力を他人にふりむけよ、とルソーはいう。だから、善行をなしたときに、「よいことをしてあげてよかった。自分は悪い人間ではないのだな」と思うことも偽善ではない。そうではなく、善行は「自分はよいことをしている」と思えるときの「喜び」に支えられて成立する、というのがルソーの発想である。喜びや快楽を大事にするルソーらしい発想である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/06/27

自分の人生上の悩みを話すカフェ

664 第28回人生カフェは6月25日(土)、5名(男性3名、女性2名)の参加によって実施された。今回のテーマは「自分の人生上の悩みを話すカフェ」である。
 参加者一人一人が自分の人生上の悩みを一つだけ話して、それをもとにして哲学カフェを展開した。話す悩みは大きいものでも小さいものでもいい、心の悩みでも、そうでなくてもいいとした。

 一番目の人は、これからの転職に関する話をした。新しい仕事の内容やトレーナーとの関係が気になるなどの話が出た。
 他の参加者からは、気負わない、うまくできるかどうか考えない、「無」や「只」の気持ちなどについての話が出た。また、「仕事」や「お金」の話に発展した。
 二番目の人は、「仕事」の話を受けて、現在行っている自らの仕事や活動についての話をした。賃労働や市場とは異なる、「commons」「入会(いりあい)」「結(ゆい)」などの話が出た。
 他の参加者からは、その理想とやりがいを支持・共感する思いが表明された。一方、現実性はどうかとか、本人が本当に納得しているのか、という感想も出された。
 三番目の人は、他の会合でのことだが、20代の男性が「人間関係には期待していない」と発言したことに、「さみしいなぁ」と感じたことを話した。
 他の参加者からは、人間関係が煩わしい、人間関係で傷つきたくない、という気持ちが、人間関係には期待していないという発言に現れているのではないか、という感想が出た。それは、かわいそうなことでもある。ここから、他人とのつながりのことや、「分かり合う」とはどういうことか、といったテーマが抽出され、対話を展開した。
 四番目の人は、相談をされたときの対応についての話をした。その人は、感情に着目することや、解決したいのか・話を聞いてほしいのか、相談に来た人にどの程度介入するか、といった点に注意するといった話をした。
 他の参加者からは、まずはよく聞くこと、相手のニーズに注目すること、相手に対する思いやり、自分にも正直であること、そして何よりもお互いの信頼関係が大切だというような話が出た。

 このカフェで悩みに対する完全なる解決策、答えが出ることは期待できない。哲学カフェだから、「問う」ことを大切にする、そして悩むよりは考え続けるように努力する。
 今回の人生カフェでは、各自の悩みから哲学的なキーワードやテーマを抽出し、それらを参加者全員で考えていくスタイルができたのはよかった。

 最後の方で、「それは『歩く』ことによって解決する」という面白いフレーズも飛び出した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/06/26

ほおずき スージーハウス AFURI

Dsc_0658Dsc_0665Dsc_0667 最近は出かけたついでにラーメン店に寄ることが多くなった。
左写真:中野「担々麺 ほおずき」担々麺 6月12日 辛いスープと麺との相性がいい。ご飯との相性もいい。(ライスのおかわりもOK) スープは辛みの中に旨さが隠されている。だからとてもおいしい。
中写真:四谷「スージーハウス」魚介豚骨つけ麺(レモン) 6月18日 レモンを一つずつ入れて(4枚もある)、味の変化を楽しむ。
右写真:恵比寿「AFURI」柚子塩らーめん 6月25日 東京のAFURIの最初の方のお店だった気がする。何度か来た思い出がある。女性客が多い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/06/23

ストレイト・アウタ・コンプトン

662 ラップの世界はよく分からない。1980年代のアメリカの黒人が置かれた立場、ロサンゼルスのスラム街のことなども実際のところはよく分からない。
 しかし、男5人の物語として見ると、普遍的なテーマがあり、興味深い。メジャーに上り詰めていく5人の結束も、お金などが絡んでくると、分裂していく。そこに女が絡んでくると、男だけでは生まれない変化が現れてくる。
 その当たりの人間模様が面白い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/06/22

教授のおかしな妄想殺人

661 哲学用語が飛び交うのは面白い。私は哲学好きだからね。
 男性教授と女性の教え子との関係はハイデガーとアーレントを思い起こさせる。
 とにかくラストシーンはすごい!その通り、人生とはそういうものだ。あれこれ考えているうちに、悩んでいるうちに、動き回っているうちに、死んでしまうものだ。答えが出ないうちに、偶然によって死んでしまう。そんなもんだよね。
 哲学は事実には敵わない。そんなこと常識だ!だからといって哲学が無用ということにはならないだろう。
 事実は偶然によって動く。偶然は面白い。この映画では殺人を思いつき、人生観が大きく変わるのも偶然である。小さな懐中電灯を手に入れるのも偶然である。……それを言ったら、生まれたこと自体が偶然であり、奇跡である。哲学とはそもそも次元が異なる話である。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2016/06/21

人はなぜ「美しい」が分かるのか?

Images8kpp3e5v 「美しいとは何か?」というテーマなら、美の本質論を追究していくことになるだろう。
 今回のテーマはそれよりも「分かる」ということに焦点が当てられている。
 「分かる」にもいろいろレベルがあると思う。本質論をガンガンとやらないと人は分かったことにならないのだろうか。かえって分からなくなることだってある。
 言葉の意味がなんとなく分かる。そして、その言葉、今回の場合でいえば、「美しい」という言葉を使うということ自体を一つの分かると言ってもいいような気がする。
 人間にとって言語は重要である。言語によって、自らの思考が進み、人とのコミュニケーションもできる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/06/20

乱談のセレンディピティ ②

660 外山滋比古さん(写真)は本書でさらにいくつかのヒントを与えてくれている。
*ものを考えるのは朝でなくてはいけない。夜に考えごとをしては、混乱するばかりである。朝の頭がいちばんよい。
*「攻撃的競争」ではなく、「調和的競争」がいい。
*舞台の上の悲劇は、客席には悲しみやいたましさを抜き去られた、味わい深いものとして伝わる。…火事やケンカは本来はよくないことであるが、それは当事者にとってのこと、「第四人称」にとってはおもしろいものでありうる。
*「第四人称」は三人称の外側にできる空間において成立するが、「第五人称」は三人称の後にできる時間によって生まれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/06/19

乱談のセレンディピティ ①

659 『思考の整理学』の著者、外山滋比古さんが『乱読のセレンディピティ』に続いて出したのが、本書『乱談のセレンディピティ』(扶桑社)である。
 「乱談」とは、3人以上の異質な分野の人たちが自由闊達に話をすること、という意味の外山さんの造語である。「セレンディピティ」とは、偶然により発見する力のことである。
 乱談により、セレンディピティが生じることがある。「読む」や「書く」よりも、「話す」ことの意義を強調した趣旨であり、これは哲学カフェの活動に通ずる考えである。だから、私はかなり共感した。

*乱談のたのしさは、この「前セレンディピティ」ともいうべき「おもしろさ」をふんだんに与えてくれることにある。
*乱談は笑いを生む。それでおもしろくなる。
*互いにシロウトである人たちの乱談がもっともクリエイティヴであるように思われる。
*中学・高校のときの友だちで、その後、別々のことをしている人が、何人かでときどき会っておしゃべりするのは、たいへんおもしろい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/06/16

むら田 まるいち 羅偉伝

Dsc_0641Dsc_06558 用事のある場所の近くのラーメン店に行くことが多くなった。
左写真:中目黒「中華そば むら田」中華そば 5月28日 濃い目のくっきりとした醤油スープ、最後まで熱くておいしい。丁寧に作っているラーメンで、好感を持つ。具もきれいでおいしい。
中写真:四谷三丁目「まるいち」ラーメン 6月4日 素朴な懐かしい味。スープもうまいし、チャーシューが肉厚で、けっこういける。店主のおじさん・おばさん夫婦のコンビネーションがよくて気持ちがいい。
右写真:高田馬場西側「羅偉伝」みそらーめん 6月11日 「純連」の後継だから、私は好きなラーメンである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/06/15

決断力

Images137 決断力をいかに身につけるかといった類のことについては、自己啓発本に載っているようなことはいくつか並べて述べることはできる。
 しかし、少々空しい。
 それよりも、力を入れる替わりに、いかに力を抜くかということも考えたらどうかという提案を受けた。あれこれ考えるよりも、自分の感性に委ねるのもいいのではないかという提案である。
 これは面白いと思った。
 「〇〇力」という言葉が昨今流行っているだけに、これは一つのいい発想だと思った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/06/14

幸せとは何か

652 第27回人生カフェは6月11日(土)、11名(男性6名、女性5名)の参加によって実施された。
 今回のテーマは「幸せとは何か」である。人生カフェは3年目に入り、毎年6月には「幸せ(幸福)」をテーマにすることにしている。
 自らが関心のあるところの、サブテーマに当たるものを参加者からいくつか挙げてもらった。
 「幸せとはどんな感情か?」「どんなときに幸せを感じるのか?」
 「質と量に違いはあるか?」「「幸福」は人によって違うのか?」「幸せの最大公約数的な形は? 金持ち 権力者」
 「幸せ感の条件は?」「幸せになるための条件は何?」
 「幸せは求めれば得られるものか?」「「ふれあい」で幸せになれるか?」「「今を生きる」 これで幸せになれるか?」「幸せはいつも自分の心にあるか?」
 「ブータンは本当の幸せの国か?」「「公」は人を幸せにできるか?」
 「幸せとは遺伝するのか?」「「幸福」感も脳科学の範ちゅうと考えるのか?」
 幸せに関連する体験事例(エピソード)も何人かの人に語ってもらった。
 フリーに対話する中で、いろいろな話が出てきた。
 幸せになるには人と比較しない。目指す「過程」にこそ幸せがある。今・ここを生きる幸せ。過去・現在・未来を見渡した幸せ。幸せはその人の見方・考え方にある。幸せは「関係性」の中にある。自分の幸せ・他人の幸せ・我々の幸せ。あったかい、機嫌がいい、感謝。セロトニン、オキシトシンなどの幸せホルモン。人間の尊厳と幸せ………
 最後に参加者からひと言をフリップに書いてもらった。
 「形から入る幸せとは何だろう? 笑顔、あいさつ、掃除など」「あなたは本当に苦難の道(セロトニンを飲まない)を歩む勇気があります……。」「幸せのためにあえて不幸を選ぶ勇気」「「幸福」は心の持ちようが問われる関係性の中から感じるもの 主体性と自律性が人の尊厳であることが出発点」「幸せは人生の経験の一つ」「幸せが幸せな心をつくり、幸せな心が幸せをつくる」「幸せについて考えない」「幸せとは自分を大切にすること。感謝・感動をいっぱい意識すること」「「感謝」で一生を終えたい」「きげんがいい!」「幸せは外に求めるものではなく、自分の内側から発する(感じとる)もの。幸せと思えば幸せ、不幸と思えば不幸」「幸せとはいつも自分の心にある感謝の気持ち。過去はゆるし、現在はほめる、未来は励ます。2017年6月の「幸福とは?」を楽しみに」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/06/13

5人会(平成28年6月)

637 6月10日に行われたが、今回は4人会であった。
 私のテーマは「日本会議について」である。『日本会議の研究』(菅野完著 扶桑社新書)などを参考にした。
 日本会議の会員は約3万8千人、創価学会の会員数約250万人の約50分の1であり、多い人数とは言えない。前世紀(20世紀)から地道に活動をしてきており、暴力的な会ではない。内容は神道系であり、保守的な考えである。近年は憲法改正を主な活動指針にしている。
 安倍政権の閣僚の過半数、そして自民党内に会員が多いことが最近とみに当会が注目されている理由でもある。
 今後どうなっていくか?若い人たちに受け入れられていくかは未知数なところがある。ただし、今後も注目はされていくだろうと思われる。

 ところで今回の4人会のメンバーであるが、改めて見ると、それぞれが独自の生き方をしており、また自律した生き方をしていることを再認識し、よかったと思っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2016/06/09

フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ

658 ラストがよくない。結局何だったのか? よく分からない。(原作も悪いと思う。)
 金持ちのイケメンが女子学生に迫る。女は単純なシンデレラガールになれない。男はサイコパス的、サド的パーソナリティであり、女は全面的に支配されそうになる。最後は女がそれを受け入れられず、男のもとを去っていく。
 その経過において、女の裸を存分に見せ、おじさんたちを喜ばせただけの映画になっている。
 最後に、原作を超えるような解釈や展開を見せれば、途中も生きた話になったような気もする。(ちょっと惜しい気もする。)
 ゴールデンラズベリー賞で、最低作品賞、脚本賞、男優賞、女優賞など多くを受賞したというのも、それだけ大きくはずしたということで、関係者は笑うしかないか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«復讐