2012/05/26

死をみつめて ②

20090307022741 この本では、岸本英夫さんの「わが生死観ー生命飢餓状態に身をおいて」が最も印象に残った。
 宗教学者の岸本さんは1964年に亡くなるまでの10年間、ガンと闘った。
*死の恐怖には2つの要素がある。①死にいたる人間の肉体の苦痛 ②生命が断ち切られること (私はこれらに加えて、他者への迷惑の問題があると思う。)
*近代的知性によれば、肉体の死によって、私という意識する個体は、物質的にも、精神的にも、解消するものと考えざるを得ない。
*死は実体ではない。死を実体と考えるのは人間の錯覚である。死は実体である生命がないということである。
*生と死は光と闇との関係にある。光のない場所を闇という。人間にとって光にひとしいものは生命であり、生命のないところを人間は暗闇として感じる。
*死を前にして大いに生きる。一個の人間として、もっぱらどうすれば「よく生きる」ことができるかということを考える。
*死は生命に対する「別れのとき」である。

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2012/05/24

死をみつめて ①

Images14 「中学生までに読んでおきたい哲学」シリーズ(松田哲夫編・あすなろ書房)の第6巻「死をみつめて」である。
 いきなり向田邦子「ねずみ花火」の名文に接して、すごいなぁと感心した。前半に掲げられた作品で他に私が好きなのは、松下竜一「絵本」、松田道雄「死について」、池田晶子「無いものを教えようとしても」、吉村昭「大人の世界」である。

 案内人・南伸坊の「ロボとピュー太」もいい。ロボはお父さん、ピュー太は息子である。
ピュー太「おとうさん、死後の世界ってあるんですか?」
ロボ「ああ、ある」
ピュー太「じゃあ、死んだらピュー太もそこに行くんですね」
ロボ「いや、死んだら、ピュー太の死後の世界はなくなるんだよ」

池田晶子:命の「大切さ」を教えるより、命の「不思議さ」を感じさせる方が先だ。

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2012/05/23

ファミリー・ツリー

Images13 ジョージ・クルーニーがいい。演じきった。
 ハワイを舞台に、妻の事故、昏睡状態、妻の浮気発覚、そして妻の尊厳死と続く。その中で、残された娘2人との家族の絆を深めていく。
 (映画の本筋とは少し離れた感想になるが)、このような悲劇は味わいたくない。悲劇のヒーロー、ヒロインにはなりたくない。
 静かに家族の生活をしたい。愛している妻と娘とともに。

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2012/05/22

宇宙兄弟

Images12 「兄弟」「宇宙」「夢」、どれも私とは縁遠いようなものだが、爽快感はある。
 それは、宇宙とか夢とかの話は雄大でスケールが大きいからである。
 宇宙については、私も子どもの頃から大きな興味を持ってきた。
 夢については、私のような年になれば、小さな楽しい目標と置き換えて考えればいいと思う。

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2012/05/21

心のアンチエイジング ②

Images11 多細胞生物である人間の死について述べている。
*生殖細胞は連綿と子孫を作り続けることができる不死の細胞だが、個人にとって大切な脳や筋肉などの援助細胞(体細胞)は個体と運命を共にして消滅してしまう犠牲者なのである。
*人間のような多細胞生物は、個体死という運命と引き換えに進化と複雑化をもらって出現した。
*脳幹が死んでしまった状態が脳死であり、人間の本当の死である。

 著者の川上正也さん(写真)は、壮大な宇宙とその宇宙の長大な歴史に思いを馳せよと言う。一方で、老いを楽しんでいる身近な人々から学ぼうという姿勢を持っている。そこのあたりに私は共感する。
*あの世を理解したり感じ取ったりすることは不可能だろう。それに思いを巡らすよりはこの世の宇宙を見通して、その奥にあるものを見出すことである。
*さわやかに年をとる方々のお話を、深刻に悩む方々へ伝えるために、この本を書いたということである。

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2012/05/20

心のアンチエイジング ①

Images10 遺伝学、免疫学、分子生物学の研究者である川上正也さんの本だけに、この分野の説明は説得力があるし、しかも分かりやすい。(講談社ビジネスパートナーズ発行)
*人間の体中の細胞約60兆の中には、すべての種類の遺伝子約3万が1セットずつ存在している。
*細胞はホルモン、サイトカイン、神経によりお互いに会話している。
*遺伝子も蛋白質のやりとり、RNAの使用などにより会話している。
*老化現象の一つとして、免疫機能の低下がある。外敵に対する反応が遅くなる。
*染色体の両端にあるテロメアが短縮することによって、細胞は増殖しなくなる。
*遺伝子診断などの予測医学によって、その人のかかりやすい病気を予測できる。
*朝、目覚めて「今日も生かされた」ことを確認して、自らのいのちを感じとる。
*年をとってからは「世のため人のため」ではなくて良いから、何か楽しい目標を持って生きていることが必要だろう。

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2012/05/19

舟を編む

Images9 国語辞書を編纂する人たちの苦労を描いた、2012年本屋大賞第一位の作品である。
 編集室には主人公の馬締(まじめ)、同期の西岡(後に岸辺に代わる)、松本先生、定年になった荒木、事務の佐々木らがいる。そして、やがて馬締の妻となる香具矢が登場する。
 辞書作りという、言わば執着型の仕事は苦労が多いと思うが、反面うらやましいところもある。その一途さには感動するし、やりがいがあると思われる。やはり仕事に打ち込める人は幸せである。
 辞書作りの話だけに、言葉にまつわる薀蓄が多彩である。これがこの本の魅力になっている。
 これらを散りばめながら、挫折を含んだ長い年月を経て、辞書が完成するまでを描いている。完成後はすぐにその辞書の改訂作業に入っていく……。これには深く感動する。
 作者の三浦しをんさんは35歳の女性作家である。味のある人間描写が随所に見られ、感心させられる。

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2012/05/17

一真軒 臥龍 燦燦斗

010011012 TRY認定「ラーメン大賞2011-12」を見ながら、ラーメン店を訪問する。
左写真:千駄ヶ谷「一真軒」5月4日 とんこつスープに旨味がある。たっぷりスープが最後まで熱い。すりゴマとの相性がいい。
中写真:三軒茶屋「麺屋 臥龍」5月6日 おいしい鶏白湯麺だ。きれいだし、旨味もたくさん。鶏チャーシューは脂身がないのでいい。ムネ肉とモモ肉の2種類がある。地元に愛されている感じだった。
右写真:東十条「燦燦斗」5月13日 豚骨醤油だが魚出汁がよく効いたスープである。おいしいから完食!チャーシューも、玉子も、メンマも、ネギも、カイワレもいい。麺は自家製、中太のつるつる麺だ。

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2012/05/16

テルマエ・ロマエ

Images8 コミックを少し読んでいた。
 映画の方は、前半はコミックの要約版のような形でテンポよく進んでいく。
 後半は、阿部寛(ルシウス)と上戸彩との恋愛物語を絡ませて、映画なりにまとめていた。
 日本人はローマの物語が好きである。この映画の中でたくさん使われているイタリアオペラも好きである。
 この映画でもっと笑わせてくれるとも思ったが、コミックを既に読んでいただけに、私にはそれほどでもなかった。

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2012/05/15

毎日かあさん ②

Images7 DVDを借りてきて、最初からもう一度観てみた。
 夫のこと、子どものこと、すなわち家族のことを笑い飛ばす、この明るさ!強烈さ!
 世界中のお母さんがやっている!?それだから、世界中で、毎日が、かあさんだ。(毎日新聞連載だったから、毎日かあさんか?)
 私は死というものを考えてきた。死を考えていると、現在の生を考えることになる。生きることを考えると、家族のことを考える。
 だから、この映画「毎日かあさん」は私にとって、傑作である。

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2012/05/14

三匹のおっさん

Images6 「アラ還」小説に共感する。アラ還とは還暦(60歳)前後ということである。私と世代が近いから、感ずるところがある。
 三匹とは、剣道の達人・キヨ、柔道の達人・シゲ、機械いじりの達人・ノリの3人のことである。このアラ還3人が、ご近所に潜む悪を斬る!という話である。
 はちゃけた話だから、痛快である。
 ただし、作者の有川浩さんの理屈や解釈は大体が穏当で、素直で、筋が通っている。だから、荒唐無稽ということではなく、読み進んでいくうちに、段々とこの世界に違和感なく馴染んでいく。
 微妙な恋愛感情(男女の機微)も、ファッションなども丁寧に描いているので、面白い。
 この3人は「地域限定の正義の味方」である。教育問題や悪徳商法問題など地域の問題に取り組んでいく姿勢がいい。得意とする力技だけを使うのではないところもいい。
 私としては、第4話の教育に関わる話が印象に残った。子どもの安全に関する話は色々考えさせられる。

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2012/05/13

国際バラとガーデニングショウ

007008009 「第14回国際バラとガーデニングショウ」(西武球場)の初日に妻と一緒に行った。
 きれいだった!球場いっぱいに展示されたバラの数と種類の多さに圧倒された。(人の数も多かった!)
 家でバラを育てている妻と見に行けたので、楽しかった。

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2012/05/12

真珠の耳飾りの少女

Images5 中世から近代へ向けての時代、ヨーロッパ(オランダ)はこのような街並み、人並みではなかったかと思わせる、雰囲気がある映画である。
 画家フェルメール自身にしても、彼の30数点しか残されていない作品にしても謎が多い。だから、人々の想像力をかきたて、それが魅力になっている。この映画も、その原作も自由な想像力によって作られている。
 17世紀のオランダにはデカルトやスピノザがいた。画家ではレンブラント、そしてフェルメールがいた。新しい時代を感じさせる街だったはずである。
 しかし、この映画に描かれるフェルメールの家はそれほど新しさを感じない。主人公である使用人グリートはかなり弱い立場にいる。オランダの中でも古都だからか、またカソリックの家だからか。
 その古さが残る家の中での秘めたる愛の話として見た。グリートは単なる1人の使用人だったかもしれないが、その後、永く世界中に知られる絵のモデルになった。グリートは1枚の芸術作品の中の永遠の人になった。
 この絵画「真珠の耳飾りの少女」の本物が6月に日本にやってくる。
 スカーレット・ヨハンセンとコリン・ファースという、今や脂の乗っている2人が演じている。

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2012/05/11

酔いがさめたら、うちに帰ろう

Images4 アルコール依存症や精神病棟の様子が妙にリアルに感じられ、私は面白かった。
 病人も、病院のスタッフもたいへんであることは間違いないと思うが、とにかくユニークな人々が集まっている場所である。
 病気や障害に伴う苦しみというのはなかなか他人には理解できないものである。だからこそ苦しいのである。
 私は少しは共感できる。憐れみの情もあるが、それだけではない。いっそのこと自分の人格を崩したいという感覚も少しは分かるからである。
 鴨志田譲と西原理恵子の夫婦と男の子、女の子の2人の子どもたち、これら家族の物語である。「毎日かあさん」が西原側から見た作品であり、本作は鴨志田側から見た作品である。

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2012/05/10

ベイビーズ いのちのちから

Images3 人間の誕生は力強い。(か弱い面もあるが…)
 どの国の赤ちゃんもかわいい。ナミビア(アフリカ)、モンゴル、日本、アメリカの4人の赤ちゃんたちだ。
 瞳が大きく、頭が大きく、手足は短い、そしてよく泣く。いつもお母さんを捜している。全面的に母親に依存している。母乳で育っている。
 1歳から2歳にかけて起きること、それは「2本足で立つこと」と「喋り始めること」である。これは人間らしくなる大きな変化である。
 以上のようなことはどの国の赤ちゃんでも同様に生じることである。人類共通の、いわば人類の遺伝子のなせるわざである。
 一方で、人間は社会的動物である。所属する国の経済状況などに大きく影響される。その差は明らかだ。
 ナミビアは貧しい国、モンゴルは発展途上国、日本・アメリカは先進国である。衣食住それぞれにおいて差がある。前2国にはハエが多く、後2国にはハエは見当たらない。前2国にはきょうだいが多いが、後2国は子どもの数が少なく、それだけに子どもにかける教育や手間は多くなってくる。
 前2国は生活のためにヤギや馬などの動物と共存しているが、後2国にはそのような家畜はいなくて、ペットの猫がいる。
 映画の中のベイビーはみんなかわいかったが、マイ・ベイビーはその何十倍もかわいい!ということになるのだろう。

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2012/05/09

ディズニー そうじの神様が教えてくれたこと

Images2 人に喜んでもらえる仕事というのは素晴らしい仕事である。
 (鎌田洋著、ソフトバンククリエイティブ社発行)のこの本には、4つの物語が収められている。
 私にとっては、娘を思う父親を描いた1作目がやはり印象に残った。「お父さんの夢は、出世することでも、お金をたくさん稼ぐことでもなくて、さっちゃん(娘)を幸せにすることが、お父さんの一番の夢です。」……涙。
 「夢はね、あきらめなければ叶うのよ」
 この本は仕事のことについての物語である。
 「仕事とは、楽をする方が得とか、担当以外のことをしたら損とか、自分の都合のためにやるものではない。」

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2012/05/08

感性の限界 ④

Imagesca3yopof 高橋昌一郎さん(写真)の「感性の限界」を読んでの感想を3つくらい。
 一つは、個人=私というもの、私の自由というものの発見について、改めてその重要性を感じた。
 確かに人間は、ドーキンスが言うように、遺伝子を運ぶ入れ物であるかもしれないが、それだけではない。私という個体の自由がある。人類史上、この自由の発見は大きい。
 近代になって、人間という「ロボット」の叛逆は大きくなった。一方で、個体の死の意味合いも大きくなったと言える。
 二つ目は、二重過程理論の意義である。
 デカルトの「精神」と「身体」の2元論から、現代は2項対立理論に対して評価が低い。しかし、一方的でなく、両面(2項)から物事を見ることは、片寄りがなくいいことである。
 男~女、明~暗、陽~陰といったように2つに分けて、前者の方にだけ価値を見出すようなことは確かによくない。そうではなくて、評価や差をつけないで、対等に両面から見るという姿勢はもっと尊重されていいと思う。
 三つ目は、この本を貫いている、科学・研究の成果と哲学とを結び付けようという取り組み方に共感した。
 最新の学問的な成果もたくさん取り上げているので、読んでいて面白い。

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2012/05/07

感性の限界 ③

Images67 第3章は「存在の限界」である。
 「死」とは何かを素材に、「不条理性」を考える。
*地球に生命が誕生して以来、36億年近くは無性生殖を行う単細胞生物しか存在していなかった。およそ8億年前から有性生殖が始まった。有性生殖の最大の理由は「多様性」にある。一方、有性生殖により、個体の死(親の方の死、特定の個体の有限性)というものが生じた。
*ミーム:「ミーム」というのはドーキンスの造語で「非遺伝的な複製子」のことである。
*ヒトは生物学的には遺伝子の乗りも物としての「ジーン・マシン」、社会学的にはミームの乗り物としての「ミーム・マシン」ということになる。
*カミュ(写真)の「形而上学的反抗」:世界が「不条理」であることをそのまま認めて、あらゆる真実を包括するような科学的、合理的、あるいは宗教的な「本質」も存在しないことを理解し、さらに人生に意味がないことを受け入れ、その上で「反抗」する。~(私にはよく分からない??)
*「小集団の論理」の影響は大きい。「信仰」や「信念」などという観念的な理想よりも、むしろ「共感」や「排他」といった感情的な結合にある。実際には自分が小集団で特別な存在だと認められたい、小集団に自分を捧げたいという「無意識」的衝動に突き動かされている。

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2012/05/06

感性の限界 ②

Images1 第2章は「意志の限界」である。
 人間の「自由」について考える。その際に、ドーキンス(写真)の「生存機械論」などが素材として取り上げられる。
*ドーキンス:人間は「利己的遺伝子を運ぶ生存機械」である。
*あなたの身体は約60兆個の細胞から作られているが、その細胞のすべての中にあなたのDNAが入っている。
*遺伝子の唯一の目的は、より安定的に遺伝子を残すことである。
*マズローの「生理的欲求」や「安全の欲求」は遺伝子と個体の両方の利益にかなっている。しかし、「愛情と所属の欲求」や「承認の欲求」や「自己実現の欲求」となってくると、個体の利益に重心が移り、必ずしも遺伝子の利益に直結しているとは限らない。
*ロボットの叛逆:私たちはロボット(複製子の繁殖に利するように設計された乗り物)かもしれないが、自分たちが複製子の利益とは異なる利益を持つということを発見した唯一のロボットでもある。
*私たちの脳内の「自律的システム」は無意識的に利己的遺伝子の利益に沿って判断を下しているが、「分析的システム」はそうではなくて、あくまでどうすれば私たち自身の利益を最大にできるかを合理的に考えることができる。(二重過程理論)
*柔らかい決定論:「決定論的」か「非決定論的」かは、時間や空間のスケール(複雑性)によって異なっている。

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2012/05/05

怒り、悩み…

002 怒ったり、悩んだりする。これはこれで人間の素直な感情である。
 しかし、この感情に凝り固まっていると、ルサンチマンになる。心が内側だけに向かい、幸せにはなれない。
 生きていく上では、特に仕事などの場面では、むしろ「考える」ということが大切である。
 怒りや悩みについて、できるだけ冷静に落ち着いて、その解決策を考えていくことである。
 職場においては、怒りや悩みの感情を生のままで周囲の人々にぶつけても、容易には受け入れてくれない。できるだけ客観的に対策を考え抜いていくことである。(難しいことではあるが…)

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2012/05/04

私を感じる

005 私が私を感じる。私を切実に感じることができるのは私だけである。
 だから、私を大切にしてあげよう、私を幸せにしてあげよう、という話である。
 私は自分が誕生したことをずーっと不思議に思っている。この時代、この日本に、この両親のもとに、なぜ生まれたのだろうか。よくもまぁ、この世界に誕生したなぁ、という驚きと謎である。
 そして、私と同じ種類の動物=人間が現在70億人もいるという事実に感嘆する。
 私は、若い頃は、生まれてきたからには何かしら私の役割や使命というものがあるのではないかということを強く意識していた。
 今はそれらを超えて、自らが存在していること自体を強く意識している。私が人類の歴史、生物の歴史、地球の歴史、宇宙の歴史……の先端に存在していることを意識する。
 この私を見ている、この私を味わう、この私を感じる、このことをできるのは私だけである。それが生きているということである。また、「現在」という時間のことである。
 だから、結論として、私を大切にしよう、幸せにしよう、ということになる。

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2012/05/03

ラーメン後の喫茶店

Images68 休日、ラーメンを食べた後、喫茶店に行くことが多い。
 できるだけ窓際に座る。街の様子や街を行き交う人々を眺めるためである。街によって歩いている人々の年齢層、服装、表情、歩き方、連れの人数(1人か、カップルか、家族連れか)などが異なっている。下手な映画のシーンを見ているより、はるかに楽しい。
 注文はほとんどコーヒーである。
 まずは、今食べてきたラーメンの評を書く。
 次に、ダイアリーを取り出して、今日の予定、明日の予定、1週間の予定などを見ていく。また、今まで書き溜めてきた覚書(メモ)などを見る。そして、ぼんやりともの思いにふける。
 次に、少し本を読む。
 この当たりになると、ラーメンを食べた後なので、眠たくなることがあるので、その場合は抵抗せずに一眠りしてしまう。せいぜい15分くらいのことである。コーヒーを飲んでいるので、目覚めは悪くない。
 このパターンは私のリラックスになる。休日の至福の時である。日常とは異なる街を歩く、すなわち小旅行の楽しみである。

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2012/05/02

感性の限界 ①

Images66 高橋昌一郎さんの「理性の限界」「知性の限界」に続く、第3弾は「感性の限界」(講談社現代新書)である。
 ここでも3つのテーマが取り上げられる。
 第1章は「行為」の限界についてである。「愛」とは何か、行為の「不合理性」がテーマになる。
*視覚・聴覚は一定の距離を置いて対象を認知するという意味で、自己の安全を即座に脅かすものではない。そこで、これらの情報は、最初に脳の新皮質に伝わって「客観的」に捉えることができたため、ここから飛躍的に高度な知性が生じた。…一方、嗅覚・味覚・触覚に与えられる情報は、古い脳辺縁系に直接入力される。瞬間的な無条件反射として生じる。これらは新皮質よりも先に「主観的」な感情を呼び覚ます運動で、他の動物にも共通した反応である。
*カーネマンの「プロスペクト理論」:人間の意思決定は「効用」ではなく、「効用の変化」に基づき、損失回避を優先する傾向が強い。
*アンカリング:「アンカー」とは船の錨(いかり)のことで、「アンカリング」は船を港の岸壁に係留することを意味する。これを消費行動に当てはめると、消費者が何らかの数値に繋ぎ止められたうえで、意思決定をくだす状況を指す。
*二重過程理論(モデル):一つの脳内に二つの心が共存している。 「自律的システム」~直感的な処理システム 「分析的システム」~論理的系統的な処理システム
*フレーミング効果:得をするフレームではリスクを避け、損をするフレームではリスクを冒そうとする。

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2012/05/01

斑鳩 銀笹 マタドール

018019020 「TRY認定 ラーメン大賞 2011-12」を片手にラーメン店歩きをしている。
左写真:東京駅「東京駅 斑鳩」4月22日 豚骨醤油のラーメンとして一定の水準はいっている。
中写真:新橋「銀笹」4月28日 醤油つけ麺というのは珍しいと言える。出汁がいい。具も豊富で綺麗である。細麺との絡みもいい。薬味もスープ割りも満足。完成されている。
右写真:北千住「牛骨らぁ麺 マタドール」4月29日 塩スープもいける。塩のこともよく知っている作り手とみた。千住葱もネギ好きにはたまらない。うまい!

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2012/04/30

わが母の記

Images65 正統な日本文学の味わいがある。裕福な家族の日常と葛藤が描かれる。
 これらが生きていた時代であり、これらを面白いと感じられるかどうかによって、この映画に対する感想も異なってくると思う。私は何とか共感できる世代だが、若い人たちにはいかがなものだろうか。
 「母」の記であるが、これは家族全体の物語である。長男が中心にいるわけだが、そこには妻がいて、妹2人がいて、娘3人がいる。
 その当時の時代背景もあるが、家族というものはどうしてもウエットな関係になる。葛藤もある。さらに一つ前の時代には、「妾」という存在もそれなりにいて、何かどろどろした暗い関係を作り出していた。
 老いの問題は形が少しずつ変化していくが、過去も現在もある。子どもからの介護の問題もそうである。子どもたちの方の責任という問題もである。
 役所広司はいつものようにしっかりした演技である。やはり特筆すべきは樹木希林のすさまじさである。老人特有の執着性と緩(ゆる)みが断続的に現われる様を見事に演じている。

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2012/04/29

閃(ひらめ)く時

Images64 私が何かしらのことで閃いたり、アイデアが生まれるのは以下のような時である。
 お風呂に入っている時、掃除をしている時、これからまさに目覚めようというまどろんでいる時等々である。要するに、リラックスしている時である。
 その閃きは淡いものであるから、すぐに忘れてしまいがちである。しかし、すぐにメモを取れない状況のことも多い。
 だから、アイデアが次々に浮かんできた時も、3つくらいにアイデアを絞っておくようにしている。3つくらいなら、何とか記憶に留めておくことができるからである。

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2012/04/28

毎日かあさん

Images63 テレビでやっていた映画「毎日かあさん」を見て、衝撃を受けた。(感動した!)
 なぜならば、私の大きなテーマである、「家族のこと」と「生と死」のことが実によく捉えられていたからである。私にとっては、何度も何度も考え、感じ、確かめたいテーマだからである。
 夫と妻の関係、親と子の関係、きょうだいの関係……、幸せな家族だなぁ。
 しかし、アルコール依存症であった夫はガンになって亡くなっていく。家族には死がやがて訪れる……。当たり前のことなのだが……。
 家族は有限だからこそ、いとおしい。
 漫画家西原理恵子の実話・原作を基にしている。
 夫は戦場カメラマンだった。子どもたちはとてもかわいい。

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2012/04/26

異動後の仕事

Images62 異動直後のしばらくの間は、仕事をしていく上で要領を得ない。(これは新人君も同じである。)
 これは仕方のないことである。気持ちが落ち着かない、中途半端な時期である。
 この時こそ、周囲からやってくる事柄に対して、開かれた姿勢を持っていたい。柔軟な心を持っていたい。
 否定的、反抗的にならない。与えられたものを、取りあえずは受け取る。嫌がらずによく聞くという姿勢である。
 ある程度消化できるようになるには時間がかかると思っていていい。
 だから、多少、心身の調子が悪くても仕事は淡々とこなしていくことである。

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2012/04/25

はな火屋 ほしの みその

015016017 下の2軒目からは、TRY認定「ラーメン大賞」(2011-12)に基づいて、しばらく食べ歩きするつもりである。
左写真:小滝橋通り「はな火屋」4月13日 久しぶりに食べて、このすっきり醤油味ラーメンに大満足。これは私の好きなラーメンである。
中写真:蓮沼「らーめん ほしの」4月14日 濃厚だがマイルドなスープがおいしい。玉ネギのビューレに背脂を加えたトッピングもいい。
右写真:梅島「味噌専門 札幌 みその」4月21日 私の好きな味噌ラーメンである。白味噌ベースのスープがまろやかでおいしい。中太縮れ玉子麺もいい。白美人ネギ、キクラゲ、モヤシのトッピングもいい。薬味的な柚子、生姜、一味唐辛子も味の変化を楽しめる。

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2012/04/24

ソーシャルメディアは世の中を変えるのか?

Images61Images60 猪瀬直樹さんと津田大介さんの対談である。
 今、言葉が人々の心に届くためには、文学性が必要なのではないか。分析する力ではなくて、直観する感性が求められているのではないか。
 140字という制限のあるツイッターは短詩のようなものだ。短歌や俳句に通ずるものがある。短い字数の中に、伝える力を込められる。
 「作家」を自称できる2人にその力を期待したいし、私自身も何かしら作る人、生み出す人にはなりたいものである。

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2012/04/22

幸福論 アラン

Images59 アランの「幸福論」(白水社)では、具体的なエピソードが満載であり、それを楽しめる。
 大人の楽しみ方のように思う。若い人にはまどろっこしいかもしれない。
 今、私は体調が悪いこともあって、今回はアランが身体や病気に関して言っている部分が心に残った。
*深い悲しみというのは肉体の病気に由来する。
*ある病気の友人を見舞って。「この病気は気を滅入らせることをきみは承知なのだから、滅入ることに驚いたり不機嫌になったりしてはいけない。」

 辻邦生さんの解説がいい。アランの肝を捉えている。
*フランスの哲学はデカルト、パスカル以来、極端な観念論には向かわなかった。百科全書派や実証主義の人々もつねに具体的な現実に論拠を置き、その具体的表象をけっして消失しない限りにおいて事象を抽象化・一般化した。
*人間の生の根幹はその身体と、身体に深く結びついた精神によって作られるという<理>(リゾン)に導かれている。そして、身体は季節と天候と時間の推移を具体的に備えた地上の生活と分かちがたく結びついている。
*身体管理の<理>と精神管理の<理>が同じ根底に置かれているのがアランの思索の特徴である。
*自己に対してほほ笑み、周囲に対してほほ笑む。
*最も不運な状況に先手をうって<上機嫌>で向かうこと。

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2012/04/21

歓送迎会

Imagescajmi9q9 歓送迎会のシーズンである。
 私も異動したせいで、例年の2倍の歓送迎会に出席している。4月だけで6回くらいある。
 組織というコップの外へ出て行く人と内に入ってくる人のストレスは大きいだろう。(最大はやはり内に入ってくる新人さんたちだろう。) それとともに、コップの内の中での異動もストレスである。
 私は職業生活の中で、前半はほとんど異動がなかった。それに対して、後半は2年単位くらいで異動している。
 歓送迎会に出席すること自体、気苦労なところはあるが、できるだけ楽しむようにしている。

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2012/04/20

心が軽くなる 哲学の教室 ②

Imagescaun1qin 新しいメディアが続々と誕生している中で、マクルーハン(写真)の見方は基本として押さえておきたい。
*メディアはメッセージである。メディアの伝える内容だけでなく、形式にも目を向けよ。自分がメディアにどうかかわっているのか意識せよ。①内容を偏重してはいけない。②内容にふさわしいメディアがある。③メディアは人間の知覚習慣を変える。④メディアは社会の変化を促す。
 デリダのメッセージ。
*ある程度出来上がった基準を疑い、人生をやり直すにはリスクを伴う。これまで築き上げてきたものを崩し、構築し直すのだから。しかし、真理が見えないならそうするよりほかはない。むしろ矛盾を抱えたまま生き続け、結局どこかで崩壊してしまうくらいなら、今能動的に壊して作り直す方がいいのかもしれない。一度きりの人生なのだから。
 著者、小川仁志さんのメッセージ。
*哲学は宗教とは違って、頼らずに自分で答えを見つけるものである。だからしんどい。しかし、誰も助けてくれないことがわかれば、自分で考えて解決策を見出すよりほかはない。したがって、今求められているのは、自分で考えるための手助けである。

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2012/04/19

心が軽くなる 哲学の教室 ①

Images58 小川仁志さんの「人生が変わる哲学の教室」の続編である。(中教出版)
 今回も哲学者が次々と、全部で14人が登場する。
デカルト:自分がどういう人間であるかをわかるためには、まず人と何が違うかのかを疑うことから始める必要がある。……最後に信じられるのは自分の意識だけだ。
デリダ:(デカルトと同様なことを言っている) 人との違いによってはじめて自分のことがわかる。
パスカル:頭だけでなく、心の目でとらえないと本当のことはわからない。「幾何学的精神」(物事を客観的に分析する=合理的に考える)と「繊細の精神」(直観によって全体を見渡す=感情でとらえる)の両方が人間には必要である。
 プラグマティズムの変遷を3人のアメリカの哲学者に見てみよう。
パース:概念の意味は効果によって確定される。
ジェームズ:真理は有用性によって判断される。
デューイ:知識は人間の行動に役立つ道具(道具主義)

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2012/04/18

エニグマ

Images57 第二次世界大戦中、ドイツの暗号解読に奮闘するイギリス人たちを描く。
 題材がユニークで、ロバート・ハリスの原作もある。しかし、映画としてはうまくは表現されていない。話が複雑であり、最後の方は、はしょられたストーリー展開である。
 謎の女性や執拗な追及者も、裏の裏などを考えながら見ていると、何が何だか分からなくなってしまう人物たちである。
 映画に登場する暗号解読マシン「ボンブ」はコンピュータの原型のような機械である。これに、コンピュータの父と言われているアラン・チューリングが関わっていたらしい。
 映画「タイタニック」のヒロインだったケイト・ウィンスレットは、松坂慶子並みに太っていたのには驚いた。

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2012/04/17

震災から文学へ

Images54Images55Images56 高橋源一郎さん、市川真人さん、東浩紀さんの鼎談である。
 まずは3人は文学の可能性に期待している。
 理屈とか、正しいとか正しくないとか、ではない。遠くまで届く、心の叫びに期待している。人間の直観とか、感情といったものである。それは人間の身体と結びついており、人間の基底にあって、時代が変わっても変化しにくい部分である。
 だけど、現実的に言って、文学だけではなかなか食っていけない。就職できない。だから、プロとして長い間、言論活動をできている人たちはすごい。自らの表現の場である機関誌まで作ってしまう東さんは、やはり大したものである。
 彼らに対しては能力的な差や世代的な差を感じてしまうのだが、私は一体何ができるのだろうか。
 これからの電子情報社会の中では、ツイッターの力は大きいと思った。多数のつぶやきは力となる。
 しかし、組織に縛られている私は、容易にはうまくつぶやけない。

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2012/04/16

とびねこ 美登里 無極

012013014 「石神秀幸ラーメン2012」を基にして、ラーメン店めぐりをかなりしてきたが、そろそろ一段落付ける頃である。
左写真:巣鴨「中華そば とびねこ」3月25日 油かすつけ麺ということだったが、思ったよりすっきりした味で食べやすかった。麺もおいしかったし、薬味のネギや柚子もよかった。お酢を入れて、味の変化を楽しんだ。
中写真:浅草「佐賀ラーメン  美登里」4月7日 あっさりとんこつは旨味も感じられておいしい。細麺との相性もいい。完食だ。4月下旬からは夜だけの営業になる。
右写真:野方「つけ麺専門店 無極」4月8日 「無鉄砲」系列だから、当然、濃厚豚骨のつけ麺である。

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2012/04/15

衛生の仕事

Images53 仕事が変わりました。
 幼稚園・小学校・中学校等に関する仕事から、生活上の「衛生」に関する仕事になりました。
 衛生に関する仕事は多岐に渡っていますが、主なのは以下のようなものです。
 食中毒対策など、食品衛生に関することです。
 生活全般の環境衛生に関することです。
 医事、薬事に関することです。
 犬・猫などのペットに関することです。
 その他、どれも日常の生活に密着した仕事です。

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2012/04/14

最後の親鸞

Images52 先程亡くなった吉本隆明さんの主要著書である。(ちくま学芸文庫) 単行本では1981年出版のものである。
 親鸞が最後に到達した思想とは何かを追究している。
 捉えがたい親鸞、特にその思想は言葉では表現しにくいところがあるところを、親鸞に愛着を持って一生懸命に表わそうと試みている。親鸞の思想は、一介の捨て聖として振舞っている念仏者が宿しているという、一見矛盾した思想だからである。
 「歎異抄」で唯円はその試みに一定成功している。
 吉本さんは親鸞の著書「教行信証」から、2つの核心を取り出している。
 一つは「浄土」という概念を確定的に位置づけたことである。
 もう一つは、「空無」の理念を是認したことである。「涅槃経」の立場を認め、その上でそこへ到達すべき過程を披瀝してみせた。
 最後の親鸞において、親鸞は宗教の枠組みをも解体してしまったのか。まさに独自で大きな思想がそこで生まれたのか。

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2012/04/10

五木寛之 私訳 歎異抄

Images51 五木寛之さんの「私訳 歎異抄」は分かりやすくて、よく伝わってくる。だから感動する。
 改めて思うのは、浄土教(浄土真宗も含めて)はキリスト教に似ている。阿弥陀仏はキリスト教の神のような存在だ。キリスト教の神ほど厳しくないのもいい。優しく慈愛に満ちた光そのもののような存在である。
 そして、歎異抄で親鸞は「絶対他力」を説く。阿弥陀仏に自分の全部を投げ出してしまう。まさに信仰の極致のような状態である。浄土真宗は宗教らしい宗教とも言える。
 普通の人たち(何をもって普通と言うかは問題だが、要は私のような凡人という意味である)は、大体が自力でできるところまではやってみて、どうしようもなくなる最後の方で他力になるのではないか。結構、ちゃっかりしている。苦しい時の神頼み的である。

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2012/04/09

ほんとうの親鸞

Images50 「親鸞」は気になりだすと、おろそかにはできない。
 「ほんとうの親鸞」島田裕巳著(講談社現代新書)を読んでみる。
*親鸞に関しては、その人物も、その生涯も、そしてその思想もひどく曖昧である。曖昧であるがゆえに、後生の人間は、それぞれが勝手に独自の親鸞像を作り上げることができた。
*家永三郎:古代から受け継がれてきた「肯定的人生観と連続的世界観」に対立するのが、「否定の論理」であり、その論理を説いたのが、聖徳太子と親鸞である。
*加藤周一:法然から親鸞へと受け継がれた浄土教をキリスト教の宗教改革と比較すると、絶対者の超越的性格の強調と信仰の内面化、聖典による基礎づけ、旧勢力の抽象的で煩瑣な世界観に対する反対、大衆の支持等で共通する。
*「『歎異抄』の親鸞」と「『伝絵』の親鸞」はかなり異なる。(『伝絵』とは絵巻物、絵詞のことである。) 伝絵による親鸞伝が庶民に普及した。
*親鸞自身には、新たな宗派を興そうという気持ちは微塵もなかった。親鸞はただ、法然の説く専修念仏の教えに忠実であろうとした。正確に言えば、忠実であろうとして最後まで揺れ続けた。

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2012/04/08

アーティスト

Images49 大感動の傑作だ!アカデミー賞作品賞万歳!
 映画を愛する人たちにはたまらん素晴らしい作品だ。サイレントの時代でも、トーキーの時代でも、そして現代においても映画を愛する人たちが多くいる。。だから、現代の映画人たちはこの映画にアカデミー賞を贈った。私も映画を愛する一人として、とてもうれしい。
 ピュアな出会いがあり、純粋で深く献身的な愛がある。相手のために何かをしてあげたいという、まっすぐな気持ちが我々に大きな感動を呼ぶ。号泣した。
 そして、過去の名声や地位などのプライドを捨てることの大切さを知る。しかし、生きることそのもののプライド(矜持)は捨ててはいけないことを教える。これらのメッセージが明瞭に伝わってくる。
 モノクロ、サイレントというこの映画の枠組みの設定は見事に成功している。
 テイク1、2、3、4……と何度も撮り直す、あのシーンは主人公2人の愛を直感する、(そして後の布石にもなっている)まさに名場面である。このような映画好きの心をくすぐる場面がたくさんある。
 主役2人も、ワンちゃんも最高の演技だ!

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2012/04/07

希望論 ④

Images48 30代前半の二人が、新しい時代の新しい希望を語っている本である。
 ちなみに、宇野常寛さんは1978年生まれ(今年34歳)、濱野智史さんは1980年生まれ(今年32歳)である。子ども時代は80年代であり、いわゆるバブル期である。思春期、若者時代は90年代、00年代であり、いわゆる日本の失われた20年の時期である。
 東浩紀さん(1970年生まれ、今年42歳)の後を継ぐ世代であり、東さんと同様なトーンを持ちながらも変化も感じられる。当然のことながら、我々50代後半とはかなり感覚が異なる。
 もう大きな物語はありえない。「リトル・ピープル」の時代である。ケータイ、スマホ、インターネットの時代である。日本はアニメなどが世界から注目され、クール・ジャパンなどと言われている時代である。
 2人はこのような情報環境(インターネット、ソーシャルメディア)やサブカルチャーに期待し、希望を見出す。歴史的にも地理的にも、日本が現在置かれた状況からすると、自然な考えのような気もしてくる。
 ただし、2ちゃんねる規制など、様々な反発的な方向の動きも一方である。
 (濱野さんはどうもAKB48のファンであり、先日の前田敦子卒業宣言に関しても朝日新聞紙上で論評しており、何と前田敦子に希望を見出しているのである。あっぱれ!?)

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2012/04/06

希望論 ③

Imagescam9w8m3 第Ⅲ章は、「希望」を考える、である。
*日本は自意識の問題と草の根のシニシズムが蔓延しすぎていて、ストレートな社会運動が起こしにくくなっている。
*日本的ムラ社会の弊害で、一度「いじられキャラ」「いじめられキャラ」になると、なかなかその位置からは脱出できない。だとすると、常時いくつかの共同体に所属して、保険を掛けておくようなライフスタイルを奨励せざるを得ない。
*ネットを通じて街に出よう!(拡張現実)
*ゲーミフィケーション:ゲーム型社会運動:ゲームというのは、他者への「利他的感情」を生み出しやすいアーキテクチャである。
*インターネットとポップカルチャー(サブカルチャー)に大いなる可能性と希望がある。

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2012/04/05

希望論 ②

Images47 宇野常寛さんと濱野智史さん(写真)の日本の現在に切り込む対談(徹底討論)である。
 第Ⅱ章は「戦後以降」を考える、である。
*梅田望夫的な「情報技術で社会は変わる」式の技術決定論の立場でもなく、ひろゆき的な「どうせ日本人は2ちゃんねるやニコ動で戯れるだけ」という社会決定論の立場でもない、第三の道を探れるか。
*インターネットは、アメリカではハッカー同士の草の根の繋がりを支えるためのものとして政治的に理想化されるのに対して、日本ではしょうもない無内容なコミュニケーションを支えるものである(?) (「繋がりの社会性」に満ちた日本のネット空間)
*日本ではどれだけネット上で真面目な議論をしても、それがすぐにネタ的な空間に回収されてしまうし、ネタ的な議論でないと流通しない。
*インターネットが普及すればするほど、マスメディアに近づいていっている。
*この世界の「内部」に「潜る」という感覚に可能性を感じる。…想像力の発露によって<いま、ここ>を多重化し、拡張する。…<外部>に飛び出すのではなく、<内部>に潜ることで世界を読み替える想像力の萌芽を見出せる。…もう世界は革命では変わらない。ハッキングでしか変わらない。

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2012/04/04

希望論 ①

Imagesca9qvetv 宇野常寛さん(写真)と濱野智史さんの対談、「希望論」(2010年代の文化と社会)(NHK出版)を読む。
 第Ⅰ部は「震災」から考える、である。
*原発の問題は、危険と安全、推進と反対といった二項対立で議論していても、日本ではむしろずるずると問題が温存されてしまうだけだ。
*実際にはここ20年くらいは、世界史的には激動の時代であったにもかかわらず、日本の文化空間では自意識の問題ばかりが論じられてきた。具体的には「革命を喪った僕たちはどうやって自分の人生を意味づけていいのか分からない。」というポストモダン的アイデンティティ不安の問題である。だから、自分の自意識の問題が解決されれば世界の謎が解ける、という構造を持った村上春樹の小説が支持されてきた。
*ポストモダンの第二段階であるグローバル化やネットワーク化はまったく揺らいでいない。
*でかい一発がきても日常が終わらなかった。……日常と非日常が混在した世界を生きていく。
*「仮想現実」から「拡張現実」へ:スマートフォンやソーシャルメディアの普及は、<いま、ここ>の現実を多重化する「拡張現実」のほうが広大なフロンティアとして見えてきている。もはやリアルとバーチャル、リアルとネットというのは対立する二つの世界ではなくて、相互に重ね合わされるようになってきている。
*幻想そのものが失われてしまっている中で、新しい幻想としての「希望」こそが必要なのではないか。

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2012/04/03

新・幸福論

Images46 幸福を追求している私にとっては、気になるタイトルの本だったので読んだ。
 「新・幸福論」-青い鳥の去ったあとー 五木寛之著(ポプラ社)である。
 五木寛之のトーンは(意外に感じるかもしれないが)結構ペシミスティックである。本人も時に、うつ傾向になると言っている。
 だからか、その中での幸福論は、ささやかなものである。
*もっと本当にちょっとした小さなことに対する愛情とか関心といったものが大事なのではないか。
*私たちは、日常のなかで自分の好きなこと、そのことが自分にとってすごく気持ちがいいとか、自分が幸福を感じることをもっと大事にしなくてはいけない。

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2012/04/02

空間のために

Images45 篠原雅武著「空間のために」(遍在化するスラム的世界のなかで)(以文社)である。
 「空間が荒廃している」が主要テーマである。
 しかし、私が普段見ている空間はそれほど荒んでいるようには見えない。ラーメン店を訪問して、そのお店のある地域を歩くのは楽しい。その地域の持っている味わいを発見できる。
 東京はまだいい方だからか?それとも私が鈍感だからか?
 確かに「時間」と「空間」といった場合、どうしても時間の方を重視しがちである。ハイデガーの「存在と時間」ではないが、存在していること・生きていることと時間とは同じことのようにも思える。逆に言うと、空間を軽視しているということである。
 この本を読んでみて、少し空間に着目するようになった。自分の周囲をよく見るようになった。

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2012/04/01

BEE HIVE  マタドール 節とい軒

Images44010011 石神ラーメン2011を手がかりにしている。
左写真:六本木「BEE HIVE 」3月14日 見た目がきれいで、まろやかなおいしさである。
中写真:北千住「牛骨らぁ麺 マタドール 北千住店」3月17日 これは食べ甲斐のあるおいしいラーメンだ。牛チャーシューは最高!全体に「牛」のインパクトは強い。その他の具も豊富で、麺も多めでうまい。
右写真:中河原「豪麺 節とい軒」3月18日 海老味ほんのりのつけ麺である。

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2012/03/31

老いの幸福論

Images43 吉本隆明さんが3月16日に亡くなったので、吉本さんの読みやすい本を読んでいる。
 この本(青春出版社)は、私のテーマにも合っているので、参考にすることが多い。
 まずは、第1章の「「こきざみの幸福に気づく」がいい。「ちいさく刻んで考える」「大きな目標など、たててはいけない」と述べている。
*例えばいま、これを食ったらうまくてうまくて、いい気持ちになったとかいったら、それはいまとにかく幸福である、というふうに考える。
*つまりそのときに幸福感があったら幸福と思えばいいし、たまたま会社で何かあって面白くなかったら、それはそのとき不幸だと思えばいい。
 最終章の第7章「死を迎える心の準備なんてない」もいい。
*親鸞は言っている。「誰がいつ、どこで、どういう病気で、どういう死に方をするかは一切わからないし、はたからわかるはずはないし、ご本人もわかるわけはない。だから、そういうことについて言うのは無駄である。」「人間というのは寿命がきて、ひとりでに死ぬというところになったら死ねばいいんだ。」~それでは普通どおりの一般人と同じじゃないかといえば、たしかに同じなんだけど、考えに考え抜いて、結局そういう答えになっている。
*現実の身体の死なんて、明日死ぬというときになったら考えればいいのに、前からそんなこと考えてもしょうがないじゃないか。つまり哲学や宗教の死になってしまって、現実の死とは別次元に移ってしまう。
 戻って、第2章「知識より叡智が大事」も参考になった。
*その場で適応すればいい。適応できるだけの素地さえもっていれば、ほかには何も要らない。
*人間の精神内容の中には、感覚の発達とともに頻繁に変わる、社会の状態が変わると鋭敏に変化する部分と、恋愛感情のようにギリシア時代、万葉時代以来あまり変わらない部分がある。

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