2017/09/20

サピエンス全史 ⑤

818 いよいよこの本の最終段階である、人類の「文明」と「幸福」の問題に入っていく。
【第4部】科学革命(さらに続き)
*幸福はむしろ、客観的な条件と主観的な期待との相関関係によって決まる。
*預言者や詩人や哲学者は何千年も前に、持てるものに満足するほうが、欲しいものをより多く手に入れるよりもはるかに重要なことを見抜いていた。
*人間の幸福度調節システムの設定も一人ひとり異なる。
*幸せであるかどうかはむしろ、ある人の人生全体が有意義で価値があるものと見なせるかどうかにかかっている。

*ブッダが教え諭したのは、外部の成果の追求のみならず、内なる感情の追求もやめることだった。
*主観的厚生を計測する質問表では、私たちの幸福は主観的感情と同一視され、幸せの追求は特定の感情状態の追求と見なされる。対照的に、仏教をはじめとする多くの伝統的な哲学や宗教では、幸せへのカギは真の自分を知る、すなわち自分が本当は何者なのか、あるいは何であるのかを理解することだとされている。
*ひょっとすると、期待が満たされるかどうかや、快い感情を味わえるかどうかは、たいして重要ではないのかもしれない。最大の問題は、自分の真の姿を見抜けるかどうかだ。

*知的設計は以下の3つのどの形でも自然選択に取って代わりうる。①生物工学 ②サイボーグ工学 ③非有機的生命工学(ロボットなど)
*歴史の次の段階には、テクノロジーや組織の変化だけではなく、人間の意識とアイデンティティの根本的な変化も含まれる可能性がある。

*私たちは仲間の動物たちや周囲の生態系を悲惨な目に遭わせ、自分自身の快適さや楽しみ以外はほとんど追い求めないが、それでもけっして満足できずにいる。自分が何を望んでいるかもわからない、不満で無責任な神々ほど危険なものがあるだろうか?

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2017/09/19

サピエンス全史 ④

817 【第4部】科学革命(続き)
*資本主義と消費主義の価値体系は表裏一体であり、二つの戒律が合わさったものだ。富める者の至高の戒律は「投資せよ!」であり、それ以外の人々の至高の戒律は「買え!」だ。……これは信奉者が求められたことを実際にやっている、史上最強の宗教だ。

*生態系の悪化は、資源不足とは違う。……逆に、生態系悪化の懸念については、十分すぎるほどの確かな根拠がある。
*家族は(かつて)、福祉制度であり、医療制度であり、教育制度であり、建設業界であり、労働組合であり、年金基金であり、保険会社であり、ラジオ・テレビ・新聞であり、銀行であり、警察でさえあった。
*国家と市場は人々に「個人になるのだ」と提唱した。
*国家と市場は、経済的役割と政治的役割の大半を家族から取り上げたものの、感情面での重要な役割の一部には手をつけなかった。近代に入っても、家族には相変わらず、きわめて私的な欲求を満たすことが期待されていた。
*最も保守的な政党でさえも、たんに現状維持を誓うことはない。誰も彼もが社会改革や教育改革、経済改革を約束する。
*平和が広まった理由 ①戦争の代償が大きくなった。②戦争で得られる利益は減少した。 ③平和からはこれまでにないほどの利益が挙がるようになった。④現代は史上初めて、平和を愛するエリート層が世界を治める時代となった。
*大半の国々が全面戦争を起こさないのはひとえに、もはや単独では国として成り立ちえないという単純な理由による。

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2017/09/18

サピエンス全史 ③

815 7万年前に「認知革命」、1万2千年前に「農業革命」を経て、500年前に「科学革命」がホモサピエンスに起きた。科学革命からいよいよ近現代に繋がっていく。

【第4部】科学革命
*近代の文化は以前のどの文化よりも、無知を進んで受け入れる程度がはるかに大きい。近代の社会秩序がまとまりを保てるのは、一つには、テクノロジーと科学研究の方法とに対する、ほとんど宗教的なまでの信奉が普及しているからである。
*私たちの文化の他のあらゆる部分と同様、科学も経済的、政治的、宗教的関心によって形作られている。
*科学には未来に何が起こるべきかを知る資格はない。宗教とイデオロギーだけが、そのような疑問に答えようとする。
*科学研究は宗教やイデオロギーと提携した場合にのみ栄えることができる。

*ヨーロッパ人は、テクノロジー上の著しい優位性を享受する以前でさえ、科学的な方法や資本主義的な方法で考えたり行動したりしていた。
*ヨーロッパの帝国主義者は、新たな領土とともに新たな知識を獲得することを望み、遠く離れた土地を目指して海へ乗り出していった。
*近代のヨーロッパ人にとって、帝国建設は科学的な事業であり、科学の学問領域の確立は帝国の事業だった。
*諸帝国が積み上げた新しい知識によって、少なくとも理論上は、征服された諸民族への援助が可能になり、「進歩」の恩恵を与えられるようになった。

*強欲は善であり、個人がより裕福になることは当の本人だけでなく、他の全員のためになる。利己主義はすなわち利他主義である。
*近代の経済:将来を信頼する⇒信用が盛んに発生する⇒経済成長が速い⇒将来を信頼する⇒………
*生産利益は生産増加のために再投資されなくてはならない。

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2017/09/17

サピエンス全史 ②

816 著者ユヴァル・ノア・ハラリさん(写真)の博学ぶりには当然驚嘆するが、何よりも魅力的なのはサピエンス史全体に対する大胆で鳥瞰的な視点である。

【第3部】人類の統一
*宗教は特定のものを信じるように求めるが、貨幣は他の人々が特定のものを信じていることを信じるように求める。
*貨幣は人類の寛容性の極みである。貨幣は言語や国家の法律、文化の規準、宗教的信仰、社会習慣よりも心が広い。貨幣は人間が生み出した信頼制度のうち、ほぼどんな文化の間の溝をも埋め、宗教や性別、人種、年齢、性的志向に基づいて差別することのない唯一のものだ。貨幣のおかげで、見ず知らずで信頼し合っていない人どうしでも、効果的に協力できる。
*人々は貨幣に頼って、見知らぬ人との協力を促進するが、同時に、貨幣が人間の価値や親密な関係を損なうことを恐れている。

*帝国のイデオロギーは、包括的・網羅的傾向を持っていた。このイデオロギーは、支配者と被支配者の人種的違いや文化的違いを強調することも多かったが、それでも全世界の基本的な統一性や、あらゆる場所と時代を支配する一揃いの原理の存在、互いに対する万人の責任を認めていた。人類は一つの大家族と見なされる。親の特権は子供の福祉に対する責任と切っても切り離せない。

*農業革命の最初の宗教的結果として、動植物は霊的な円卓を囲む対等のメンバーから資産に格下げされた。
*一神教は秩序を説明できるが、悪に当惑してしまう。二元論は悪を説明できるが、秩序に悩んでしまう。
*平均的なキリスト教徒は一神教の絶対神を信じているが、二元論的な悪魔や、多神論的な聖人たち、アニミズム的な死者の霊も信じている。
*ゴータマ:心が何か快いもの、あるいは不快なものを経験したときに、物事をただあるがままに理解すれば、もはや苦しみはなくなる。
*人間至上主義の宗教(人間性を崇拝する宗教):サピエンスは他のあらゆる生き物や現象の性質とは根本的に異なる、独特で神聖な性質を持っている。至高の善は人間性の善だ。「自由主義的な人間至上主義」「社会主義的な人間至上主義」「進化論的な人間至上主義」がある。

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2017/09/14

サピエンス全史 ①

814 世界的にベストセラーになった本である。『サピエンス全史』(文明の構造と人類の幸福)ユヴァル・ノア・ハラリ著・柴田裕之訳
 各部ごとに印象に残ったところを書き抜いておく。

【第1部】認知革命
*虚構、すなわち架空の事物について語るこの能力こそが、サピエンスの言語の特徴として異彩を放っている。
*サピエンスは、無数の赤の他人と著しく柔軟な形で協力できる。
*サピエンスは、狩猟採集時代(農業革命以前)に、地球の大型動物のおよそ半数を絶滅に追い込んだ。

【第2部】農業革命
*農業革命は、人口爆発と飽食のエリート層の誕生につながった。平均的な農耕民は、平均的な狩猟採集民よりも苦労して働いたのに、見返りに得られる食べ物は劣っていた。農業革命は史上最大の詐欺だった。
*人類は、大規模な協力ネットワークを維持するのに必要な生物学的本能を欠いているのに、自らをどう組織してそのようなネットワークを形成したのか。手短に答えれば、人類は想像上の秩序を生み出し、書記体系を考案することによってである。
*実際には、「自然な」と「不自然な」という私たちの概念は、生物学からではなくキリスト教神学に由来する。

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2017/09/12

三月の5日間

813 「わたしたちに許された特別な時間の終わり」に所収されている作品である。(岡田利規著、新潮文庫)
 私にとっては既視感を覚えた作品である。そのあたりが私には面白い作品だった。
 一つは、私もある程度知っている渋谷の街が作品の舞台だということ。
 二つ目は、西麻布のスーパーデラックスでのパフォーマンスが哲学カフェを思い起こさせてくれたこと。
 三つ目は、渋谷のラブホテルでの4泊5日のことが、私自身が経験した4泊5日のエンカウンター・グループ合宿を思い出させてくれたこと。

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2017/09/07

幼き子われらに生まれ

812 浅野忠信がいい。
 家族って何だろうと考えさせられる。
 複雑な家族関係である。私とはあまりに異なるため共感しにくいところがある。

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2017/08/21

5人会(平成29年8月)

811 今回、私は「財産と贅沢」について考えた。
 私にとっての財産は当然お金というものが挙げられるが、お金はある程度あればそれでいい。今は私にとって重要なのは身体的な健康である。これも完璧は望めない。一定程度の健康でよしとしなければならない年代であろう。
 お金と健康はある意味手段である。好きなことをやるための手段(財産、資源)である。好きなことが大切であり、生きがいにもなる。
 まずは好きな人との関係(家族、友人、職場関係など)がある。また、好きなこと、好きなもの(いわゆる趣味)も生きがいにつながる。これが贅沢である。
 もちろん、好きなことをやるためには、ある程度の我慢も必要である。

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2017/08/13

キングスマン

810 予想していた以上に、私の肌に合わないアクション映画だった。

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2017/08/12

君の膵臓をたべたい

809 原作は読んでいた。
 原作にプラスしたストーリー。大人になった現在をかなり描いている。それだけの配役もしている。これはそれなりに成功している。
 
 余命は少ない。突然の事件・事故もありえる。高齢者にも通ずる話か…。


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2017/08/11

麺魚 GAGANA キング軒

43f6788161b441dfa449deae0dc6c114Da691273f24c4418bd7b422f2d2fc58bImg_0118 有名店などを訪ねてみた。
左写真:錦糸町「真鯛らーめん 麺魚」真鯛らーめん・雑炊セット 7月19日 さすがの有名行列店。真鯛スープはおいしい。麺もコシがある。雑炊にしたら絶品。当然、完食である。
中写真:池袋「GAGANA RAMEN」和牛炙りホルモンつけ麺 7月21日 おいしくて、おもしろいつけ麺だった。スープ割りもGood!(このお店で白鵬の1048勝目を見た!)
右写真:大門・芝公園「汁なし担担麺専門店 キング軒東京店」汁なし担担麺 7月23日 私は花椒のシビレは苦手なのを再認識した。

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2017/08/10

ばりこて なな蓮 ぬかじ

663c5ab5382f48b7abd158f929f8622e430a59462bde434997fb58f948d479faAd90ff01516b4a7595653567a5d92a96 今まで気になっていたお店を訪問した。
左写真:高田馬場さかえ通り「ばりこて 高田馬場店」博多ラーメン 7月9日 スープが甘ったるくなくてよかった。固めの麺もおいしかった。
中写真:神田「神田とりそば なな蓮」鴨の濃い出汁そば 7月12日 これはおいしい!きれいに洗練され、完成されたラーメンだ。少し濃い目のスープなのだが、完食!玉ねぎも効果を高めている。当然、無化調だ。丹念に作られている。
右写真:渋谷「麺屋 ぬかじ」鰹だし肉冷やし麺 7月15日 今まで食べたことのない新しい食感だった。暑い季節にはふさわしい。

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2017/08/09

ハルク ムタヒロ こころ

6906af626968481ba5ce989a7d4211e5D4307efe78bd4aff9ce3e6f0841fe3b1F17bde378e0a416cb2a4e51b8fcd4e50 場所的に立ち寄りやすい所へ行った感がある。
左写真:高田馬場東側「青唐爽麺 ハルク」青唐そば 6月7日 小辛なのに、私にはものすごく辛く感じられて、汗タラタラであった。赤くない青唐辛子である。すっきり感はある。
中写真:西国分寺「味噌中華そば ムタヒロ」味玉味噌中華そば 6月18日 時々食べたくなる味噌ラーメンである。今日もおいしかった!麺がスープとよく合う。スープ自体がおいしくて、飲み干してしまう。味噌ラーメンとしては珍しいことである。
右写真:西早稲田「麺屋 こころ」ど肉入りまぜそば 6月28日 久しぶりに食べておいしい!辛さは調節できる。お酢を入れて、まろやかにもできる。追い飯もうまい!お客に学生が多く、活気があるお店だ。

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2017/08/07

今夜、すべてのバーで

808 アルコールにとりつかれた主人公・小島容(作者・中島らもの相似形)は面白い人物だと思うが、私としてはあまり付き合いたくない人種である。(講談社文庫)
 改めて思うに、アルコールなどに強く依存するって、人間の性(さが)、特に人間の弱いところを見せられて、とても悲しい気持ちになる。

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2017/08/03

SING

807 面白い!楽しい!最高だ!
 SONG、歌の力ってすごいなぁ。
 動物キャラは多彩で楽しい。

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2017/07/24

騎士団長殺し

806 村上春樹の新作、第1部 顕れるイデア編、第2部 遷ろうメタファー編 をやっと読み終えた。(新潮社)
 イデアとメタファー、謎が謎を呼ぶ。そこが面白いのだが、終わらない、片付かない。村上春樹だから許されるところって、ありそうだ。うまいんだよね。
 『ねじまき鳥クロニクル』に繋がるものは感じる。

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2017/07/18

白痴

805 坂口安吾の1946年(昭和21年)に書かれたということで、とても意義のある作品である。(新潮文庫)
 その少し前に書かれた『堕落論』と併せて読む作品とも言える。
 国家によって作られた理想・理念など、虚しい美しさである。人間の本能・本性にまで堕落せよ、生きよ。そこから自らの理想・理念が生まれてくる。
 これは今にも通ずる。だから私は共感する。

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2017/07/13

22年目の告白~私が殺人犯です~

804 韓国映画「殺人の告白」を下敷きにしているせいか、ストーリー・脚本がしっかりしていて、面白い。
 2つの怖さが背景にある。
 メディアの怖さ、マスコミもSNSも。それと戦争の怖さ。どちらも描かれている。だから話に重みを感じる。

 だけど、サスペンスというのはそれなりの登場人物の中に真犯人がいる。その方が観客・読者は頭をあまり使わなくて楽だし、納得もしやすい。
 現実社会では、登場人物を限定できないからこそ、非常に難しいのだが……。

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2017/07/11

哲学のすすめ②

803 宗教ではない、科学ではない、哲学を素直に大事にしたい、すすめたい。哲学が好きな私もそう思う。 (写真は著者の岩崎武雄さん)

*学問の客観性とは、すべての人が承認すべき根拠をもっているということに外なりません。
*哲学は時代とともに変化しているのです。そしてこの変化は、人間が哲学に対して客観性を与えようとしたその努力の結果なのではないでしょうか。
*人間が自分の認識能力が有限的なものであるということを知ることによって、自然科学が成立したといえるのではないでしょうか。
*基本的人権は、けっして人間が事実としてもっているものではありません。それは、人間の生命の絶対性(かけがえのない人間の生命)を認めるという価値判断の基礎の上に、はじめて成り立つものです。そうすれば、人権の主張は同時に他人の人権を重んずるという義務を伴うはすです。

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2017/07/10

哲学のすすめ①

802 1966年発行だから、もう50年以上読み継がれている。東大名誉教授だった岩崎武雄さんの名著である。(講談社現代新書の66番である。)
 岩崎さんの哲学を信じ、力強く哲学をすすめるこの熱い思い、これが伝わってくる。この素朴さは尊い!?(それでは今はいったい何なんだ!)

*哲学は「驚き」にではなく、もっと深く「生きる」ということに根ざしているのです。「生きる」ための必要上、哲学はどうしてもて生じてこなければならないのです。
*「原理的な価値判断」と、「具体的な事物についての価値判断」の、この2種類の価値判断の区別は、はっきりさせておかなければなりません。
*わたくしはむしろ、「幸福」をなんと考えるかということが、その人の哲学によってきまるのだと思うのです。
*生き方の相違は、その人がなにを幸福と考えるかによって異なってくるといえるのではないでしょうか。人間が常に幸福を求めるものであるとすれば、人間の生き方の相違は、幸福をなんと考えるかによって生じてくると考える外はないからです。

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2017/07/09

対話と人間関係

14 第59回人生カフェは平成29年7月8日(土)、13名(男性4名、女性9名)の参加によって実施された。
 今回は岩崎博明さんが進行役(ファシリテーター)だった。机を使わず、全員が椅子に輪になって座り、コミュニティボールを使いながら対話をした。今回は途中2回の休憩を挟みながら、最初から最後まで、このスタイルで実施した。
 テーマは「対話と人間関係」であった。

 まずは、「対話」と「会話」の違い、また、「おしゃべり」との違い、さらに「議論」との違いなどが話し合われた。
 対話とは、哲学カフェなどでよく使われる言葉ということからして、主に理性を使って、ひとつのテーマについて、考えや価値観が異なる者同士が集まって話をするというイメージがある。これと対比すると、会話は、感情面も多く含まれ、特に明確なテーマもなく(話題は絶えず変化していく)、どちらかというと同じようなタイプの者が集まって話をするというイメージがある。
 対話とは、哲学カフェでの意味合いも超えて捉えると、お互いが言葉を通して理解し合うことであるとも言える。
 それで、そのような対話は人間関係とどのような関係にあるだろうか?一般に対話は人間関係を良くしていくというように考えられていると思われるが、果たしてそうだろうか?
 お互いを理解しようと努力していくのだから、対話というのは人間関係を悪くしていくようには思われないが、必ずしも人間関係を濃く、太く、良くしていくとは限らないのではないか。
 相手を理解していくことによって、相手とのパーソナル・スペースや相手との境界線(バウンダリー)がよく見えてくる。これによって、人間関係が促進されることもあれば、逆に、相手と距離を置いたり、場合によっては相手との関係を断つこともある。

 対話は、1対1のような関係の場合もあれば、1対多のような関係の場合(一般の哲学カフェがそうである)もある。これを同じように対話と捉える意義は何だろうか。
 どうもポイントは自分の方にありそうである。自分の心の開き具合(オープン度)、自分の他者への見方や姿勢、自分に対する捉え方の変化などが対話の質を変えていく。それは大きく捉えれば、自分対他者の関係であり、あとは他者の方の数が1,2,3、…と変化していくだけともいえる。(もちろん、他人も生身の人間であり、それぞれ個性があるのは当然ではあるが)

 最後に、参加者各自から、気づいたことや新たな問い、感想などを発表してもらって、閉会した。

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2017/07/05

あなたの人生が変わる対話術④

801 この本で泉谷さんが最も言いたかったところにあたる最終章は、「第5章 対話するという生き方」である。

*他人は自分の一部分や道具や対象ではない。(これはマルティン・ブーバー(写真)も言っていることである。)
*他者の孤独と独立性を尊重する態度から生まれるのが愛である。愛とは、「相手が相手らしく幸せになることを喜ぶ気持ち」と定義できる。
*愛が「孤独」を前提にしているのに対して、欲望は「依存」をベースにしている。
*人は「愛すること」しかできないのであって、相手から愛されるかどうかは、相手という独立した「他者」が自由に決めることである。
*「他者」は独立している。「他者」は何かを強要されることを嫌う。「他者」は、ひたすらに耳を傾けてもらうこと、つまり「聴いてもらうこと」によって、自発的なものを表出してくる。
*「対話」する生き方とは、すなわち、「他者」との真の「経験」を求めて、愛に生きることを選ぶ生き方にほかならない。

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2017/07/04

あなたの人生が変わる対話術③

Images148 著者の泉谷さんの人間に対する見方は図のようである。これらを踏まえて、第4章「「ムラ的」コミュニケーションから「対話」へ」も書かれている。

*言葉というものは、人によって多種多様な考え方がありうるということを前提にして存在している。つまり、言葉は「対話」のために存在している。
*「ロゴス」としての言葉とは、その人が理性を働かせて、なんらかの意見を「他者」に向かって差し出すものだと言える。そして、その言葉は重みをもっていると同時に、かならずしも「普遍的真理」を述べているわけではないという、ある種の謙虚さをあわせ持ったものである。
*「二人称関係」の世界に棲んでいる人が用いるモノローグという「鳴き声としての言葉」と、「他者」とのコミュニケーションや共同思考を必要と考え「対話」(ダイアローグ)する人の「ロゴスとしての言葉」とは、その重みも用途も異なっているまったくの別物である。

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2017/07/03

あなたの人生が変わる対話術②

800 著者の泉谷閑示さん(写真)は精神科医である。
 職業(プロ)として、お金をもらって、患者さんの治療にあたっている。必要な訓練を受け、経験も豊富である。治療環境も整備されている。その上で、人の話を聴くことに重点を置いている。
 そういうことでいえば、我々のような一般人(素人)とは異なる面も多い。しかし、泉谷さんが第2章「対話の技法」で述べていることは我々にも示唆に富む内容である。

*「理解」と「同意」を切り分ける。
*人は日々刻々と変化する存在である。
*意図が見える質問は伝わりやすい。
*アドバイスが相手を弱くする。

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2017/07/02

あなたの人生が変わる対話術①

799 精神科医である泉谷閑示さんの本で、哲学カフェ・哲学対話における対話を考えていく上で、とても参考になった。(講談社+α文庫)
 第1章は「対話とは何か」である。
*dialog(ue)はギリシア語を語源としたもので、「言葉(理性、論理)を介して(通して)」といった意味である。
*4つの前提
①相手を「他者」として見ることから「対話」は始まる。
②対話は、「他者」を知りたいと思うことから始まる。
③対話は、お互いが変化することを目標とする。
④対話において、話し手と聴き手に上下関係はない。

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2017/06/27

自分とは何か

10 第58回人生カフェは平成29年6月24日(土)、12名(男性7名、女性5名)の参加によって実施された。
 今回は『14歳からの哲学』(池田晶子著 トランスビュー発行)を読むという読書会の形式をとった。「6 自分とは誰か」「7 死をどう考えるか」「8 体の見方」「9 心はどこにある」のところを取り上げた。これらを貫くテーマが「自分とは何か」である。
 まずは、各自が共感したところをフリップに書いてもらった。(頭の数字は本のページ数)
40:世界を作っているのは、じつは自分なんだ。
43:自分を脳とばかり思い込んでいるのは正しくないんだ。
49:けれども、もし自分は死なないとしたら、なぜ君は生まれてきたのだろう。
50:生死の不思議とは、実は、「ある」と「ない」の不思議なんだ。
51:自分で考えてごらん。当たり前のことを考えるよりも面白いことはないのだから。(2人)
55:体はそれ自体が自然なんだ。
57:死ぬ自分と死なない自分と、二つの自分があるのだろうか。
57:自分の所有物は自分でないんだから、それが自分の思うようにならないのは当然じゃないんだろうか。
61:(その意味では)心とはすべてなんだ。体のどこかに心があるのではなくて、心がすべてとしてあるんだ。
62:同じ目に見えないものの中でも、動いて変わる部分と動きも変わりもしない部分とがある。
63:悩まないで、考えてゆけるんだ。

 後半は、逆に、各自が疑問に思ったことをフリップに書いてもらった。(*印は上記の共感したところにも取り上げられたところ)
40:ただ自分だったんだ。
40:世界を作っているのは、じつは自分なんだ。 *
41:自分は自分であって、自分以外の何ものでもありません。
46:死体とは死とは同じものではない。(2人)
50:生死の不思議とは、実は、「ある」と「ない」の不思議なんだ。 *
57:自分が二つあるなら、それは他人じゃないだろうか。
66:ただ自分であるということは、他人がいるから自分であるのではなく……その自分としてあるということだ。
◎:「考える」って何だろう?

 これらを踏まえて、フリーに対話した。
 哲学とは、考えていく上での定規=ものさしを探求することではないか、といった話が出た。その考えることにこだわり、子どもたちが考え続けることを励まし、檄を飛ばしていたのが池田晶子である。
 池田晶子が導き出した結論は荒削りのものがあるが、子どもたちが考える素材にはなっている。反論もしやすい。それがまた魅力にもなっている。
 その結論には、「現象」と「本質」が混同されているところも見られる。我々読者も混乱する。これもまた魅力のひとつになる。

 この読書会は、今後、「他人とは何か」「死とは何か」「人生の意味とは何か」というテーマで深めていく。「自分とは何か」を土台にして、展開していきたい。

 最後に、参加者各自にフリップに書いてもらった。
〇当たり前のことを考えると悩める。
〇抽象的になり過ぎず、具体的事象に裏付けて皆に考えを伝えることの難しさに苦労しています。
〇方法論としてもう一度読みたい。自分と他人の境目、自分とそうじゃないものの境目があるのか、あるとしたらどこなんだろう?体でいいのか?
〇ちょっと誤解を生む表現が多い、毒にも薬にもなり得る本だと感じています。
〇学び方の方法として共感できそうではあります。しかし、その後の施策の方向性はちょっと違和感が出てきそうです。
〇絶対的な自分は死ぬのか?死なないのか?
〇死なない自分に興味あります! 現象と実体の混同に注意
〇「存在と現象」について、もっと考えてみたい。「考えすぎちゃう」
〇自分とは、存在なのか…? 現象なのか…?
〇「自分」とは何かを改めて、じっくり、考えてみたい。面白い。
〇自分とは何か?を大切にしたい。
〇自分では全く思いつかないような解釈や意見がとても興味深く楽しかったです。

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2017/06/23

なな蓮 くぬぎ 北熊

Dd8fd318f19a4cbbac47045fa6a79a45A34c82c6fee94e63ab80608040c73597Aa0579550aa44c039588540a3b8ff42c それぞれ何かしらの用事があって行ったところで、ラーメンを食した。
左写真:日本橋三越前「なな蓮」支那そば 5月8日 洗練された実においしいラーメンだ。スープがうまいし、チャーシューなども柔らかくて絶品。お昼の早いうちから混んでいた。
中写真:国立「麺や くぬぎ」極らーめん 5月19日 細麺なのはよかった。チャーシューは柔らかくておいしい。穂先メンマもよかった。玉子もいい。味噌スープは濃い目で、独特なおいしさがあった。
右写真:西早稲田「支那そば 北熊」北熊そば 5月26日 クリーミーでちょっとしょっぱいとんこつラーメン。

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2017/06/22

俺の空 ムタヒロ 京紫灯花繚乱

04edb64174284f55bbf577c3c72e048b_28a066b23b1f04a7bb1931f88ce41ba95Ac1648768e6743159f468aba2e5e5313 何度も通いたくなるラーメン店はある。
左写真:高田馬場戸山口「俺の空」掛け豚そば 4月20日 私の好きなラーメンだから、時々食べたくなる。
中写真:西国分寺「味噌中華そば ムタヒロ」味噌中華そば 4月30日 私の好きな味噌ラーメンである。濃厚でない。それでいて、旨味が出ており、私は気に入っている。完食である。
右写真:四谷三丁目「京紫灯花繚乱」京山椒薫る濃厚担々麺 5月6日 スープは辛くて、とてもじゃないが飲めないのだが、麺とお肉を食べていると、これがおいしい。若干固めの麺もいいし、お肉もうまくすくえて食べられるので、満足。

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2017/06/21

人はなぜ音楽が好きなのか?

798 「クルミドの朝もや」である。
 参加者から出された問いは、以下のようなものである。
①自尊心とは何か?
②なぜ政治の話をしようとしないのか?
③忖度とは何か?
④なぜ十分に議論しないのか?
⑤人はなぜ音楽が好きなのか?
⑥父とはどんな存在か?
⑦なぜひとりの人間に多数の人間が従うのか?
⑧人生は長いのか?短いのか?
⑨最後がいいって、どれだけ大切なのか?
⑩今は悪いのか?
⑪試練と無理はどう違うのか?
⑫後悔ってしますか?

 今回は、⑤の「人はなぜ音楽が好きなのか?」がテーマとして選ばれた。

 音楽(リズム、メロディー等)は自然とともにあった。言語より先にあった。
 人は言語を発達させて、左脳を進化してきた。しかし、言語に疲れた時など、右脳も大いに使って、脳全体でこの世界を楽しみたい。
 自分の脳の中に、身体の中に、そう自分そのものの中に、リズム、メロディーが存在する。人類一般のものととともに、自分固有のものがそこで音を奏でている。
 自他の音の共鳴は、共感に繋がり、それは音を楽しむことになる。

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2017/06/20

真面目ってどういうことだろう?

797 第57回人生カフェは、夜の2時間、事前申し込みなしで実施した。この形での実施は6回目である。
 平成29年6月16日(金)午後7時からスタートしたが、男性4名、女性6名、合計10名の人が集まってくれた。
 最初に各人から「問い」を出してもらった。各人の興味・関心のありどころも分かる。
①「ヤバイ」という言葉はなぜ流行っているのか?
②したい仕事ってどこにあるのですか?
③空気って何だろう?
④友だちって何だろう・
⑤人生って何だろう?
⑥真面目ってどういうことだろう?
⑦どうして熟議はできないのだろうか?

 この中から、今回は「真面目ってどういうことだろう?」というテーマが選ばれた。

 「真面目」とは、物事に真剣に取り組む姿勢を言ったり、こつこつと努力していく様を表現したりと、プラスの意味に使われる。古くはこちらの方の意味が強かったようにも思われる。
 一方、真面目は、融通が利かない、視野が狭い、面白くないなどのマイナスのイメージもある。最近はこちらの方の意味で使われることも多い気がする。疑いを持たないで行動するという点では、能天気で幼稚な面も指摘できるかもしれない。
 だから、「不真面目」は敬遠されるかもしれないが、「非真面目」は推奨できる面がある。すなわち、物事を多角的かつ柔軟に見て、対応していくことが求められている。……

 このように、真面目ということについて、自分の体験した事例なども踏まえながら対話をしていくと、2時間はあっという間に過ぎた。10人全員が何かしらの発言ができ、聞き合うことができたのはよかった。

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2017/06/13

幸福は人生の目的か?

Imagesn6hmswh4 第56回人生カフェは平成29年6月10日(土)、12名(男性5名、女性7名)の参加によって実施された。
 人生カフェが始まってから満3年が経過した。6月は人生カフェ誕生を記念して、毎年「幸福」をテーマに実施することにしている。今年は、「幸福は人生の目的か?」というテーマにした。
 最初に、「幸福は人生の目的か?」という問いに対して、①YES、②NO、③どちらでもない、の3つの内、自分はどれに当たるかを聞いてみた。①が6人、②が3人、③が3人に分かれた。それぞれの理由を書いてもらった。
①YES
*実感
*いくつかの人生の目的のまとめ的なものだから。
*共通性
*「幸せな人生だった」と思って、終わりたいから。
*幸福は内面のことなので、自分の内面に責任を持つ必要があるから。
*国連が毎年3月20日を「世界幸福デー」としているから。
②NO
*漠然としているから
*人生の目的が幸福だと考えた事がないので、そう思わない。
*色々なケイケンをする為に生きる事が人生の目的。
③どちらでもない
*「幸福」、「人生の目的」、両方よく分からない。
*そもそも「幸福」とは何……?「幸福と不幸」の基準や境界線はどこにあるのか……?
*目的というより、いかに「気づく」ことだと思う。「見い出す」かということだと思う。
*幸福はあくまでも希求するものであり、目的というには少し違和感を感じる。

 これらを出発点として対話が展開する。
 幸福は現在の「快」の感覚を基本とするが、未来へ向けて目的意識を持って追求するという側面もある。一方で、現在から過去へ向けて感謝の気持ちを抱くことによって、幸福感を得ることもある。
 自分を大切にし、自分らしさを追求することもあるが、他人を無視しての幸福はあり得ない。他人との共感性が幸福の要素でもある。
 それでは他人との「比較」は幸福をもたらすだろうか。人格全体を比較するなんてことは不可能だし、部分を比較することによって、優越を競い合うことは幸福に結びつくとは思えない。
 マズローの欲求5段階説も登場した。また、お金、地位、健康などを所有する(having)ことよりも、行為すること(doing)、存在すること(being)への価値を認める人が多かった。
 今回は、どちらかというと心理学的なアプローチで幸福に迫る傾向が強かった。「人生の目的」ということを考えていく場合は、どうしても哲学的なアプローチが求められるだろう。ここまでには至らずに、時間になった。

 最後に、各自にフリップに書いてもらった。
*中高年の幸福論ってあるのか?
*幸福は人生の目的ではないという考えが変わったらおもしろいなぁ……と思う。
*幸福には様々なものがあるが、人は真の幸福を見極め、それを求めるべきであろう。
*人生の目的、幸福は考え続けるもの
*現実としては、お金も仕事も健康も大事。ただし、「こうありたい」という理想の自分(の生き方)は、常に考え続けていたい。
*自分の幸福のために、他者の不幸が必要となるか?
*人生の目的は幸福に生きることである。その幸福は自分の心が決める。幸せは自分の回りにある。
*自分自身にとっての良い(快)感情に素直に居れたら、幸福に近づいていけるのかな…
*私にとって「幸福」とは何か?もやもやしてたものがいくらかみえてきた感じです。
*幸福と思えば幸福。不幸と思えば不幸。幸福は人生の目的というより、今ある幸福に気づくこと。
*①気づいたこと~男性と女性との違い ②新たな問い~自分にとっての幸福の確認  ③すごく面白い議論でした。テーマによっては、また参加したいです。
*①とりあえずの結論~幸せは自分の心が決める ③あっという間に時間が過ぎました。楽しかったです。

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2017/06/10

マンチェスター・バイ・ザ・シー

796 心に沁みるいい映画だ。
 乗り越えられない傷、癒せない痛みというのはある。生きていくのが辛い。それは時に、暴力・怒りになり、自己破壊の方にも向かう。
 大都会のボストンと港町のマンチェスター・バイ・ザ・シーとの違いや距離感も舞台背景になっている。
 ストーリー展開には直接関係しないような、ちょっとしたミスや諍いなども描かれる。これが日常であり、その自然さが感じられる。こういう描き方をするのか!やるなぁ。アカデミー賞脚本賞である。
 主演男優賞のケイシー・アフレックはさすがである。妻役のミシェル・ウィリアムズも感動的な演技である。

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2017/06/02

家族はつらいよ2

320 映画を観て、久しぶりに、こんなに笑った。
 山田洋次ワールドには馴染んでいるので、うまくハマった。あまり頭を使わなくて、すんなりと笑える。寅さん世代のギャグが多いのだが。
 人物の登場の仕方がうまい。ストーリー展開上も、その場にふさわしい人物が現れる。そして、セリフが効いている。笑いのツボを心得ている。
 現代日本のリアルな問題も含んでいる。介護、孤独死、高齢者運転免許返上等々……。
 山田洋次の暖かい視点もある。そして、画面に躍動感もある。85歳である。これには驚きだ。
 俳優陣もいい。キャストがぴったり。それぞれのキャラが生きている。だから、愛すべき家族になっている。
 家族は面白いし、暖かい。家族っていいなぁと思える映画である。

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2017/05/30

あなたの人生の物語

795 映画「メッセージ」の原作である。作者テッド・チャンはすごいSFを書く。
 原作は物理理論が、例えば「変分理論」が巧みに使われる。目的論的な世界観が描かれる。そこには未来が当然のように存在する。
 女性主人公ルイーズと娘の話が前面に出てくる。だから、本の方はここに大きな感動が生まれる。
 映画の方は、エイリアンであるヘプタポッドとルイーズとの関係がかなり描かれる。これはこれで私は面白いと思った。

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2017/05/29

人生上の悩みをテーマとする哲学カフェ

9 第55回人生カフェは平成29年5月27日(土)、9名(男性5名、女性4名)の参加によって実施された。
 今回は「人生上の悩みをテーマとする哲学カフェ」というものである。
 まずは一人の人にに自らの人生上の悩みの一つを10分くらいで語ってもらう。その後、その人に話が分かりにくかったところなどを参加者から質問をし、答えてもらう。それから、その話から、一つだけ対話のテーマを抽出する。そして、一つのテーマに1時間くらい対話をする。悩みの内容は、重いものでも軽いものでも、心の問題でもそうでなくても、いいとしている。
 今回は2人の人に自らの悩みを話してもらった。(内容の詳細は個人情報の関係で記載できないので、対話を行ったメインテーマなどを掲げる。)

①本能とは何か?
 「悩むな、考えろ」という池田晶子さんの言葉が響いている。
 悩むとは、感情、さらに言えば、本能に近いものではないか。それに対して、考えるは、「理性」的なものである。だからこそ、今、本能や自然というものを考えてみたくなったのである。

②愛の力とは何か?
 若い人からの話であった。
 「社会制度と愛」、これは広く一般の人間を愛することと、個別特定の人を愛することとの対比とも言える。
 そういった中で、愛の力とは何か?
 愛は原子力のようなものである。ものすごい力を有するが、危険でもある。どう扱うか?そもそも扱うことなどできるのか?
 恋愛をめぐっては、世代間格差が感じられる。若者の間でも、「恋愛格差」はある。もちろん、いつの時代でも、個人差は当然ある。
 現代の若者は、ラインやツイッターなどが基本装備されている環境である。メディア、ツールが異なれば、愛の形も変わる。

 最後に、参加者にフリップに書いてもらった。
「鎧(よろい)とは何か?大人とは何か?」
「今(現代)の人たちのコミュニケーションはたいへんだなぁと思いました」
「愛とは何だろう?」
「愛は爆発と管理の繰り返しだ!!」
「愚直であることをもっと見直そう。 Fall in love (恋に落ちる)」
「私たちは『愛しづらい時代』 を生きているだろうか?」
「恋愛は理屈じゃない! 実践あるのみ」

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2017/05/28

永い言い訳

794 泣くことができない。辛いことだ。
 感情のもつれがある人が、その屈折した感情がモロに出てしまう。……かわいそうだが、私は相手にできないだろう。

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2017/05/25

メッセージ

793 見ごたえのある映画だった。 
 ユニバーサル・ワードは、時制を超越している。……3千年後の人類のためにメッセージが届く。……武器?……未来が見える?
 原作はあるのだが、映画としても面白い。映像、音響もいい。
 主役のエイミー・アダムスもいい。

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2017/05/24

5人会(平成29年5月)

5at5tuesday46752x501 今回の5人会のテーマは「今、最も関心のあること」だった。
 私の最も関心のあることとして、「哲学カフェ~人生カフェ~東京メタ哲学カフェ」を取り上げた。この中で、印象に残ったことを少し書いておく。

 これらの活動の中で、様々な人間関係が生じる。会の運営としてもいろいろなことが生じる。これらは困難なことも多いが、学ぶことがあるし、楽しいこともある。人生上の経験である。

 哲学カフェ等の新しい可能性として、広い意味での学習・教育との結びつきが考えられる。
 そこでは「変わる」ということが目指されている。これは学習・教育の価値である。
 子どもの分野では、すでにかなり意識されているが、大人でも同様に考えていいはずである。

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2017/05/23

哲学対話と哲学研究

792 第76回日本哲学会大会・哲学教育ワークショップ「哲学対話と哲学研究」に参加した。
 印象に残ったところを断片的に書いておく。

 哲学対話とは、必ずしも一般の対話が重視するようには「共感」を重視しない。「物事を自分から切り離して考えることができるようにする」「日常生活から切り離して考えることができるようにする」 (共感から出発することを大切にしながらも…)
 「井戸端会議」ではない。井戸を掘っていく対話である。深く掘っていく。この場合の「深い」とはいったい何だろう?

 考える型や概念マップなるものを哲学者や哲学研究者は持っている。柔術の型のようなものである。
 それらを哲学研究者は教えてくれない。又は教えられない。自分が身に付けてしまっているから?
 だから哲学対話のファシリテーターにしろ、一参加者にしろ、場数を踏むのがいい。たくさん体験してみるのがいいということである。

 哲学史を知っていること、哲学書を知っていること、哲学者を知っていること、そして哲学を研究していることなどは確かにいいことがある。
 哲学対話のテーマ(問い)に対する選定眼、哲学対話の進め方に対する選定眼、そして、人の話を真摯に聞く姿勢や能力が養われる。
 自分の持っている知識と実際の対話を照合していくという楽しみもある。
 そして、哲学対話の中に、過去の哲学史の中では見出せないような新しい問いや新しいタイプの哲学者(考える人)を発見できる力も持てるのである。

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2017/05/22

沈黙 SILENCE

791 篠田正浩監督の1971年の作品である。
 当時も見たけれど、再度見ると、なかなかの力作である。遠藤周作の原作に力があるからだろう。
 ラストは違和感がある。岩下志麻と三田佳子の2大女優を目立たせたい気持ちが出ている?

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2017/05/18

追憶

790 少々古い感触の映画だった。懐かしさもある。
 自分と縁遠い話には共感しにくくなった。
 即物的、即時的な人間になった?

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2017/05/16

ボラード病

789 吉村萬壱さんの東日本大震災を背景にした作品である。(文春文庫)
 ディストピア小説ということになるのだが、私はこの種の小説は気が滅入るので好きではない。だからどうしても読み飛ばしてしまい、読みが浅くなる。
 「同調圧力」の強い社会が作られている。これは裏や上の方にものすごい悪い奴らがいて、彼らが操作している、そんな単純な構造はもはや想定できない。社会がそうなっているとしかいいようがないところがある。
 そのような社会にどう対したらいいのか?
 「逃げるは恥だが役に立つ」…私はそう提唱したくなった。「逃げる」は時には一つのいい選択だ。
 出たり入ったりは自由がいい。発言する、しないは自由がいい。これは哲学カフェの一般的なルールでもある。

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2017/05/15

気持ちを大事にするとはどういうことだろう…?

Wedding_ill_009 第53回人生カフェは平成29年5月13日(土)、12名(男性5名、女性7名)の参加によって実施された。
 今回は岩崎博明さんが進行役(ファシリテーター)だった。机を使わず、全員が椅子に輪になって座り、コミュニティボールを使いながら対話をした。今回は途中2回の休憩を挟みながら、最初から最後まで、このスタイルで実施した。
 テーマは「気持ちを大事にするとはどういうことだろう…?」であった。

 気持ちといっても、「自分の気持ち」と「他人の気持ち」がある。当然自分の気持ちの方が優先されそうではあるが、自分の気持ちが分からなくなることもある。自分の気持ちにきちんと気づくことは、それなりに大切なことだ。
 そして、他人の気持ちを気遣う。自分の気持ちと他人の気持ちをどう調整していくのか。
 「プラスの気持ち」(喜び、楽しみなど)と「マイナスの気持ち」(怒り、妬み、恨みなど)がある。他人のプラスの気持ちに対しては共感しやすい。しかし、マイナスの気持ちに対しては共感はしにくいし、調整も難しい。
 「アサーション」という方法が示された。アサーションとは、自分と相手を大切にする表現方法だと言われている。その方法の一つとして、「I(アイ)メッセージ」ということも提示された。すなわち、相手を非難するのではなく、I(私)の気持ちの方を素直に相手に伝えるという方法である。

 気持ちの捉え方で、男女差というような話にもなった。個人差は当然あるが、女性は「共感」を求め、男性は「解決」を求めるという傾向である。このように男女の違いはあるかもしれないが、気持ちを大事にしようとしている点では同じとも言える。
 気持ちを「感情」とほぼ同じに考えるのが一般的ではあると思うが、気持ちを理性(論理性)も含めた「心」や「魂」に近い、広義の捉え方も十分にあり得る。
 いずれにせよ、気持ちを大事にするということは、単純に自他の感情に溺れていくこととは異なる。自他の気持ちの違いを感じ取り、そのズレを調整したり、あるいは気持ちを育てたり、新たに生み出していくといった、寄り添い、擦り合わせていく努力は大切なようである。

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2017/05/10

美女と野獣

788 今作もさすがディズニーだということ。
 この「美女と野獣」の実写版もいい。面白い。
 主役のエマ・ワトソンはかわいい。

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2017/05/09

Mu 「無はなくてもいいのではないか?」 この問いに仰天した。
 この世は、なくてもよかったのに、「ある」 ということが充満している、そのことの不思議さに圧倒されているのだから、この問いはありうるか!!


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2017/05/05

ゴースト・イン・ザ・シェル

787 脳だけが人間、あとの体は機械、いわばサイボーグだ。この設定自体が、未来のこととして興味深い。
 哲学的に心と体を考える上でも面白い。ゴースト(魂)とは、いったい何だろう?
 体はますます義体化(機械化)していく。

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2017/05/01

バカなことをする

786 バカなことをしても、ある程度は許されるのは若者の特権か?
 今の私にはバカなことをしたい欲求もないし、バカなことをする必要もない。穏やかな普通の生活がいい。

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2017/04/29

人が変わるとは何か?

11_2 第52回人生カフェは、夜の2時間、事前申し込みなしで実施した。この形での実施は4回目である。
 平成29年4月28日(金)午後7時からスタートしたが、男性8名、女性1名、合計9名の人が集まってくれた。
 最初に各人から「問い」を出してもらった。各人の興味・関心のありどころも分かって、面白い時間帯である。
①嫌な仕事環境でも楽しく働けるか?
②あなたは何を優先しますか?(健康、お金、家族、仕事、人間関係)
③怒りとは何か?
④許すとは何か・
⑤人はなぜ物語を作るのか?
⑥人は変わるのか?

 テーマを一つに絞っていくに当たって、⑥の「人は変わるのか?」をめぐっての話が多く出た。「何をもって人は変わるといえるのか?」といったテーマなども出される中、最終的には今回は「人が変わるとは何か?」というテーマに決定した。

 「変わる」といっても、自分が変わることと他人が変わることとでは意味合いはかなり異なる。
 また、自分が変わったと主観的に捉えていても、外から見た客観的には変わっていないようなこともある。
 意図的に自らを変えようとして、大いに学ぼうとすることもあるが、環境の影響で非意図的に変わってしまうこともある。
 どの部分が変わるのか?「考え」のところか、「行動」のところか、「人格」のところか。レベルが違うような気がする。
 人が変わることの根源を探っていくと、人の意志や動機といったところが見えてくる。深いところのその人の欲求・欲望といえるものかもしれない。
 それらが連続して、習慣のようになっていたものが、ある時断裂的に変化する。その時はさすがに自分が変化した感覚を持つ。心の中に吹いていた風の風向きが変わってしまった感じである……。

 テーマを決めるのに1時間、そのテーマについて対話を展開したのが1時間、凝縮した2時間であった。

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2017/04/28

顔の現象学

785 副題「見られることの権利」、鷲田清一著(講談社学術文庫)、この本の初めのあたりの印象に残ったところを抜き書きしておく。

*眼が「かち合う」こと、まなざしが交差することは、対象を見ることとは決定的に異なる。
*相手の目が興味深いから見るのではなく、まさに相手のまなざしをそこに感じるから、私たちはそこに目を向け、相手に目を合わせる。

*顔の「遠さ」~他者がわたしを〈わたし〉として認知してくれるその媒体としての顔が自分にだけは見えないという、あの〈わたし〉の可視性のアンバランスな構造
*〈わたし〉と他者はそれぞれ自己へといたるためにたがいにその存在を交叉させねばならないのであり、他者の〈顔〉を読むことを覚えなければならない。
*〈顔〉という現象は、それが「わたしの顔」となるまえに、まずは共同性の様態なのである。

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2017/04/27

ムーンライト

784 愛を乞うている人を見事に描いた。
 今更だが、子どもにとって家庭の環境は大きいことがいえる。子どもは逃げられない。危険や不安がいっぱいな家庭環境は恐ろしい。
 アカデミー賞作品賞らしい、しっかりとした演出の作品だ。
 ある意味、平凡な一般人だが、そこには内面のドラマがある。愛と憎がある。それを丁寧に描いた。

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